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暴走したワールド・スピリット

 ダーク自身が言っていた言葉を、メリッサは思い出していた。過ぎた願いをした人間は消滅するという。

 ワールド・スピリットを暴走させると、使い手は消滅するのだ。


「私を守るために、ワールド・スピリットを暴走させたのですか?」


 返事はない。ダークは苦しそうにうめくだけだ。ダークを包む青い燐光が眩しくなる。近くにいるだけで、ひどく熱い。

 メリッサはダークの右手を力いっぱい握る。火傷しそうな熱を帯びているが、離れたくない。

「あなたは消滅するべきではありません! 愛する人にちゃんとお話をするのでしょう!?」

「……そうだったな、ちゃんと話すんだったな」

 ダークの声はかすれていた。死を覚悟するほど苦しいはずなのに、笑っていた。


「てめぇが傍にいてくれて良かったぜ。ちゃんと話せる」

「諦めないでください! 伝言なんて嫌です!」

「伝言なんていらねぇよ。てめぇに話したいんだからな」

「え?」


 メリッサの頭の中は真っ白になった。ダークが何を言っているのか理解できないでいた。

 そんなメリッサに構わずに、ダークは続ける。

「こんな時に言うのは難だが、好きだぜ」

 ダークは微笑む。


「俺なんかいなくても、てめぇだけは幸せになってほしい」


 ダークの両目が閉じられようとしている。消滅を受け入れようとしている。

 メリッサは首を横に振る。

 メリッサはダークを抱きしめていた。


「嫌です、諦めないでください! 約束したでしょう!?」


 ダークの気持ちを考えている余裕はない。


「あなたを失ったら幸せになんてなれません!」


 地面だけでなく、水路の水が反重力に巻き込まれる。土埃と水滴が降り注ぐ。

 メリッサの涙は簡単に吹き飛ぶ。

 メリッサは咳をしながら、声を張り上げる。


「あなたを奪うワールド・スピリットなんて、捨ててください! お願いです、どうか諦めないでください! まだ意識を手放さないでください!」


 メリッサの声は届いたのか。

 ダークは絶叫をあげていた。

 命の危険を感じる熱を感じながら、メリッサはダークを強く抱きしめていた。

 反重力が消える。

 辺りは水路の波音だけが響く。

 メリッサの両腕には、気絶したダークがいた。青白い燐光は消えていた。

 ダークの消滅は免れたようだ。

 メリッサは安堵の溜め息を吐く。溜め息と共に涙がこぼれた。

 そんな時に、不敵な拍手が響く。


 カインがほくそ笑んでいた。


「素晴らしい。本当に素晴らしいよ」


 メリッサは何も言わずに、首を横に振る。

 カインは声を出して笑った。

「君がどんな事を考えても、僕がブルースカイ君を支配するのは変わらない。身体の隅々まで調べさせてもらい、いろいろな反応を楽しませてもらうよ。彼が嫌がり、抵抗するくらいに。しっかりと鎖でつないでおくから暴れる心配はない」

