生き恥
メリッサは困惑していた。
ダークが空間転移で姿を消してから、リリーが一言も喋らないのだ。真剣な眼差しをメリッサに向けて、棒立ちになっている。
リリーは、メリッサと一緒にいるように、ダークから言われている。言われた事を本気で実行しているのだろう。
メリッサは自分から会話を切り出すタイプではない。サンライト王国の修道院では、相手の話を傾聴するのが美徳とされていた為、会話を振る経験もあまりない。
しかし、お互いに黙って立っているのは気まずい。
メリッサは周囲を一望し、リリーに微笑み掛ける。
「本当に綺麗な薔薇園ですね。お手入れは大変でしょう?」
「そ、そんな……私への労いなんて」
リリーは瞳を潤ませた。
メリッサは穏やかに笑う。
「あなたの働きはすごいです。尊敬します」
「ええええ!? ダーク様の側近から尊敬されるなんて、恐れ多いです!」
リリーは首と両手を振って、あたふたしていた。
純粋無垢なリリーの反応を、メリッサは微笑ましいと感じていた。
「自信を持ってください。ダークも喜んでいたと思います」
「あああありがとうございます」
リリーの顔は真っ赤になっていた。
「ダーク様は強くて優しくて……口調は乱暴ですが、そこがツボでして……」
「ダークの事が好きなのですね」
「なななんで分かったのですか!? ああもしかして鎌をかけましたか!?」
リリーは両耳をふさいでしゃがみ込んだ。
「申し訳ありません、私なんかが不用意に好意を示すなんて!」
言いながら、両膝と両手を地面に付けている。土下座をするつもりなのだろう。
メリッサは慌ててしゃがみ、リリーの腕を引っ張る。
「立ってください、そんなに畏まらなくて良いのです!」
「いいえ、これほどの大罪はありえません! どうか一撃で首を切り落としてください!」
「そんな事、やるはずがありません!」
メリッサはリリーの両腕を引っ張るが、ビクともしない。小柄な見た目によらず、力がある。
リリーは涙をこぼしていた。
「私はダーク様の足を引っ張ってばかりです。黒い薔薇の花言葉を調べずにブローチを渡しただけではありません。あの方の命が奪われてしまってもおかしくない状況を作ってしまったのです」
メリッサは息を呑んだ。
リリーは続ける。
「ダーク様とお近づきになる方法を知っていると口走る男にまんまと捕まったのです。怪しいと感じるべきでした。くたびれた金髪を生やすヒョロ長い男でした。カインと名乗っていたのですが、あの冷酷な笑みは忘れられません。リベリオン帝国の敵対勢力だったのです」
メリッサは黙って聞いていた。掛ける言葉がない。
リリーは嗚咽を漏らす。
「エリック様が遠方から駆けつけて私を解放してくださらなかったら、ダーク様までどうなっていたのか分からなかったのです。私を人質に取られている間は、無抵抗だったそうです」
「それは……ダークもあなたも気の毒でしたね。エリック様に感謝しましょう」
メリッサはようやくの事で口を開いた。
リリーは目元を何度も拭うが、涙が途切れない。
「本当に、本当に申し訳なくて……生きるのが本当に辛いです」
「おい、そんな事を気にしていたのか? てめぇが解放されてから俺は存分に暴れたし、スカッとしてるぜ。カインには逃げられたけどよ」
いつの間にかダークが戻っていた。空間転移で来たのだろう。
リリーはヒッと小さな悲鳴を上げてのけぞった。
「ダーク様、どこから聞いていましたか!?」
「エリックが駆けつけたって所からだな」
口の端を上げている。
「あの時はグレナイがうざかったな。人質をさっさと見捨てろとうるさかったぜ」
「私を見捨てるのは当然だったと思います。本当に申し訳ありません」
「感謝ならエリックにしろよ。あいつが来なかったら、かなりヤバかったぜ。まあ、来るとは思ったけどよ」
ダークはしゃがんで、リリーの頭を撫でる。
「てめぇが作ったブローチで密かに連絡を取り合ったおかげで、あの時は誰も犠牲にならなかった。それでいいだろ」
「……本当に良いのですか?」
リリーが恐る恐る尋ねると、ダークは頷く。
「ブローチで連絡が取れるのは、てめぇのワールド・スピリットのおかげだからな。生きてもらわないと困るぜ」
「そうですね……死んだらワールド・スピリットは使えなくなりますからね」
リリーはゆっくりと立ち上がった。
泣き止んで、決意を込めた目線になる。
「生き恥を晒しながら、やれる事をやりたいです」
「生き延びるのに恥はないと思うけどな。まあ、やれる事をやってくれよ」
ダークは苦笑して立ち上がる。
リリーはメリッサに向けて深々と礼をした。
「本当にありがとうございました。スッキリしました」
「私は何もしていませんよ」
メリッサは両手をパタパタと振った。
ダークは笑っていた。
「また来るぜ。頑張りすぎて倒れないようにな」
「はい!」
リリーは元気よく返事をした。
ダークは歩き出す。
「遅くなった。メリッサ、帰るぜ」
「はい、分かりました。リリーさん、素敵な薔薇を見せてくださりありがとうございました。またお話を聞かせてください」
メリッサは深々とお辞儀をした後で、ダークに続く。
リリーは大きく手を振って、見送っていた。




