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お祈りの時間

 ダークは溜め息を吐いて教壇に立つ。厳かな口調で語りだす。

「お集りの皆様、これよりお祈りの時間となります。静かに長椅子に腰かけてください」

 押しかけてきた人々は歓声をあげた。

 ダークは口の端を引くつかせる。

「お静かにお願いします。なお、本日のお祈りの時間は神官長の特別な計らいによるものです。今後とも同じ時間に始まるとは思わないでください」

 人々は何度も頷いて、素直に長椅子に腰かける。

 その後も次々に老若男女が訪れた。教会から外に出た修道士や修道女が、お祈りの時間が変更になったというお知らせをしたのだろう。

 長椅子は瞬く間にいっぱいになった。立っている人たちもいる。

 ダークは辺りを見渡す。

「足腰が弱っていたり、体調の優れない方はいませんか? 長椅子に限りがありますので、譲り合いをお願いします」

 ダークはしばらく時間を置く。人々はダークを真剣な眼差しで見つめていた。


 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、神聖な雰囲気になっている。


 メリッサは内心で、すごいと呟いていた。これが神官の力だろう。


 ダークは天井を見上げる。光る蔦が蔓延り、教会を静かに照らしている。

「この教会が建てられた時は、俺を育てた偉大な神官が生まれてから十二年後だと聞いています。偉大な神官は女性だったので正確な年齢を明かさないようにしますが、教会が建築されてから八十七年経っているそうです」

 ごく一部の人間が苦笑する。

 メリッサは両目を丸くしていた。教会の建築年数から十二を引けば、ダークを育てた神官の年齢が割り出せる。

 一方で、ダークの年齢は見た目から察すると二十代かそれ以下だろう。育ての親とは、随分と年齢が離れているのかもしれない。

 ダークは表情一つ変えずに続ける。

「教会の歴史は王城より古いのです。軍人気質の皇帝がこだわる所ではありませんが、もっと勉強してほしい所です」

 笑いが起こる。

 闇の眷属の皇帝ルドルフの人柄を知る人間が笑っているのだろう。メリッサは首を傾げたが、皇帝の人柄はみんなが知っているようだ。

 ダークは長椅子に座る人たちを見渡す。


「皆様の多くがご存じのとおり、闇の眷属はリベリオン帝国の国民として守られるべき立場にあります。滅びゆく運命に抗うために、皇帝がリベリオン帝国の建国を宣言したのです」


 人々が何度も頷く。

 闇の眷属はリベリオン帝国の皇帝ルドルフを尊敬しているようだ。

 ダークは一呼吸置く。


「死ぬほど大変な想いをする時もあるでしょう。しかし、戦乱の時代となっても生き延びる権利があるはずです。その権利を守るために、手を取りあい、皆様の未来を勝ち取っていただきたいのです。俺からは以上です。ご清聴ありがとうございました」


 盛大な拍手が沸く。

 メリッサも拍手をしていた。

 ダークは自らの胸に左手を置く。


「これからはご自身と向き合い、祈りを捧げてください。誰のためでも構いません。大切な祈りが届くように真剣に行ってください」


 人々は静かになり、自らの胸に片手を置いた。

 メリッサも右手を胸に置いて、サンライト王国の事を思い出していた。

 両親に元気に暮らすと約束して修道院に入り、自分も何かできる事がほしいと思って頑張った。サンライト王国の人たちは血気盛んで、修道院の事を気に掛ける人間はあまりいなかったが、心優しいごく一部の人たちが支えてくれた。

 一緒に修道院で暮らす人たちはいろいろいたが、メリッサと友達になってくれた人たちは本当に気のいい人たちだった。

 みんなが幸せであってほしいと願ってやまない。同時に、サンライト王国を壊滅に追い込んだのは、ダークたちである事を思い出してしまう。

 メリッサは両肩を震わせて、泣きそうになった。

 そんな時に、オルガンの音色が響き渡る。

 ダークがいつの間にか教壇から降りて、弾いていた。厳かで澄んだ音色に、心が洗われる。どこか悲しい曲調である。罪人が許しを乞うているような悲壮感がある。

 宗教が違うから当然であるが、メリッサの知らない曲であった。サンライト王国の聖堂で奏でるような曲ではない。

 人々は嗚咽を漏らしていた。声をあげて泣いている人もいる。

 メリッサも涙目になっていた。

 オルガンの演奏は終盤に入る。(かす)かに明るい曲調になった。罪人がわずかな希望を抱いたかのように、静かに終わった。

 ダークは深い溜め息を吐いた。

「本日のお祈りの時間は終了です。皆様の日常を大切にお過ごしください」

 人々は静まり返っていた。

 ダークは眉をひそめた。

「教会を出ても構いませんよ」

「あの、神官様……悩みがあるのじゃ。聞いてもらえるかのぅ?」

 年老いた男性が片手をあげる。

 ダークはオルガンから離れて、教壇に立つ。

「儀式が終わったんで丁寧に接するつもりはないぜ。それでもいいなら」

「随分と口調が変わるのぅ……さすがは魔王といったところか」

「ドン引きしたなら帰っていいぜ」

 ダークが眉をひそめると、年老いた男性は首を横に振った。

「ドン引きなどしておらぬ。とにかく悩みを聞いてほしい。好きな女性に告白したいから、若返りたいのじゃ」

「若返る必要はあるのか? 年を取る事でしか得られないものもあると思うぜ」

「若返らないと、どう考えてもライバルに敵わないのじゃ」

 年老いた男性はメリッサを見つめる。


「若くて高身長で顔の良い魔王に敵わないのじゃ」


「え? 私に告白をしたいのですか?」


 メリッサは自身を指さして両目をパチクリさせた。

 年老いた男性は深々と頷く。

「身も心も美しい女性は最高じゃ」

「あの、その、告白なんて困ります!」

 メリッサは両手をパタパタさせた。

 ダークは呆れ顔になっていた。

「ライバルが強力なのは分かったが、どうやってメリッサの気を惹くかだと思うぜ」

「ぐぬぬ……自らを強力だという度胸……見習わねばならぬのぅ」

「誰の事か分からないが、見習うのは止めないぜ」

 ダークの言葉に、辺りに沈黙が走った。

 徐々にヒソヒソ話が聞こえだす。

「魔王……本当に自覚がないのね」

「逆にチャンス?」

「ううん、いくらなんでもちょっと鈍感すぎない?」

 ダークは首を傾げていた。

 メリッサは苦笑するしかなかった。

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