神官様のお手伝いさんとして
リトスはメリッサを手招きする。左の窓の傍に、幾つもの薪と大きな木箱が幾つか並べて置かれている。
リトスは一番右の木箱を開けた。刷毛や箒や雑巾など、掃除用具が一式揃っていた。
「メリッサはオルガンの掃除をしてよ。専用の布を使ってね」
リトスは綺麗な白い布をメリッサに手渡す。
メリッサは決意を込めて頷いた。
「聖歌の伴奏をするための大事なオルガンですね。黒い神官様のお手伝いさんとして、頑張ります」
「そんなに張り切る事じゃないけど……」
リトスが戸惑っていると、ダークが羽ペンで手紙の返事を書きながら口を挟む。
「オルガン掃除は大事だぜ。埃が溜まったら音に影響するからな」
「そうなんだ。あたしにはよく分からないや」
「いちおう修道女なんだから理解しておけよ」
ダークは呆れ顔になった。手紙を折りたたみ、小鳥の足に結える。小鳥に小粒の餌をやり、窓から飛ばした。
「リトス、そろそろみんなが帰ってくると思うが暖炉に火を入れたか?」
「いっけね! 忘れてた」
リトスは大慌てで木の切れ端や薪を暖炉に入れて、慣れた手つきでマッチで火をつけた。火をつけるまで手早かったが、暖炉が温まるのは時間が掛かるだろう。
リトスが暖炉に火を入れている間に、メリッサはオルガンの鍵盤を眺めた。日頃手入れがされているのか、汚れがない。思わず感嘆の溜め息がこぼれる。
「きっと澄んだ音色を奏でるでしょう……」
「ねぇダーク、弾き語りしてあげなよ。絶対に喜ばれるよ!」
リトスが元気よく提案するが、ダークはオルガンを見向きもしない。一番左の木箱から大きな鍋などの調理器具や、幾つもの器を取り出している。
「飯の支度をしろ」
「ちょっとくらい遅れたっていいじゃん。ダークが歌えば誰もが喜ぶよ」
「いいから支度しろ」
ダークの口調に怒気がこもった。暖炉の傍で、調理器具を並べていた。
リトスは心底残念そうに、ちぇっと口にした。
「少しくらい歌ってもいいだろ。暖炉が温まるまで時間があるんだから」
「どうでもいいぜ。ところでメリッサ、てめぇは聖女の服装のままの方がいいか? 汚れたら取り返しがつかねぇと思うが」
ダークが唐突に尋ねてきた。
メリッサはハッとなった。
「そうですね……着替えるべきですね。しかし、替えの服がありません」
「修道服で良ければ余りがあるはずだぜ。俺たちの宗教のものになるけどな」
メリッサは白い布を手にして考え込んだ。
このまま掃除をすれば、聖女の服を汚してしまうだろう。しかし、彼らの修道服を使うのも悪い気がする。
メリッサが悩んでいると、リトスがメリッサの両肩をバシッと叩いた。
「気にする事はないよ。ちょっと服を借りるだけだよ!」
「……本当によろしいのでしょうか?」
メリッサがためらいがちに問いかけると、リトスは胸を張った。
「大丈夫だよ! あたしだって服を借りているだけだと思っているから!」
「それでよいのでしたら、お借りしても良いですか?」
「もちろん! ちょっと待ってね」
リトスは何故かオルガンの前でしゃがんだ。そして床に両手を伸ばす。
メリッサが不思議そうに首を傾げている間に、事態は進んだ。
リトスが両手で、床の一部を持ち上げていた。正方形の入口ができる。下り階段が続いている。大人が充分に通れる幅がある。
「余っている修道服を取りに行ってくるよ。待っててね」
「リトス、部屋まで連れてってやれ。こんな所で着替えさせるなよ」
ダークが呆れながら言っていた。暖炉の火を管理しているが、メリッサとリトスの会話を聞いていたようだ。
リトスは唇を尖らせた。
「えー、メリッサがダークを誘惑するチャンスだと思ったのに」
「訳の分からない事を言っている暇があったら、とっとと連れていけよ!」
ダークに強く言われて、リトスは溜め息を吐いた。
「うまくいかないものだね。おいでよ、メリッサ」
「は、はい」
メリッサは両頬を赤らめて慌ててリトスについていく。白い布を掴んだままだった。
内側からリトスが床を戻し、下り階段が見えなくなるのを確認して、ダークは舌打ちをした。
「……リトスの奴、何を考えてやがるんだか」