大切な祈り
リベリオン帝国の中央部は雪がちらついていた。これから寒さが増すだろう。住民は厳しい冬に備えるために、様々な身支度をしていた。食料の確保、薪と暖炉の管理など忙しかった。
忙しい事は教会も変わらない。もともと食料を地下に保存しているとはいえ、極寒の冬を相手にいくら備えてもやりすぎる事はない。
そんなせわしない教会の前に、エリックはメリッサをそっと降ろした。メリッサはダークを片手で抱えている。ダークはまだ気絶している。
エリックたちの来訪に、リトスがいち早く気が付いた。
満面の笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「あれ、メリッサ!? ダークを抱えるなんて珍しいね! お近づきになれたの?」
「その……非常事態です。ダークが目を覚ましません」
メリッサは震え声になっていた。
「私を守るためにワールド・スピリットを暴走させました。ワールド・スピリットを切り捨てる事で消滅を免れましたが、意識が戻らないのです」
「ええ!? 神官長、どう思う!?」
リトスは両目を丸くした。
ボスコがゆったりとした足取りで近づき、ダークをまじまじと見つめる。
「ワールド・スピリットは使い手の魂と世界の源がつながって、異能が使えるようになったものだと聞いた事があります。それを捨てるのは、スカイ君の魂に大きな負担を与えたかもしれませんね」
「……助かるのでしょうか?」
メリッサが恐る恐る尋ねると、ボスコはダークの手首に三本の指を当てる。
「脈も呼吸もあります。顔色も悪くありません。生きているのは間違いありません。やれる事はやりましょう」
「ボスコ、任せていいか? 俺は北西軍の支援をしたい」
エリックが口を挟んだ。
「グレナイはどうにかすると言っていたが、苦戦しているのは間違いないはずだ」
「分かりました。リベリオン帝国のために戦ってくださり、感謝いたします」
ボスコは深々と礼をした。
エリックは頷いて、駆け出し、地面を蹴って上空へ飛び去って行った。
メリッサはエリックを見送り、溜め息を吐いた。
「ローズ・マリオネットはすごいですね。私は足を引っ張ってしまいました」
「あなたにはあなたの才能があります。スカイ君も助かっています。気を落とさないでください」
ボスコは穏やかに微笑み、ダークを肩で支える。
「ひとまず僕の部屋へ連れていきます」
メリッサは頷いて、反対側の肩を支える。
リトスがオルガンの傍の床をどかしていた。地下に続く階段は、三人で辛うじて通れる幅であった。
他の修道士や修道女は心配そうに見つめている。
ボスコの部屋は、独特の臭いがする。薬草だらけの部屋になっていた。
部屋の奥にベッドがある。ベッドにダークを寝かせて、クッションで上半身を起こすようにする。舌で気道を塞がないようにするためだ。
黒い神官服から寝間着に着替えさせる。生々しい傷跡を目にして、メリッサは涙目になった。
「こんなに傷ついてまで戦っていたのですね」
「スカイ君は頑張りすぎましたね」
ボスコは乾燥した数種類の薬草を手に取り、木製の器に入れてすりつぶす。
「念のために栄養剤を作っておきます。メリッサさんも手伝っていただけますか?」
「もちろんです!」
メリッサは勢いよく返事をした。できる事があるなら、何でもやりたい。
ボスコは薬草をすりつぶしながら、微笑んだ。
「ありがとうございます。部屋の隅に流れる水を使って、お湯を沸かしておいていただけますか?」
「はい! この薪と器を使えば良いのでしょうか?」
「大丈夫です。マッチが近くにありますので、気を付けて火をつけてください」
ボスコの指示を聞きながら、メリッサは懸命に動いた。薬草の取り出しや布の用意など、様々な事をやった。
ボスコは深々と頷いた。
「メリッサさんは優秀な方ですね。おかげさまで良い栄養剤ができました。本当に助かりました」
「私のやった事なんて微々たるものです」
メリッサは両手を合わせた。
「どうかダークの目が覚めますように」
「そうですね。お祈りも大切ですね」
ボスコは片手を胸に当てた。
「これからしばらくは、スカイ君の様子を交代しながら見守っていきましょう。顔色が著しく悪くなったり、脈がひどく弱まるなど、何かあれば僕が対処してみます。一か八かになりますけど」
「ありがとうございます、本当に頼もしいです」
メリッサはダークの手首に振れる。脈や顔色などを必死で覚えておく。変化があった時に、見逃さないようにするためだ。
ダークを見守るために、リトスを含めた多くの修道士や修道女が協力した。




