闇の眷属の集落
闇の眷属の集落に辿り着いた。三角屋根の石造りの建物が多い。雪を落としやすくするためだろう。
空からこぼれる光は少なく、気温は低い。メリッサは、身体を温めるハーブ玉を口にしていたが、全身を震わせていた。
「山道より冷えていると感じます」
「ハーブ玉の効力が切れてきたんだろ。もう少し歩けば、暖を取れるぜ。歩くのが無理になったらすぐに言え」
ダークに言われるままに、メリッサは歩く。雪は時折滑るが、転ばないように気を付ける。
集落には、石造りの建物の他に畑が広がっている。大勢の人間が手分けして作業をしている。
「小麦や野菜の収穫を行っているのですね。食料は充分確保できそうですね」
「もっと西に行けば薔薇を育てるエリアもあるぜ」
「薔薇ですか!? こんな寒い所で育つのですね」
メリッサは驚きのあまり声が裏返った。薔薇は手間が掛かり、育てるのが難しいと聞いた事がある。
ダークは苦笑した。
「軍部の司令塔を務めるローズベル様が大好きなんだ」
「薔薇が好きなんて、きっと素敵な御方ですね」
「何を考えているのか分からねぇけどな」
メリッサは両目をパチクリさせた。
「考えが分からない人の下で仕事をするのですか?」
「俺は仮にも神官だからな。軍部とは相いれない部分があるのは理解しているぜ」
「神官と魔王を兼任するなんて、大変ですね」
「魔王は役職じゃねぇよ。ルドルフ皇帝がふざけて口にしたが、何故か定着したな」
ダークは口の端を上げた。
「嫌いな異名じゃねぇけどよ」
「神官様も定着すると良いですね。根が優しいのですから」
「……誉めているつもりなら大間違いだぜ」
ダークが明後日の方向を向いて溜め息を吐く。
メリッサは不思議に思ったが、ダークは深く語りたくないのだと悟り、あまりツッコまないようにした。
しばらく歩くと、ひときわ巨大な建物の前に来た。他の建物と比べ物にならないほど広大で、威厳がある。聖堂や宮殿のような細やかな装飾はないが、頑強な造りなのが分かる。
メリッサは息をのんだ。
「すごい建造物ですね」
「俺たちの王城だ。闇の眷属のシンボルとして建てられたんだ。ルドルフ皇帝が許可した人間しか入れねぇ」
ダークは感慨深そうに答えていた。
メリッサはコクコクと頷いた。
「気軽に入ってはいけないのは分かります。私はどこに行けばいいのでしょうか?」
「教会だ。こんな立派な建物じゃねぇが住み心地はいいぜ」
「住み心地が良い所を紹介してくださるのですね」
メリッサは安堵した。
「人質として牢屋に幽閉されるのを覚悟していました」
「俺たちを何だと思っているのか甚だ疑問だが、部屋の質に文句を言わねぇならヨシとするぜ」
ダークは片眉をピクピクさせていたが、メリッサに怒る気配はなかった。
王城の裏に回ると森が見えてきた。針葉樹が生い茂っている。
メリッサは両目を見開いた。
「ここは雪が少ないのですね」
「近くに川があるからな。集落の中では気温は高いぜ」
「やはり寒いのですが……」
メリッサの両足がガクガク震え出した。
ダークは舌打ちをする。
「歩くのが無理になったら言えと命令しただろ」
「すみません……」
メリッサは涙目になった。またしても足を引っ張るのが申し訳ない。
「少し待ってもらえれば、きっと歩けます」
「待つのは嫌いだぜ」
ダークはメリッサの両肩と両ひざに手を回し、抱え上げた。
突然に身体が持ち上がり、メリッサは小さく悲鳴をあげたが、ダークが構う様子はない。ずんずん進む。
メリッサの顔面は真っ赤になっていた。
「今まで私の歩幅に合わせていたのですね……それよりも……」
メリッサの心臓の鼓動が早くなる。
「これ、お姫様抱っこというものですよね?」
「グレゴリーが言っていたんだ。犯すか口説くかこんな抱え方をすれば、女は大人しく従うってな」
「何を言っているのですか!?」
メリッサは驚きのあまり声が裏返った。
「女性はそんなに単純ではありません。お願いがあるのなら、きちんとそう言うべきです!」
「そうなのか……」
ダークは気まずそうに視線をそらした。
「俺が言っても意味がないかもしれねぇけどな……もっと自分自身を守った方がいいと思うぜ」
「私自身ですか?」
メリッサは困惑した。
ダークは小さく頷く。
「てめぇはてめぇを大切に想う人間のために、無理をしない事を覚えたほうがいいぜ」
「心配してくださるのですね……ありがとうございます」
メリッサはコクリと頷いて、縮こまっていた。寒いはずなのに、体温は間違いなく上昇していた。




