お手伝いさんの初仕事
メリッサとリトスは隠し階段を降りる。
隠し階段の先は廊下があり、教会と同様に、光る蔦が辺りを静かに照らしている。
メリッサは両目を輝かせた。
「すごいですね。カビがありません」
「あたしたちの住処だからね。定期的に掃除をしているから綺麗なんだよ」
隣を歩くリトスは得意げに言っていた。
「ここからちょっと歩けば倉庫や水飲み場があるんだ。お湯に浸かる事だってできるよ」
「地下でそこまでできるのですか!?」
メリッサの声は裏返った。
倉庫は想定内であったが、水飲み場と風呂は驚くべき事だった。
当たり前であるが、飲み水は清潔でなければならない。清潔な水を地下に引くために、どれほどの労力が必要なのか、メリッサには想像もつかない。湯を沸かす仕組みを作るのは、神業だろう。
リトスは両手をパタパタと振った。
「神官どもはすごく感謝しているけど、あたしは当たり前の生活をさせてもらっているだけだと思うよ」
「闇の眷属の大工さんはすごいですよ。サンライト王国では、お風呂なんてごく一握りの人が利用できるものです。贅沢品でした」
「そうなの!? そっちの方が驚きだよ! じゃあメリッサはサンライト王国の王様並に偉いんだ!」
リトスがおどけた口調になるが、メリッサの両肩はガクガク震えた。
「やめてください! 恐れ多いです!」
「ごめんごめん、そんなに気にするとは思わなかったよ」
リトスは片手をあげて笑顔を浮かべた。
少し歩くと、リトスは歩みを止めた。
「ここがあたしの部屋だよ。なんにもないけど」
ドアを開ける。部屋の壁にも光る蔦が蔓延って、辺りを静かに照らしている。
ふわふわの大きなマットと掛け布団、四角い木のテーブルとイス、そして大きな木箱が二つ並べられている。
リトスは木箱から黒い修道服を取り出した。
「サイズが合うといいんだけどね」
「着てみます。聖女の服はどこに置けば良いのでしょうか?」
「テーブルの上に広げておいて。勉強なんてしないから気にしないでね」
リトスなりの気遣かったのだろう。
メリッサは微笑んだ。
「ありがとうございます……本来なら身も心もあなたたちの宗教に捧げるべきですのに、それができなくてすみません」
「いーっていーって! あんたがどこの宗教にいようと、服を借りるくらい大丈夫だよ!」
リトスの軽い口調に、メリッサは笑った。
「ついでにこの部屋の掃除をしましょうか?」
「いらないよ! それより早く戻ろう。遅くなってダークに怒られたらいやだから」
「それもそうですね」
メリッサは手早く着替えを済ませて、聖女の服を折りたたみ、リトスと共に教会へ戻る。
ダークは暖炉の火の管理をしていた。
「思ったより早かったな」
「メリッサが素早く着替えたおかげだよ」
リトスはメリッサにウィンクをした。
メリッサは頷いた。
「さっそく仕事をやらせてください」
「いいぜ。みんなが来たら飯にするから、そんなに時間はないと思うけどな」
「はい!」
メリッサは元気よく返事をして、白い布でオルガンの鍵盤を拭く。もともと汚れていなかったが、拭くほどにより綺麗になっていく。
「いい布ですね」
「拭き方が上手なんだよ。きっと黒い神官様も感謝しているよ」
リトスがダークに視線を寄越す。
ダークは溜め息を吐いた。
「リトスと違って安心して任せられるぜ」
「あたしと違ってなんて言わなくていいだろ!? ほら、感謝でも愛の告白でもちゃんと本音を伝えなくちゃ!」
「メリッサ、布は遠慮なく使えよ。替えは木箱に入っているぜ」
リトスが騒ぐが、ダークが気に留める様子はない。
メリッサはクスクス笑う。
「お二人とも仲が良いのですね。言いたい事を言っていて」
「喧嘩ばかりしているのに!?」
リトスは両目を丸くしていた。
ダークは呆れ顔になっていた。
「メリッサ、見当違いは時に寿命を縮めるぜ」
「お二人の会話を邪魔してしまいましたか? すみません」
「いや、そうでもねぇが……まあ、おいおい理解してもらうぜ」
ダークは諦めたように溜め息を吐いた。
メリッサは不思議そうに首を傾げたが、とりあえずオルガン掃除をするのだった。
オルガン掃除は捗った。拭くほどに綺麗になるから、ますます頑張れた。
リトスは歓声をあげた。
「すごいよ、こんなにピカピカになるもんなんだ!」
「そ、そんなにすごくないです。拭いただけですよ」
メリッサは照れながら頑張るのだった。
しばらくすると、複数の足音が聞こえだした。
白い神官服を身にまとう中肉中背の男性を先頭に、修道服を着た数人の男女が教会に入ってくる。白い神官服の男性は茶髪を生やし、穏やかな笑みを浮かべている。修道服の男女は年齢層がまちまちで、みんな多かれ少なかれ野菜や卵を抱えている。
白い神官服の男性が愉快そうに両目を細める。
「見慣れない女性がいますね。僕たちと同じ聖職者のようですが」
メリッサはオルガンを拭く手を止めて、深々と礼をした。
「メリッサと申します。ダーク・スカイ様のお手伝いを希望します」
「こんなに美しい方がお手伝いなんて、スカイ君も隅におけませんね。僕はボスコ。神官長という肩書きがあります」
「神官長ですか!?」
メリッサの声は裏返った。