聞き覚えのある歌
鋼鉄の森で金属音が響く。エリックのナイフと、ダークのナイフが激しくぶつかり合っていた。
エリックは動揺していた。正確無比にナイフを振るっているはずなのだが、ダークに傷一つ与えられない。鋼鉄の刃と棘を用いた不規則な攻撃で追い詰めるつもりだったのに、難なくかわされる。
ダークは半笑いを浮かべている。かなり余裕があるのだろう。
力量の差は明らかだ。
ナイフの応酬では勝てない。
エリックはそう判断して、後方に跳ぶ。彼を守るように、鋼鉄の刃と棘が進路を絶つ。
ダークがエリックを追いかければ、あっという間に切り刻まれる。
もっとも、ダークがそんな愚行を犯すはずはないのだが。
エリックはダークと距離を取りながら、次の手段を考えなければならない。
そんな時にメリッサの歌声が聞こえた。
聞き覚えのある歌だった。幼い頃に、バイオレットが何度も聞かせてくれた。
「なんであの女が知っている……?」
エリックの頭の中は、急速に過去に引っ張られた。
バイオレットの言葉が思い出される。
聖職者たちが軍舎に来た時に、バイオレットと会話した変わり者の修道女がいるという。修道院で頑張りたいけど、規律が厳しくて大変だという。友達と普通に会話をするのさえ難しいのだという。
バイオレットは思わず笑って、自分も軍隊の奴隷として働いていて大変だと言ったらしい。互いに全く違う苦労をしているが、前向きに頑張ろうとする姿勢を分かち合い、笑いあったらしい。
修道女は歌を教えてくれたいう。バイオレットがエリックに聞かせてくれた。元気が出る歌だった。
エリックは音程が取れず、まったく歌えなかったが。
次に会ったら、エリックの事も紹介するつもりだとバイオレットから言われた。
その後バイオレットは殺されてしまい、修道女と会う事は結局は叶わなかった。
ここまで考えて、戦闘中だと思い出した。
ダークの低い声が響く。
「コズミック・ディール、ヘル・コラプサー」
ダークのワールド・スピリットが放たれた。虚空に黒い球が出現し、強大な引力が生じる。鋼鉄の刃と棘を強引に砕き、巨大な渦を描くように吸収していく。漆黒の地獄だ。光さえ逃さない崩壊星が召喚されたのだ。
漆黒の地獄が鋼鉄の森を砕いて、吸収しているのだ。
エリックは歯噛みした。
漆黒の地獄に吸収されれば助からない。バイオレットの復讐ができない。
しかし、ダークのワールド・スピリットに対抗する手段が無い。
「だが、このまま死んでやるつもりはない」
紫色の瞳は冷徹に獲物を探す。
せめて一矢報いたい。
それなのに、エリックの身体は一瞬にして地面に押さえつけられた。思わぬ衝撃に逆らえず、仰向けになっていた。
ダークが馬乗りになっていた。
「上がノーマークなんてな。俺がテレポートをしていたのに気づかなかったし、ぼーっとしてたのか?」
「……殺すなら殺せ」
エリックの両腕は動く。抵抗しようと思えば、ナイフをがむしゃらに振るえる。
しかし、ダークに有効な攻撃にはならないだろう。
「ナイフを使った戦闘はあんたに教わったものだ。ナイフだけであんたに勝てるとは思わない」
「こんな所で謙遜はやめろよ。てめぇは随分と腕を上げたぜ」
「皮肉か? 結局勝てなかったのに」
鋼鉄の森はどんどん砕かれていく。
ダークは苦笑した。
「自分を卑下する癖は直した方がいいと思うぜ。バイオレットに怒られるだろ」
「俺は俺だ。バイオレットの生き方をなぞるつもりはない」
「そりゃそうだな」
ダークは笑って立ち上がり、ナイフを袖にしまい、エリックを引っ張り起こした。
「てめぇはてめぇの生き方がある。俺が口出しする事じゃねぇな」
「……俺を殺さないのか?」
エリックが困惑しながら尋ねると、ダークは溜め息を吐いた。
「大切な地方担当者を殺すつもりはねぇよ。俺がなんで戦っているのか、理解できねぇのか?」
「闇の眷属を守るためだな……そうか、メリッサも闇の眷属の味方になったのか。だからあんたはメリッサを庇うのか」
エリックは俯いた。
メリッサの目的は、エリックを邪魔する事ではない。エリックの復讐を快く思っていないが、エリックを想っての事だった。
ダークは頭をポリポリとかいた。
「闇の眷属もサンライト王国も守りたいらしいぜ」
「無謀な女だ。あんたも付き合うのか?」
「闇の眷属を守る事だけだな。サンライト王国は知らねぇよ。てめぇの管轄だろ?」
エリックは顔を上げて、ナイフを袖にしまい、立ち上がった。
「俺はサンライト王国の為なんて考えるつもりはない。だが、あんたらに協力する」
「あんたらって……俺とメリッサか?」
「メリッサには恩があるかもしれない。確かめたい」
「好きにしろよ。じゃあ、崩壊星は消すぜ」
崩壊星とは漆黒の地獄の事だ。
次の瞬間に、辺り一面に強烈な衝撃が走った。轟音と共に、膨大な圧力が周囲を駆け巡っていた。
漆黒の地獄が消え去る頃には、いくらかえぐれた大地と呆然とする人々が残った。
鋼鉄の森は跡形もなく消えていた。




