美しくも残酷な山道
メリッサはダークに礼をした。
「怪我人の手当てを許可してくださり、ありがとうございました」
「闇の眷属にも怪我人がいたからな。ちょうどよく利用させてもらったぜ。あとはルドルフ皇帝に報告するだけだな」
ダークはさっさと歩き出す。
グレゴリーは溜め息を吐いた。
「ニセ聖女ちゃん含めて敵をもう少し弄べばいいのにん」
「無駄口叩く暇があったら足を動かせよ。待つのは嫌いだぜ」
ダークに睨まれて、グレゴリーは慌てて歩き出す。
「集落はちょっと遠いわねん……ねぇ、あんたのワールド・スピリットで、あたしたちだけ空間転移しない?」
ワールド・スピリット。
この言葉を耳にした時、メリッサは複雑な気持ちになった。
ワールド・スピリットとは異能の総称だ。サンライト王国の国王や王妃、そして聖女も使っていた。
みんな祖国を守るために必死に戦ったと、修道院に避難していたメリッサも聞いている。
しかし、闇の眷属の中にも恐るべきワールド・スピリットを操る人間がいたという。
サンライト王国を守ろうとした力も壊滅に追い込んだ力も、ワールド・スピリットだったのだ。
ダークは空間転移ができるようだ。
しかし、ダークは歩みを止めない。
「ワールド・スピリットを無駄に使わせるな。歩けばいいだけだろ」
「当たりがキツイわねん……いえ、好きになさいん」
ダークから再度睨まれて、グレゴリーは黙った。
メリッサや闇の眷属たちもついていく。
メリッサは、ダークたちの意に沿うように振る舞うと、心に決めていた。自分の言動が戦争の口実にされるのは、何としてでも避けなければならない。
しばらく歩くと山道に辿り着く。
年中問わず雪に覆われた高山で、遥か遠くからはあたかも純白な城に見える。
その山道を眺める多くの幼子は、きっと素敵な王子や王女がいるのだという幻想を抱いている。かつてメリッサも、少女だった頃に、素敵な人たちが住んでいるはずだと胸を躍らせていた。
しかし一歩足を踏み入れれば、その幻想は打ち砕かれる。
美しくも残酷な山道だ。
凍てつく風と底知れない崖が、多くの命を奪ってきた。山道は狭く、雪のせいで滑りやすい。普通の人間なら近づく事さえ拒むだろう。
そんな山道に、闇の眷属は慣れ親しんでいるようだ。
山道を進んだ先に、彼らの住処がある。軍人も従者も大して防寒対策をしていないのに、寒風吹きすさぶ山道を平然と歩いている。集団で散歩をするような、和やかな雰囲気である。
山道を進むほどに雲が厚くなり、空の光が通らなくなる。寒さは一段と厳しくなる。
闇の眷属と違って、メリッサの足取りはおぼつかない。辛うじて歩いているが、全身が震えている。
だんだんと目を開けられなくなる。腰まで伸びた茶髪は先端までブルブル震え、唇は青い。緑色のローブに白い上着を追加しているが、防寒対策として役に立たず、凍える寸前である。心身ともに限界を迎えている。
そんなメリッサを見かねたのか、ダークが溜め息を吐いて、歩み寄る。黒髪をめんどくさそうにポリポリとかいていた。
「歩くのが辛いならそう言えよ」
怒気を含んだ低い声で言われて、メリッサの両肩がビクリと震える。ダークの切れ長の瞳と視線を合わせるのが恐ろしい。
メリッサは一生懸命に首をぶんぶんと横に振った。
「あ、あなたたちの足を引っ張るつもりはありません……」
「震え声で言われても説得力が無いぜ」
「だ、大丈夫です。これくらい……」
平気です。
そう言おうとして、メリッサの両膝が地面についた。身体が限界にきたのだ。心の中で動け動けと呟いて、自分自身を奮い立たせようとしたが、動けなかった。
闇の眷属の集団が足を止める。奇異な目がメリッサに向けられる。
メリッサは情けない気持ちになっていた。
「すみません……」
か細い声で謝るのが精いっぱいだ。
そんなメリッサを指さして嘲笑う声が聞こえた。
顎の先が二つに割れた、大柄な男性が不気味に笑っていた。無精髭を生やし、濃ゆい紫色の口紅を塗っている。全身にこれ見よがしに宝石を装飾した、濃紺の礼服を身に着けている。
グレゴリーだ。自ら命を懸ける事はないが、興味本位で軍部と行動を共にしている。
「あらん、もしかしてこの程度の寒さに負けちゃったのん? 軟弱ねん」
メリッサは言い返す事ができない。寒さと情けなさで震えるだけだ。
相手が反論しないのをいいことに、グレゴリーはこれ見よがしに頭上で両手を叩き出した。
「なんて無様なのかしらん! こんな女に生きる価値なんてないわん! ダークさんもそう思うよねん?」
「同意を求めるな、うっとうしいぜ」
切れ長の瞳に睨まれて、グレゴリーの笑顔と両手が固まった。
ダークが露骨に舌打ちをした。
「てめぇらは先に行ってろ。ルドルフ皇帝が待ちくたびれるぜ」
集団は顔を見合わせたが、その場にいても仕方ないと判断して歩き出す。
グレゴリーは悔しそうに寄声をあげたが、闇の眷属が無理やり引っ張っていった。
メリッサは未だに立ち上がる事ができない。身体を抱きしめて体温が逃げないようにしていたが、震えが止まらない。
ダークがしゃがんで視線を合わせてくる。
「上着の予備や温かな食糧は……あればとっくに使っているよな」
ダークは呆れ顔になっていた。
メリッサは申し訳ない気持ちになって俯く。涙が出そうになっていた。
そんなメリッサの身体が温かさに包まれる。
驚いて顔を上げると、ダークがメリッサをそっと抱きしめていた。




