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鋼鉄の森

 大地が揺れて、地面に亀裂が走る。

 奴隷たちも鞭を持つ男たちも、地面に両ひざをついて悲鳴をあげた。

「おしまいだ! エリック様がお怒りだ!」

「助かる方法なんてない!」

 人々の表情に、絶望が浮かんでいた。

 メリッサはなんとかバランスを取り、エリックに向かって叫ぶ。


「気を悪くしたのなら謝ります! どうか皆様を巻き込まないようにお願いできませんか?」


「ダークが邪魔をしないなら、考える。ダークがいなければ、ワールド・スピリットはいらない」


 エリックは淡々と告げていた。

「俺はあんたを殺す。それだけだ」

「冷静になれよ、エリック。てめぇは世界の源を無駄に使おうとしているぜ」

 ダークが呆れ顔になっていた。ワールド・スピリットは世界の源を用いた異能だ。恐ろしいものになると、一国を滅ぼす力がある。一人の人間を仕留めるために発動させるのは、やりすぎである。

 しかし、エリックは首を横に振る。


「メリッサは俺の方針を妨げる。リベリオン帝国の南部地方担当者として、見過ごす事はできない」


「メリッサは貴重な補佐だ。リベリオン帝国の中央部担当者に免じて、ワールド・スピリットを引っ込める事はできないのか?」


「あんたにしては馬鹿な質問だ。何度でも言うが、俺はサンライト王国に復讐する権利と義務がある。邪魔をするのなら殺す」


 地面の亀裂から、不規則なおうとつのある刃が、天に向かって伸びる。植物の幹を思わせるような、恐ろしくも力強い刃だ。刃からは枝のように無数の棘が伸びて広がる。

 鋼鉄の森が出来上がっていた。

 無数の刃と棘が、メリッサに向かい来る。

 ダークは溜め息を吐いた。


「あくまで戦うつもりだな。分かった、正面から受けるぜ」

「本当にすみません。エリック様を怒らせてしまいました。その事は謝ります」


 メリッサの顔面は青いが、口調はしっかりしていた。


「ただ、どうしても私の言葉が間違っているとは思えません」

「ああ、てめぇは間違っちゃいないぜ。エリックだって分かっているだろ。止めるのは俺しかいねぇようだし、ちょっと暴れてくる」


 ダークは両手のナイフを握り直した。

「俺がいいと言うまで、何があっても、ぜってぇにその場を動くなよ。コズミック・ディール、リバース・グラビティ」

 ダークのワールド・スピリットが放たれた。

 次の瞬間に、メリッサの周囲の地面が、音を立てて持ち上がった。反重力が働いたのだ。メリッサに向かっていた刃と棘が、メリッサの目の前で弾かれる。

 持ち上げられた地面が、すぐ近くで大量の土埃をあげて落下する頃には、ダークの姿はなかった。鋼鉄の主を倒すために、鋼鉄の森へ身を躍らせたのだろう。

 刃と棘は執拗に襲い掛かる。そのたびに反重力が阻む。メリッサは恐怖を感じていたが、絶望はなかった。

 ダークを信じて待っていた。

 両手を合わせて、祈りを捧げる。


「どうか皆様が救われますように」


 エリックはバイオレットの為に、心の傷を負いながら戦っている。バイオレットが復讐を望む少女ではない事は分かっているだろう。しかし、エリックは、復讐以上にやるべき事を見つけられなかったのだ。

 バイオレットを心の底から愛していたのだろう。

 彼女の命が、目の前で理不尽に奪われた時に、エリックは言葉にならないほどの悔しさと絶望を感じたはずだ。その悔しさと絶望を分け合える人間がローズベル以外にいなかったのだろう。

 そしてバイオレットに対する愛情が、彼女を殺した人間たちに対する怒りと憎しみに変わっていったのだろう。

 復讐を妨げる人間も殺すほどに。


 メリッサはいつの間にか、歌を口ずさんでいた。安らぎを与えてくれる祈りの歌だ。


 バイオレットに教えたら、彼女も喜んで歌ってくれた。一緒に歌った時は、本当に楽しかった。


 もう一緒に歌う事はないが、彼女との思い出を過去のものにしたくない。

「明るくて優しいバイオレットは生きています。私が忘れるまで、ずっと」

 メリッサは自分を落ち着かせるように、呟いていた。そしてまた、そっと歌い出す。

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