黒い神官服の洗濯
メリッサは井戸の傍で腕まくりをした。
これからダークの黒い神官服を洗うのだ。神官服は乱暴に扱えない。洗濯後に繊維が乱れるなど、あってはならない。
しかし、血痕や汚れをそのままにするのは気が引ける。彼の神官服を洗うのは、他でもないメリッサから言い出した事だ。
「絶対に綺麗にします」
メリッサは気合いを入れて、神官服を大きなタライに広げた。これを水で浸して、もみ洗いをするのだ。
井戸水を汲み上げるために、桶の付いた太い縄を降ろす。
井戸水を汲み取る時に、まっすぐに桶を降ろすと水に浮かんでしまう。水より桶の方が軽いため、当然といえば当然である。縄を振って桶を揺さぶる。桶を傾かせるのに成功すると水が入っていく。桶に水が溜まると一気に重くなるため、全力で縄を引っ張る必要があり、腕が痛くなる。井戸から水を汲むだけで、重労働である。しかも、一回汲んだのでは充分な水分量にならない。
メリッサは深呼吸をして気合いを入れ直す。
「こういった時に気温が低いと助かります。すぐに身体の火照りが収まるので」
メリッサは何度か井戸水を汲み上げていく。
タライを充分な水で浸せば、もみ洗いの開始である。
あっという間に水は汚れた。メリッサが考えている以上に血や汚れの付着があったようだ。
タライの水は、すぐに使えなくなる。メリッサは黒い神官服を一旦竿に掛けて、タライの水を地面に捨てる。
井戸水を汲み上げる作業の再開である。おそらく、何度も繰り返す事になるだろう。
気の遠くなるような作業である。
しかし、メリッサの両目は決意に満ちていた。
「明日にはきっと綺麗にします」
ダークから受けた恩は大きい。メリッサは一生懸命に神官服を洗っていた。
そんなメリッサを遠目で見守る三人がいる。
ダークとボスコとリトスだ。
ダークは両手をワナワナとさせていた。
「無理はするなと言っておいたのに……」
「彼女は無理だと感じていないのでしょう。まだ止める段階ではないと思いますよ」
ボスコにたしなめられて、ダークは溜め息を吐いた。
「分かっていますが、どう考えても一人でやる作業じゃねぇでしょう」
「あたしは手助けに行っていいと思うよ。ほらファイト」
リトスがダークの背中を押そうとするが、あっさり身をかわされる。
ダークが露骨に舌打ちをする。切れ長の瞳がぎらついている。
「背中を触られるのが嫌なのは知っているよな? 今度やったら殺すぜ」
「う、分かったよ」
リトスをガチガチになりながら辛うじて頷いた。
「背中を触られるのも、血や汗とかが直に触れるのもダメだったよな」
「分かっているじゃねぇか。命が惜しかったらぜってぇ忘れるな」
ダークがリトスを睨む。
ボスコが苦笑する。
「メリッサさんはスカイ君の役に立ちたくて頑張っていますのに、スカイ君が手伝ったら元も子もありませんよ。見守るだけなのが辛いのは分かりますけどね」
「ちぇっ! いい具合に二人きりにできると思ったのに。あーつまんない」
リトスは心底残念そうであった。両腕を組んで考え込む。
「二人がもっと近くなれるような、いい作戦はないかなぁ?」
「お気持ちは分かりますが、本人の前で相談する事ではないと思いますよ。気長に見守りましょう」
ボスコは両手を広げて、制止する。
しかし、リトスがひるむ様子はない。
「何も言わなかったら絶対に進展しないよね? 二人とも奥手で恋愛のド素人だから」
「恋愛に精通しているという方がいらしたら、それはそれで考えものかと思いますけどね。お二人のペースがあるはずです。そっとしておきましょう」
「ボスコにしては辛辣な事を言うね」
リトスは不満そうにうめくが、反論はしなかった。
ふと、ダークの瞳に鋭い光が宿る。凍てつく雰囲気を放っている。
「殺気を感じるぜ。行ってくる。二人とも、ここにいろよ」