温かな歌声
ダークの容態は、修道士や修道女が交代で見守る。ボスコが時折ダークの身体の向きを変えたり、拭いたり、新たな寝間着に着替えさせる。
メリッサは、ボスコに言われて仮眠を取ろうとするが、すぐに目が覚めてしまう。
気が気でなかった。
そんな時間が二日続いた所で、ボスコが溜め息を吐く。
「スカイ君、まだ目を覚ましませんね」
メリッサは両目を潤ませた。
「私のせいです……」
「あなたのせいではありません。スカイ君はあなたを守る事ができて、良かったと思います。それにまだできる事が残っています」
ボスコはナイフで、壁に蔓延る蔦の一部を切り取る。蔦は中心部が空洞になっていた。
ボスコは切り取った蔦を、部屋の隅を流れる水で洗う。
「スカイ君の胃袋に直接栄養剤を流します。身体が衰弱しすぎないようにしましょう」
「……お願いします」
ボスコは頷いて、蔦をダークの口に入れた。しばらくして、蔦に栄養剤を流し込む。
「メリッサさんと一緒に作った栄養剤ですからね。きっと効果があると思います」
「ありがとうございます、本当に」
メリッサは声を震わせた。
ボスコは、いくらか栄養剤を流し入れたところで、蔦を引っ張り出す。
「スカイ君が目を覚ますまで、繰り返しましょう」
「はい……」
メリッサはダークの手首に触れる。脈はしっかりしているし、顔色は悪くない。
ボスコは微笑む。
「スカイ君はメリッサさんが傍にいてくれて、きっと嬉しいと思います。しかし、浮かない顔をしていては、悲しませると思いますよ」
「……そうですね。ダークは優しいので、私に元気がないと悲しむと思います」
メリッサはなんとか笑顔を浮かべる。
「愚痴ばかり言っても仕方ありませんね」
そっと歌い出す。サンライト王国の司祭から教わったものだ。バイオレットに教えて喜ばれ、復讐に燃えたエリックの心を癒したものだ。
ダークのオルガンで歌ったものだ。
穏やかな曲調に祈りを乗せて、高音に差し掛かる。天使を思わせる澄んだ歌声が、部屋に響く。
壁に蔓延る蔦がキラキラと光る。音に反応して光っているのだ。
歌声を聞きつけたのか、リトスを初め修道士や修道女が集まる。みんな歌声に聞き入っていた。
穏やかな雰囲気のまま、終曲になる。
メリッサは一息ついた。
ボスコが拍手をする。
「素晴らしい歌です」
ボスコにつられるように、リトスも拍手をする。
「メリッサの歌は最高だよ!」
修道士や修道女も拍手をした。
ふと、ダークの左手がピクリと動く。うめき声が聞こえる。
メリッサは青ざめる。
「苦しいのですか!?」
「いや……ちょっと寝坊したなと。すごくいい夢を見たせいで」
ダークはゆっくりと両目を開ける。
メリッサは涙ぐむ。
「目を覚ましてくれて、本当に良かったです」
歓声があがる。
ボスコが微笑む。
「スカイ君はどんな夢を見たのですか?」
「よく覚えていませんが、温かい夢でした。綺麗な歌声も聞こえましたし」
「綺麗な歌声は現実ですよ。メリッサさんが歌っていました」
「メリッサさん……ああ、この女性ですか」
ダークは微笑んで、メリッサに視線を移す。
「初めまして、ブルースカイです。トラスト教の神官を務めています」
ブルースカイはダークの本名だ。
ボスコは両目を見開いた。
「スカイ君……いつの話をしているのですか? 僕たちの宗教は改名を検討中ですよ」
「いつ、と言いますと? あと、改名はどうして……!?」
ダークは急に起き上がった。
「こうしてはいられません! 急いでマザーの食事を用意しませんと!」
「スカイ君、落ち着いて聞いてください。マザーは天に召されています」
「あの元気が有り余った化け物が!? 殺しても死ななさそうなのに!」
「マザーは天寿を全うしましたが……スカイ君、あとで墓前で謝っておいてくださいね」
ボスコは苦笑した。
「順を追って説明しますね。まず、スカイ君はワールド・スピリットを捨てました。スカイ君の記憶はワールド・スピリットを得る寸前まで失われているようですね」
ボスコは一呼吸置く。
「そこに至るまでに、多くの戦いがありました。最初は仲間を守るために頑張っていましたが、いつしか敵を殺戮するためという目的に変わっていましたね。もう何も信じられないから、トラスト教を捨てるとまでおっしゃっていましたね。マザーは本気で悲しみ、怒り、スカイ君に決闘を挑んで止めようとしましたよ」
「どちらが勝ちましたか?」
「決闘に勝ったのはスカイ君でした。しかし、神官と軍部を両立し、僕には隠し事をしないという誓いを立てさせられました」
「決闘に勝っても、本当の勝負に勝てなかった気分です」
ダークは視線をそらした。
「マザーはやはり強いです。あの方の思うままになりますね」
「そうですね。しかしスカイ君は戦績を認められて、ルドルフ皇帝からダーク・スカイという称号を授かったのですよ。魔王と呼ばれるようになりました。すごい事です」
「ルドルフ……あのクソ野郎、皇帝になったのですね」
ダークは舌打ちをしたが、目元は笑っている。
ボスコはクスクス笑う。
「その言葉、ローズベル様に絶対に聞かれないように気をつけてくださいね」
「ローズベル様はルドルフが命より大事でしたね。おっと、ルドルフ皇帝と言うべきでした」
ダークはメリッサに視線を移す。
「なんだか妙な気分です。メリッサさんは初めて会うはずなのに、何故か知っている気分です」
「記憶を失っても、魂に刻まれているのかもしれませんね」
ボスコはしみじみと頷いた。
メリッサは安堵の溜め息を吐いた。
「ダークはダークのままで良かったです。あと、私には敬語をやめて、メリッサと呼んでください」
「メリッサ……そうだな、しっくりくる」
ダークは口の端を上げる。
「少しずつ思い出したいぜ」
「私はあなたのお手伝いさんです。何でも言ってくださいね」
メリッサの笑顔が綻ぶ。
ダークは床に足を降ろす。
「お手伝いさんというのは違和感があるぜ。対等な関係でいいだろ……!」
ダークはよろめいた。メリッサとボスコが慌てて支える。
メリッサが心配そうにダークを見つめる。
「二日間ずっと意識がなかったのです。無理をしないでくださね」
「そんなにか……こりゃ、ナイフもオルガンも鍛え直さないといけねぇな」
ダークは両足に力を込めて、溜め息を吐いた。
リトスが微笑む。
「あと、恋愛も頑張ってよ」
「てめぇ、ぶしつけすぎるだろ」
「間違った事は言っていないよ」
リトスはケラケラ笑った。
メリッサは両頬を赤らめて、ダークは口元を引くつかせていた。




