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怪しい人影

 メリッサの顔は青ざめていた。

 地面から透明な青い刃が幾つも伸びて、黒い軍服を着たリベリオン帝国北西軍を刺していく。

 目の前で多くの人が倒れるのに、救援が間に合わない。怪我人のごく一部に包帯を巻く事しかできない。

 しかし、リベリオン帝国中央部担当者の補佐という立場のため、弱音を吐けない。


「大丈夫です、ダークがいらしてくれます!」


 震えながら叫ぶのが精いっぱいであった。

 そんな時に、ガラの悪い低い声を耳にする。


「コズミック・ディール、グラビティ」


 凶悪な重力が青い刃を次々と砕いていく。青い刃は霧散し、キラキラと輝きながら地面に落ちていく。

 ダークが空間転移で来ていた。

 リベリオン帝国北西軍の間で歓声がわき、メリッサに笑顔がこぼれる。

「本当にいらしてくださったのですね」

「当たり前だぜ。その為にブローチを渡したんだ」

 ダークは口の端を上げた。

「リリーに感謝しろよ。ブローチを作って、遠い場所から連絡がつくようにしたんだ」

 メリッサがダークに連絡できたのは、リリーのワールド・スピリットのおかげだ。

 連絡したい人間を強く思い描いてブローチに手を当てれば、会話ができる。

 メリッサは深々と頷いた。

「リリーさんにはいくら感謝しても足りませんね」

「そうだな。あいつのおかげで助かっているぜ。さあ、本格的に戦闘に入るか」

 ダークは、整った顔立ちに残忍な笑みを浮かべる。


「刃の使い手を仕留めるぜ! 意地でも探し出せ!」


 雄たけびがこだまする。怪我人さえ立ち上がった。剣を構えて走り出す。

 ほどなくして、女性の叫び声がこだまする。

 黒い軍服の人間たちに追い立てられるように、金髪をポニーテールでまとめた女性が走ってきた。女性は茶色いオーバーコートを身に着けている。

 ダークは低い声で笑う。


「ルルワで間違いねぇな。カインの妹だ」


「クリスタル・ウェーブ、ブレード」


 ルルワがワールド・スピリットを放つ。地面から青い透明な刃が生える。しかし、凶悪な重力をくらって砕け散る。


 軍服の人間たちがルルワを取り押さえるのは時間の問題だろう。


 その様子を建物の陰から見る人影がいた。くたびれた長い金髪を生やす、茶色いオーバーコートを着たひょろ長い男性だ。男性の名前はカインという。


「ああ、女性一人に寄ってたかって……ひどい連中だな」

 カインはほくそ笑む。

「君が悪いんだよ、ブルースカイ君」

 ブルースカイはダーク・スカイの本名だ。

 カインは恍惚とした表情を浮かべる。

「君が美しく、僕の目を放さないからいけないんだ。君は僕に支配される運命だ。サープレッション、ブルースカイ」

 カインはワールド・スピリットを放った。

 ダーク・スカイの能力を封じる、それだけのワールド・スピリットだ。カインはダークの能力を封じたいと十年以上強く願い続けたのだ。

 凶悪な重力が消える。青い刃が伸び放題になる。

 軍服の人間たちから悲鳴があがる。

 ダークは怒号を響かせる。


「怯むな! 青い刃の動きは単純だぜ。エリックの刃ほど脅威じゃねぇ! ルルワを追い詰めろ!」


 ダークは表情に出さないが、焦っていた。

 自分の能力を封じた人間が別にいる。その人間がどこにいるのか分からないのだ。

 軍服の人間たちのほとんどが青い刃に切りつけられ、血を流し、行動不能となった。

 そんな時に、メリッサの悲鳴が聞こえた。

 青い刃が彼女の茶色い長髪を、幾らか切り裂いていた。青い刃はまだ地面から伸びてきている。

 ダークはメリッサに右手を伸ばして、叫ぶ。


「跳べ!」


