諦めたくない
人だかりはリトスを押しのけて、メリッサとダークを囲った。
「相変わらず美人さんじゃのぅ」
「こんなに綺麗な人が傍にいて、神官様は幸せね。坊やもそう思うでしょう?」
メリッサに抱き着いている男の子は、両目を丸くするばかりで何も言えない。
みんなで笑顔を浮かべているが、メリッサは曖昧に微笑むしかなかった。褒められて悪い気はしないが、ダークの表情が険しい事に気づいていた。
ダークは舌打ちをした。
「緊急時なら教会に出入りしてもいいが、勝手に入らないのが原則だぜ」
「男の子が行方不明になっていたんだ。緊急時だ!」
男性の訴えを皮切りに、人だかりが騒ぎ出す。
「儂らは必死だったのじゃ!」
「怒られる事はしていないわ!」
ダークは口の端を引くつかせるが、容易に反論ができない。
男の子の母親が悲しそうな表情で頭を下げる。
「本当にご迷惑をお掛けしてすみません」
「大丈夫ですよ、きっと解決します」
メリッサは曖昧に微笑みながら視線を泳がせていた。母親を安心させたいが、何が解決と呼べるのか分からなかった。
人だかりの騒ぎようが増す。
「儂らは迷惑を掛けていないぞ!」
「ねえねえ、あんたたちの結婚はいつ!? ウェディングドレスの仕立てなら任せて!」
騒ぐ内容が変わってきている。
メリッサは両耳まで赤くなる。
男の子が首を傾げる。
「結婚するの?」
「いえ……そんな予定はありません」
メリッサは震え声になった。
男の子は両目をパチクリさせる。
「すごく残念そうだね」
「新人ちゃん、告白するべきじゃ! 儂の恋心を諦めさせるなら今のうちじゃ!」
「俺の恋心も潔く諦めさせてくれ!」
人だかりの中で、涙を流す人がいる。
「あたしだって神官様に対する想いを諦めたいさ」
「神官様、はっきりさせて! 新人さんとはどんな関係なの!?」
人だかりに詰め寄られて、メリッサは何も言えずに俯く。
ダークの事を愛しているのは否めない。同時に、尊敬している。自分と釣り合うとは思えない。
告白をするなんて、おこがましいにも程があると思ってしまう。
しかし、心のどこかで諦めきれない。ハッキリとフラれるまで、諦めたくない。
恐る恐るダークの表情を確認する。
切れ長の瞳は揺れ、歯を食いしばっている。苦渋が滲んでいた。
そんな時に、ボスコが穏やかに口を開く。
「お二人の事が気になるお気持ちは理解できます。しかし、お二人にはお二人のペースがあります」
人だかりが鎮まる。
ボスコは続ける。
「お二人を想う故に頭から離れないのでしょうけど、結果を急いでも良い事はありません。どうか焦らずに見守っていただけませんか?」
人だかりは互いに顔を見合わせた。
メリッサは男の子をそっと離す。
「お母さまのもとにお戻りください。あなたは互いに愛し合う人たちの間で生まれました。怒られて辛い時もあるかもしれませんが、どうか誇りを持って幸せに生きてください」
「結婚するって大変な事なんだな。母さんを少しは褒める事にするよ」
男の子はぶっきらぼうに言っていた。
メリッサは頷く。
「人と出会い、愛し合う事は尊い事です。そこで生まれた絆を大切にしてください」
「分かったよ。でも、もう一曲聞かせてよ。おまえの歌は本当にいい」
メリッサの笑顔が綻ぶ。
「分かりました。もう一曲歌います。そしたら、お母さまの元に戻ってくださいね」
「ねえねえダーク、オルガンを弾きなよ! 絶対にいい曲になるから!」
リトスが明るい声で提案し、拍手をする。つられるように、拍手が増える。
ダークは両目を白黒させた。
ボスコはクスクス笑う。
「思い出作りにも良いでしょう。皆様の心を癒すのは神官の務めですしね」
「……ボスコ様は相変わらず人が悪いですね。日頃の恩に免じて弾きますけど」
歓声がわいた。
人だかりが道を空ける。メリッサとダークは教会の奥まで歩く。
ダークがオルガンの椅子に座る。
「何を歌うんだ?」
「えっと……天高く聞こゆる天使の声、と言って分かりますか?」
「てめぇがバイオレットに教えた歌だな。俺がエリックと戦っていた時に歌っていたよな」
メリッサの両目が輝いた。
「覚えていてくださったのですね」
「いい歌だからな」
ダークは口の端を上げる。
「弾いた事はないが、なんとかなるぜ。発声練習はどうする?」
「大丈夫です。さきほどから歌っていますので」
メリッサが答えると、ダークは頷いた。
「適当に前奏を弾くから、適当なタイミングで歌ってくれ」