 メリッサの全身に鳥肌が立つ。想像するのも嫌なくらい、おぞましい。

 カインはニヤつく。


「僕はただブルースカイ君を愛でるだけだ。飾ってもいいだろう」

「……やめてください」


 メリッサは声を振り絞った。

 カインは首を傾げる。


「どうして? 彼の役に立つチャンスなのに」

「意味が分かりません」

「分からないなら、教えてあげるよ。きっと君に助けを求めるだろう。君はアドバイスをしてあげればいい。ブルースカイ君は飾り物として生きながらえると」

「やめてください!」


 メリッサは声を荒立てた。


「ダークは飾り物じゃありません! 傷ついても必死に仲間を守ろうとしてきた、心ある人間です!」

「ローズ・マリオネットに何を言っているんだ? 彼は人の心を捨てる覚悟だってあったはずだよ」

「そんなの関係ありません! すぐにこの場から去ってください!」


 メリッサは必死だった。

 カインはあざ笑う。屈強な男性たちがメリッサとダークを囲む。カインの手下たちだ。

「僕が去る理由はないよ」

 カインと共に、手下たちがせせら笑う。

 メリッサは泣かないのが精いっぱいであった。


 ふと、突然に強い風が吹く。上空から地上を叩きつけるような、勢いのある風だ。


「あんたらが去る理由がないなら、今から作ってやる」


 上空から、淡々とした声が聞こえた。

 次の瞬間に、手下の一人が昏倒した。上空から降りてきた何者かの踵落としをくらった結果だが、この場にいる全員が視認できなかった。

 黒い長そで長ズボンを身に着ける、銀髪の少年が立っていた。紫色の瞳をぎらつかせている。背中に薄い鋼鉄の羽を生やしている。

 カインの顔は青ざめて、震えた。


「エリック・バイオレット!? 南部地方担当者だろ、なんでこんな所に!?」


「敵の疑問に答えるつもりはない。この場を去るか死ぬか選べ」


 エリックは表情を変えずに言っていた。

 カインと手下たちは奥歯をガタガタ言わせていた。

 そんな様子を見て、豪快に笑う男性がいた。

 黒い鎧を身に着けて、大剣を背負うがたいの良い男性だ。リベリオン帝国の皇帝ルドルフだ。


「出遅れたが、いい眺めを見れたな!」


 黒い鎧の集団が何も言わずにカインたちを囲む。

 ルドルフの傍で、赤いマーメイドドレスに身を包む華奢な女性がクスクス笑う。軍部の司令塔ローズベルだ。

「私たちに歯向かって無事で済むはずがないでしょう」

「こいつらは俺たちでボコるとして、ダークたちはどうする?」

 ルドルフに尋ねられて、ローズベルは悩まし気に首を傾げた。

「ダークはたぶん重体ね。カインたちにそんな力があったのかしら?」

「……ダークは私のせいでワールド・スピリットを暴走させました」

 メリッサは嗚咽を漏らした。


「ワールド・スピリットを捨てた事で消滅は免れましたが、意識がありません」

「そう……魔王としての立場を捨てたのね」


 ローズベルは憐みの視線を浮かべる。


「彼をそんな状況に追い込んだのは、私の判断ミスもあるわね」

「俺に支援を求めたローズベル様のご判断に、誤りはなかったと思います」

 エリックが淡々と言っていた。

 エリックがダークを助けに来たのは、ローズベルの采配だったようだ。

 ローズベルは溜め息を吐く。

「ボスコに診てほしいわね。治療に人手がほしいはず。エリック、二人とも中央部まで運んでくれるかしら?」

「承りました」

 エリックは深々と礼をした。メリッサに向けて右腕を伸ばす。

「掴まれ。ダークを決して放さないように」

「は、はい」


 メリッサは片手でダークを抱きしめて、エリックの右腕に掴まる。

 次の瞬間に、メリッサの身体は重力を感じなくなっていた。

 地面から浮いて、ぐんぐんと上空へ行く。急激に上昇したため空気が薄くなり、一瞬クラッとした。

 しかし、意識を失うわけにはいかない。ダークの身体を抱きしめているのだ。

 メリッサは辛うじて口を開く。

「中央部まで送ってくださる事に感謝します」

「感謝するべきなのは俺の方だ。あんたには世話になった。俺も、バイオレットも」

 エリックは淡々と告げていた。

「バイオレットの心を救い続けて、度が過ぎた俺の復讐も止めてくれた。あんたのおかげで、俺もバイオレットも自分らしく生きる事ができる。心を失う事はない」

「そうなのですか……?」

 メリッサは両目をパチクリさせた。

 エリックは表情を変えない。しかし、どことなく温かな雰囲気になっていた。

「あんたを助ける事ができて本当に良かった。バイオレットも喜ぶはずだ」

「よく分かりませんが、お役に立てたなら嬉しいです」

 メリッサは微笑んだ。

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