教会を走る男の子
メリッサとダークは教会の前に戻った。相変わらず極寒の地で、メリッサは身震いした。東部地方と比べて寒暖差が激しすぎる。冷たい風が痛い。
一方で、ダークは安心したように溜め息を吐いた。
「やっぱりここの方が落ち着くぜ」
「そ、そうですね……」
メリッサの声は震えた。
ダークは両目を白黒させた。
「凍えているのか?」
「す、すみません」
「謝る事じゃねぇよ。さっさと教会に入ろうぜ。少しはマシだろ」
ダークに促されて、メリッサは教会に足を進める。
教会の中は相変わらず薄暗く、光る蔦が静かに辺りを照らしていた。
風がないため、寒さはだいぶ軽減された。
そんな教会の奥から小さな男の子が走ってきた。黒髪のあどけない男の子だ。
「うわっ!?」
男の子はメリッサとぶつかると、尻もちをついた。メリッサがよろけていると、男の子はメリッサを指さした。
「危ないだろ!」
「危ないのはあんただよ! こんな所で走っちゃダメだよ!」
リトスが走ってきて、男の子を後ろから羽交い締めにする。
男の子はわめいていた。
メリッサはしゃがんで、男の子の頭をなでる。
「ぶつかったのは運が悪かったですね。お怪我はありませんか?」
「あるよ! 一生動けなかったら、おまえのせいだからな!」
メリッサは困惑した。
男の子はリトスに羽交い締めされているが、元気よく暴れている。
メリッサが何も言えずにいると、ダークが舌打ちをした。
「自分からぶつかっておいて逆ギレかよ。みっともないぜ」
「ああ~神官が僕をバカにした! いけないんだー!」
「文句を垂れる暇があったら、他に言う事があるだろ?」
ダークの両目がいつもより鋭くなる。
「俺が大人しくしている間に、自分が悪い事を認めたらどうだ?」
「うう……うわあああぁぁああん! 神官がいじめる!」
男の子は暴れるのをやめて、急に泣き出した。
メリッサは苦笑して男の子を抱き寄せる。
「怖かったのですか? 安心してください、神官様は優しいですよ」
「うわああぁぁあん!」
男の子は聞く耳を持っていない。
ダークは呆れ顔になっていた。
「物理的な手段で黙らせていいよな?」
「ダーク、実力行使は最後の手段にしましょう。まずはこの子を落ち着かせるのが先決です」
メリッサは穏やかに歌い出した。
晴れやかな空を思い浮かべるような、明るい歌声だった。
男の子は泣き止み、両目を輝かせる。
やがて歌い終えると、男の子は拍手をした。
「もう一曲!」
「似たような歌になりますが、構いませんか?」
「早く!」
男の子に急かされて、メリッサは歌う。
そうこうしているうちに、ボスコたちが帰ってきた。ボスコと修道士たちや修道女たちは、野菜を抱えている。
「おや? こんな所にいたのですね」
ボスコは微笑んだ。
「お母さまが心配していますよ」
「どうでもいい! 何をやってもどうせ怒られる!」
男の子はわめいた。
ボスコは悲し気に頷いた。
「怒られるのが嫌なのは分かります。しかし、あなたを愛しているのですよ」
「嫌だ! 母さんなんて大嫌いだ! いつも怒ってばかりだ!」
男の子は、母親と何かあったらしい。
ボスコは困り果てて溜め息を吐いた。
ダークがぼそりと呟く。
「何も言わずに母親のもとから逃げて、勝手に教会に入りこんで、人にぶつかっておいて謝りもしねぇ。こんだけ問題を起こしていれば誰だって怒るぜ」
「神官がまたいじめる!」
男の子は両目に涙を浮かべる。
メリッサは男の子の頭をなでる。
「大丈夫ですよ。あなたを心配しているだけですから」
「ああ、こんな所にいたの!?」
黒髪のショートカットの女性が声を荒立てた。いつの間にか教会にいたようだ。男の子の母親だろう。
男の子はビクッと肩を震わせた。メリッサにすがりつく。
「助けて!」
「えっと……何があったのですか?」
「また怒られる!」
メリッサは憐みの視線を浮かべた。
「あなたを愛して、心配しているのですよ」
「修道女様、ご迷惑をお掛けして本当にすみません」
母親が何度も頭を下げる。
そのたびにメリッサも頭を下げる。
ボスコは笑った。
「メリッサさんと一緒でないと、お母さまのもとに帰れないのかもしれませんね」
「……修道女の仕事は子供の面倒を見る事ではないと思いますよ」
ダークが心底くだらないものを見る目になっている。軽蔑を隠していない。
男の子が嫌味たらしく舌ベロを出す。
母親は男の子の頭をはたいた。
「神官様に何てことをしているの!? はやく家に帰りなさい!」
「帰りたくない、ここに住む!」
男の子は必死にメリッサに抱き着いていた。
メリッサは朗らかに笑う。
「教会を気に入ったのですか?」
「家よりずっといい」
男の子にとって素直な言葉だろう。
母親の顔色がみるみるうちに赤くなる。
「もうおまえは帰ってこなくていい!」
「お母さま、ほんのひと時の事だと思います。すぐに帰りたくなると思います」
メリッサが優しく言うと、母親は涙目になっていた。
「私がどれだけ苦労して家を守っていると思っているの……?」
「きっと大変ですよね」
メリッサが頷く。
男の子は呆然としていた。
そんな時にメリッサは、ざわつきを耳にする。教会に人だかりができていた。
「おお、あの子は無事に見つかったのか!」
「黒い神官様と新入り様もいるぞ! もっと近くで見よう!」
男の子を探しに来たついでに、ずかずかと教会に入ってくる。
ダークは両目を白黒させ、メリッサは戸惑っていた。
ボスコは苦笑する。
「皆様は当分の間、帰らないでしょうね」