 メリッサは咄嗟に手を伸ばしながら、ダークの方へ跳ぶ。間一髪で串刺しを免れた。

 ダークはメリッサの左手を握り、走る。青い刃が次々と生えてくるが、かわしていく。

 メリッサは両頬を紅潮させながら、必死についていく。

 ダークは走りながら、左の袖からナイフを取り出し、投擲する。

 ナイフはルルワの左肩に命中した。

 ルルワは膝をつく。青い刃は生えなくなった。使い手がワールド・スピリットを放てないほどのダメージを負ったのだ。

 辛うじて動ける軍服の人間が、ルルワに剣を向けて囲む。ルルワは苦々しい表情を浮かべていた。

 その様子を、カインは首を横に振ってみていた。


「女性をイジメるなんて、最低な連中だな。ちょっとお仕置きが必要だろう。サープレッション、ブルースカイ」


 先ほどのワールド・スピリットに重ねる。カインは禍々しい気配を放っているが、本人は気づいていない。

 彼のワールド・スピリットは、ダークの身体能力を奪うものへと進化する。

 突然にダークが倒れこんだ。手をつないでいたメリッサも転んだ。

 ダークはひどく苦しそうにうめいている。

 メリッサは起き上がり、ダークを横向きにして必死に声を掛ける。


「どうしましたか!? しっかりしてください!」


 軍服の人間たちも状況が理解できず、呆けてしまう。

 そんなタイミングを狙いすましたかのように、矢が飛んできた。不意打ちに対応できず、矢は軍服の人間たちに突き刺さる。

 建物の陰から数人の屈強な男性たちが現れて、軍服の人間たちを次々と殴り、昏倒させていった。

 カインは勝ち誇った笑みを浮かべて、建物の陰から出てきた。


「さあ、お楽しみはこれからだ」


「……あなたがダークに何かしたのですか?」


 メリッサが恐る恐る尋ねると、カインは笑った。

「そんな事はないと言ったら信じてくれるのかな?」

「ダークは手当てが必要です。軍人さんたちの手当てだって急がなければなりません。悪意がないのなら立ち去ってください」

「ブルースカイ君の身柄なら、僕が引き受けるよ」

 カインはニヤついた。黒い手枷を取り出した。

 メリッサが首を横に振る。

「立ち去ってください。お願いします」

「もう一度言うよ。ブルースカイ君の身柄を寄越しなさい。聞き入れないのなら、強制的に連れていくよ。君の命を奪ってでも」

 カインが怪しく笑う。

 メリッサは涙目になったが、首を横に振った。


「私の命はどうなっても構いません。ですが、ダークはやるべき事がたくさんあるのです。見逃してください」


「魔王を見逃すなんて、できないよ。忠告はした。覚悟はできているね?」


 メリッサの全身は震えた。

 殺される恐怖と、自分の無力さに震えていた。

「私が助かる手段はありませんね……」

 メリッサはダークの耳元で、そっと囁く。


「いつも迷惑を掛けてすみませんでした。あなたはあなたの愛する人に、必ず想いを伝えてくだいね。愛しています」


 メリッサは言い終えて、溜め息を吐いた。

 想いは伝えられた。悔いはない。あとは殺されるのを待つばかり。

 そう思った時に、ダークの瞳が見開いた。

「コズミック・ディール、リバース・グラビティ」

 発動しないはずのワールド・スピリットが、放たれた。

 メリッサとダークの周囲に、反重力が生まれる。

 カインは地面ごと吹っ飛ばされた。

 メリッサの笑顔がほころぶ。

「ダーク、復活したのですか!?」

 返事がない。ダークは苦しそうにうめいている。青白い燐光を帯びている。

 カインはゆっくりと起き上がり、冷や汗を垂らしていた。

「ブルースカイ君のワールド・スピリットは暴走しているね」

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