秘密の話
謁見の間を出て階段を降りてから、ほどなくしてダークが足を止めた。廊下に面したドアは幾つもあるが、その一つをじっと見つめている。何の変哲もないドアだが、その向こうに何かあるのだろう。
メリッサは首を傾げて足を止めた。
「どうしましたか?」
「メリッサ、秘密は守れるよな?」
ダークの表情が険しい。
メリッサは戸惑った。
「……どんな秘密でしょうか?」
「これから部屋に入るが、ここで見聞きした事はぜってぇ他人に話すなよ」
切れ長の瞳に鋭い眼光が宿る。
重大な案件を聞かされるのだろう。
メリッサは身震いしながら頷いた。
「分かりました。絶対に話しません」
ダークは鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。鍵を掛けておいたのは、誰にも見られないようにする為だろう。ドアを開ける時に、ギギィと重苦しい音を立てていた。
「中にあるものを触らないように入ってくれ」
ダークに促されて、メリッサは恐る恐る部屋に入る。
壁中に光る蔦が蔓延り、部屋を静かに照らしている。棚は本がギッシリと詰められている。壁際に木製の机と椅子、奥にベッドが配置されているが、書類で埋まっている。
机に置かれている書類に、拷問日誌などと書かれていたが見なかった事にした。
ダークは椅子に置いてあった書類を机に置いた。
「座れ」
「あなたはどこに座るのですか?」
「ここでいいぜ」
ダークはベッドにどっかりと座った。
メリッサは静かに椅子に座る。
「お気遣いに感謝します」
「こんな部屋に招いておいて、気遣いも何もないぜ。だが、ここの防音効果は一級品だ。秘密の話をするのに持ってこいだ」
ダークの表情は真剣だ。
メリッサは大粒の唾を呑みこむ。
「どのようなお話でしょうか?」
「北西部に行きたいかどうかだ。念のために話しておくが、北西部の軍隊は強力だ。それが必要な敵が出てくるけどよ。だいたいはグレナイが片づけられる」
グレナイとは、グレイ・ウィンドとナイト・ブルーの略称だと聞いた事がある。
「北西部担当者のローズ・マリオネットたちが解決してくださるという事ですね」
「まあな。頼りになる連中だぜ」
ダークが口の端を上げる。
「これまで俺が必要になる場面は少なかった。今後もそうとは限らねぇけどよ」
「ダークが必要な場面では、多くの人々が傷ついているでしょう。私にできる事があればやりたいと思います」
「危険は承知か」
ダークは溜め息を吐いた。
メリッサは曖昧に頷いた。
「どれほど過酷な戦いになるのか想像できませんが、お役に立つ事があればやりたいです」
「てめぇの決意を踏みにじるつもりはない。けどよ、一つだけ言わせてくれ」
ダークの表情に苦渋が滲む。
メリッサは次の言葉を待つ。
ダークは一呼吸置いた。
「俺を見捨てて逃げる可能性も考えておけ」
メリッサは絶句した。両目を丸くした。頭の中は真っ白になった。
何も考えたくない。ダークを見捨てる状況なんて嫌だ。それでも状況を明確に確認しなければならない。
言葉を絞り出す。
「……それほど強力な敵がいるのですか?」
「今回の敵は想像もつかねぇんだ。犠牲になる可能性があるのは俺だけじゃねぇ。誰かがワールド・スピリットを暴走させる危険だってある」
「ワールド・スピリットとは世界の源をエネルギーにした異能ですよね。暴走するとどうなるのですか?」
「使った人間が消滅するぜ」
ダークは遠い目をしていた。
「ルドルフ皇帝のご両親が、ルドルフ皇帝を生き返らせた時はそうだった。過ぎた願いを行うと消されるらしいな」
「そうなのですか……」
メリッサは俯き、両手をぎゅっと握りしめた。
「そんな事があったのですね……本当に悲しいですね」
「そうだな。ひでぇ話だぜ」
「私からも一ついいですか?」
「なんだ?」
ダークが両目を白黒させる。
メリッサは両目を潤ませた。全身が震える。
「簡単にご自身の命を諦めないでくださいね」
「……俺の身を案じているのか?」
ダークは両目を見開く。
メリッサの頬に涙が伝う。
「驚く事ですか? あなたが私に言った事と、ほとんど変わりませんよ。私が逃げるなら、あなただって逃げる選択肢があっていいはずです」
「俺は逃げるわけにがいかねぇよ」
「それなら、何があっても生きるのを諦めないでください。私は……私は……!」
メリッサは両目を何度も拭うが、涙があふれだす。
ふと、温もりに包まれる。
驚いて顔を上げると、ダークがメリッサを抱きしめていた。
「俺はこんな時、どうすればいいのか分からねぇ。てめぇが泣くなんて考えていなかったんだ」
「……すみません」
「謝らなくていいぜ。俺だって泣いた事はある」
ダークは苦笑した。
「魔王と呼ばれるのにな」
「辛いのですね。あなたは仲間想いですから」
「仲間が命を落とした時だけじゃねぇよ。俺たちの宗教の名前をリベリオンにしようとしたのに、ルドルフ皇帝に取られた時とかな」
「それは泣きますね」
メリッサはクスクス笑う。
ダークがそっと離れる。
「てめぇも北西部に行くつもりだよな」
「連れていってほしいと思います」
「じゃあ決定だ。あとはグレナイに会って、簡単に話し合うか。それと、こいつを渡しておくぜ」
ダークはブローチを取り出した。薔薇の蕾のブローチだ。
「俺たちローズ・マリオネットに配られたものと一緒だ。話したい相手を強く思い浮かべれば、遠く離れていても会話ができるぜ。はぐれた時とかに使え」
「綺麗なブローチですね。本当にありがとうございます」
メリッサは左胸の辺りに蕾のブローチを付けた。安心感がある。
「足を引っ張らないように頑張ります」
「頼んだぜ。てめぇはリベリオン帝国中央部担当者の補佐だからな」
ダークに言われて、メリッサは決意を込めて頷いた。




