軍部の司令塔
ローズベルは軍部の司令塔だ。数々の戦争で、闇の眷属を勝利に導いてきた。
位の高さは、皇帝であるルドルフに次ぐ。闇の眷属で逆らう人間はいない。
ローズベルは口元に片手を当てて、上品に笑う。
「ダーク・スカイ、あなたが弱いものイジメをするなんて珍しいわね」
「あ、あたしはそんなに弱くないわん!」
グレゴリーはダークに押さえつけられたまま喚くが、ダークもローズベルも気にした様子はない。
ローズベルは、呆然とするメリッサに視線を移して微笑む。
「黒い神官服を洗っているのね。名前は?」
「メリッサです」
「そう、あなたが噂の偽りの聖女様ね」
ローズベルの微笑みは目元が笑っていない。
メリッサは気まずそうに視線をそらす。
「騙そうとした事は申し訳ないと思います」
「いいのよ、私たちはそんなに気にしていないから。聖職者なら腸煮えくりかえる行為でしょうけどね」
ローズベルはうっとりとした口調で、メリッサに語り掛ける。
「本当にすごいわ。聖女と称してダークを騙そうとしたのでしょう?」
「ローズベル様、俺の報告を変に切り取るのはやめていただけますか? グレゴリーが無茶な要求をした事も報告しましたよ」
ダークがグレゴリーを押さえたまま口を挟むと、ローズベルはわざとらしく、あらあらと驚きの声をあげた。
「お話の途中であなたが口を挟んだだけでしょう? 私が大切な報告を忘れたと思ったのかしら?」
「大変な作業をしているメリッサに声を掛けるのもどうかと思いました」
「そうね……あなたがそこまで言うのなら、お話を切り上げましょう。そうそう、あなたに伝言があるの。ルドルフ皇帝が、明日のお祈りの時間後にメリッサを連れて王城に来なさいと」
「ルドルフ皇帝がメリッサと会いたがっているのですか?」
ダークが眉をひそめると、ローズベルは頷いた。
「どんな女性なのか興味が沸いたそうよ」
「ちょっと!? 王城はあたしが出入り禁止なのに、どうして軟弱横取り女が入れるの!? 納得できないわん!」
グレゴリーがギャーギャー騒ぐと、ローズベルの目つきが変わった。
ゴミを見るような軽蔑をありありと浮かべて、冷酷な光を宿している。
「ルドルフ皇帝の決定に不満があるなら死ぬしかなくなるけど、いいかしら?」
「……ごめんなさい」
有無も言わさぬ圧力に屈して、グレゴリーは地面に頭をこすりつけた。
ローズベルは微笑みを取り戻して、両手をパンパンと鳴らす。顔から足まで黒い服装で覆われた複数の人間がどこからともなく現れて、グレゴリーの両腕を両足を担いで、去っていく。短剣も回収されていた。
「なにこれ何なの!? あたしはどこに行くのん!?」
グレゴリーが騒ぐが、答えるものはいなかった。
ローズベルは背伸びをした後で、歩き出す。
「グレゴリーはリベリオン帝国中央部を永久追放とするわ」
「あの、リベリオン帝国とは?」
メリッサが尋ねると、ローズベルは口元に片手を置いて上品に笑った。
「ルドルフ皇帝の支配する帝国の事よ。闇の眷属を守るために建国されたの。明日が楽しみだわ。メリッサがルドルフ皇帝とどんなお話をするのか、ワクワクするわ」
「た、大した事はお話できないと思いますが……」
メリッサがしどろもどろに言うと、ローズベルは振り向いた。
「いいのよ、素直な気持ちを話せばいいのだから。じゃあね、よろしくね」
ローズベルは王城の方向へ、優雅に歩き去った。
リトスとボスコは、長い溜め息を吐いた。
「緊張したぁ、ローズベル様はなんだか怖いよ」
「軍部の司令塔ですからね。こんな所でお目にかかれるとは思いませんでした」
ボスコは教会の方向に歩き出す。
「僕はもう休みますが……スカイ君、明日のお祈りの時間はどうしますか?」
「俺がやります」
ダークは迷いなく頷いた。
リトスはあくびをして、ボスコに続く。
メリッサは焦っていた。
黒い神官服の洗濯が思いのほか捗らない。井戸水を汲むのも、もみ洗いも思い通りにいっていなかった。腕がパンパンになっている。
急ごうと思っても、身体がついていけない。
ダークは濡れたままの黒い神官服に触れて、頷いた。
「充分だぜ。あとは乾かすだけだ」
「いえ、もっと綺麗に洗わせてください!」
メリッサは声を張り上げるが、ダークは黒い神官服を取り上げた。
「もともと俺のものだ。どの程度洗ってもらうか俺が決めるぜ」
ダークはそっけない口調で言っていた。
メリッサは悔しかったが、涙は飲み込んだ。
「気を遣わせてしまい、すみません」
「何もしてねぇよ。明日はルドルフ皇帝と謁見するんだ。体調を整えておけよ」
ダークは片手で井戸水を汲んで、タライを簡単に洗って片づける。
「立てるか?」
「なんとか」
メリッサはふらふらと立ち上がった。体力は限界だった。
転びそうになったメリッサの身体を、ダークは片手で受け止めた。
「無理はよせと何度も言っているよな」
「すみません、本当に何から何まで」
「謝らなくていいぜ。さて、教会に帰るか」
メリッサとダークはゆっくりと歩き出す。
メリッサは申し訳ない気持ちになったが、両頬を赤らめていた。ダークの隣を歩いているというのは気恥ずかしくもあり、嬉しさもあった。




