闇の眷属の宗教
神官長の肩書きがある。
ボスコがそう言った時に、メリッサは恐れおののいた。以前にダークが、聖女は彼らの宗教にとって、神官長と同列だと言っていた。聖女といえば誰もが認めるような奇跡を起こした、修道女の誰もが憧れる存在である。女性の聖職者のトップだと言える。
聖女と同列という事は、ボスコは彼らの宗教のトップという事である。
メリッサは何度も頭を下げた。
「すみません、すみません。ただの修道女である私が気軽に話してしまって」
「そんなに固くならないでください。害意が無ければ良いのです」
ボスコは穏やかに微笑む。
「僕たちの宗教は名前が決まっていないくらいですし、様々な人たちと仲良くしていきたいですよね、スカイ君」
ボスコに話を振られて、ダークはめんどくさそうに舌打ちをした。暖炉の火力を見張りつつ、ゆっくりと主張する。
「ダーク・スカイ教はぜってぇ許しませんよ」
「闇の眷属が崇める対象としてふさわしいと思うのですけどね」
「壊滅的なネーミングセンスを押し付けないでください。これまで神官長を務めたマザーか、現神官長のボスコ様から名前を拝借するとか、いくらでもあるでしょう」
「マザーの時から宗教の在り方が変わりましたし、僕の名前は壊滅的ですよ。僕はワールド・スピリットが使えませんし知名度なんてまだまだですからね、魔王様」
ボスコが諭すように言うと、ダークは露骨に溜め息を吐いた。
「ちったぁ神官長の威厳を知らしめたらどうですか?」
「宗教の役割は、相手を委縮させる事ではありません。僕は闇の眷属を迫害から救う事を望むだけです」
ボスコが毅然と言い放った。
ダークは苦笑した。
「俺は相手を委縮させる事しかやってませんけどね」
「そうでもないでしょう。現に悩める人たちを修道士として迎えて養っています。あなたも立派な神官ですよ」
「うだうだ言っている暇があったら、飯にしましょう。修道士どもはさっさと野菜を処理して鍋に入れろ」
野菜を抱えた修道士や修道女は、はい! と元気よく返事をして長机にまな板と野菜を広げた。色とりどりの野菜は畑から取れたのだろう。瑞々しくて美味しそうだ。
おのおのナイフを取り出して、野菜を一口サイズに切っていく。切られた野菜は鍋にどんどん入れられていく。熱せられた鍋に、卵が幾つか割り入れられる。野菜の水分がほどよく滲み出し、素朴なスープが出来上がった。
ボスコが仕上げにハーブを入れている。良い香り付けになるだろう。
この時にメリッサは、ハーブ玉の事を思い出した。山道でハーブ玉を飲めたおかげで、凍死を免れたのだ。
メリッサは深々と礼をした。
「ボスコ様、ハーブ玉のおかげで助かりました」
ボスコは両目をパチクリさせる。
「おや? あなたに渡した記憶は無いのですが」
「山道で凍えていた時に、ダーク様から渡されました。お礼はハーブ玉を作ったボスコ様に言うように仰せつかっております」
「そうですか。僕が作ったハーブ玉に救われたのなら何よりです」
ボスコは微笑む。
「害意のない人間を救えたのなら、本当に良かったです。くれぐれも無理をしないでください」
「お気遣いくださりありがとうございます」
メリッサは再度礼をして、何かできる事がないかと辺りを見渡す。
修道士や修道女の手際がいい。チームワークもいい。
メリッサはみんなの一連の動作に見惚れてしまう。
そんなメリッサに、リトスが器とスプーンを寄越す。器にはスープがなみなみとよそられていた。
メリッサは戸惑った。
「私も良いのですか?」
「当たり前だよ、だって仲間じゃん!」
「私は何もしていませんよ」
「オルガンを拭いてくれたし、ダークの面白い顔が見れたから充分だよ」
メリッサはますます戸惑った。
「ダーク様の面白い顔とは?」
「グレゴリーからあんたを庇っていたよね。あの時のダークは、かなり必死だったよ。あんなにグレゴリーに食って掛かるダークなんて初めて見たよ。今までなら不機嫌そうな顔で、やめてもらえねぇか? と尋ねるのが精いっぱいだったんだ!」
「そうなのですか!?」
メリッサは驚きのあまり声が裏返った。
リトスは夢見がちな表情を浮かべて両手を広げた。
「きっと本心はこうだよ。メリッサ、グレゴリーなんてクソ野郎が迷惑を掛けてごめん。俺が心の傷を癒してやるって」
「へたくそな演技をしている暇があったら、とっとと食え。スープが冷めるだろ」
ダークが口の端を引くつかせていた。
「グレゴリーがクソ野郎なのは本当だけどよ」
「照れ隠しはそのへんにしようよ。想い人が逃げちゃうよ」
「死にてぇのか?」
ダークに睨まれて、リトスはぶんぶんと首を横に振った。
メリッサはスープを飲みながら、両頬が赤くなっていた。