黒い神官の怒り
グレゴリーは悲鳴をあげて腰を抜かした。
ダークが明らかに怒っている。どす黒い雰囲気をまとい、両目を吊り上げている。心なしか周囲の気温を下げている。
見る者を射すくめる威圧感がある。
「メリッサに何を吹き込もうとしたんだ? 場合によっちゃタダじゃおかねぇよ」
「ご、誤解よん! あたしはエセ聖女ちゃんに、ちゃんと働こうねと持ち掛けただけよん!」
グレゴリーは冷や汗をダラダラかきながら弁明をしていた。
ダークが露骨に舌打ちをする。
「初めて来た場所で働こうもクソもねぇだろ。百歩譲ってやって欲しい事があったとしても、俺に一言いうべきだろ」
「そ、そうかしらね。ええと……」
まだ言い訳を並べようとするグレゴリーに対して、ダークは睨みを強める。
「俺に一言もいわずに聖女を用意させようとしたり、勝手にメリッサの扱いを判断したり、てめぇの身勝手にはうんざりしたぜ」
「う、うんざりなんて……そこまで言う事ないじゃない」
グレゴリーは涙ぐむ。
「あんたが軍部で浮いている時に、どうしたら馴染めるかアドバイスしたじゃないのん。あたしがいなかったら、あんたは軍部から信用されなくて、敵と思われたわん。きっと攻撃されて酷い目にあったわん」
「それは感謝しているけどよ、今回と関係ねぇだろ」
グレゴリーの訴えを、ダークはあっさりと切って捨てた。
グレゴリーは悔しさを露わにして奇声をあげて、髪をかきむしった。
リトスがこっそり笑って、メリッサに耳打ちする。
「いい気味だ。ざまぁみろだね」
「ちょっと可哀想ですね……私が神官様のお役に立てれば、グレゴリーさんが嫌みを言ってくる事はなかったかもしれません」
メリッサの両目がうるむと、リトスは首と片手をぶんぶんと横に振った。
「違う違う、あいつは誰に対しても嫌みを言うよ。ダークの事だって、陰でなんて言っているか分からないくらいだ」
グレゴリーは突然に立ち上がると、ずんずんと教会から離れる方向に歩き出した。
「今回の事はルドルフ皇帝に報告するわん! 絶対よん!」
「王城から出禁を食らっているのにか?」
ダークが指摘すると、グレゴリーは奥歯をガタガタ言わせていた。時折恨めしそうにダークを見るが、ダークは何も言わない。
「……うわあああああん!」
グレゴリーは泣き喚きながら走り去った。
ダークとリトスは呆れ顔を浮かべていた。
メリッサは肩をすくめた。
「なんだかすみません……恩人と対立する事になってしまって」
「気にすんな。てめぇは何も悪くねぇよ」
ダークは呆れ顔のまま、メリッサに歩み寄る。
「お人よしがすぎるのは問題だぜ。こっちのストレスになるからな」
「す、すみません」
「お人よしが過ぎると問題だと言ったばかりだけどな……」
ダークは溜め息を吐いた。
「メリッサはこういう生き物だと思っておくぜ」
「どういう意味でしょうか?」
「説明する気はねぇよ」
ダークは窓を開けて、小鳥を教会内に入れた。小鳥の足に結わえられていた手紙を広げて、真剣な面持ちで読んでいる。
手紙に関して、メリッサが手伝える事はない。
しかし、何もやらないのも嫌だと感じていた。
リトスに声を掛ける。
「あの、リトスさん。お願いを聞いてもらえますか?」
「いいよ! 大概の事ならダークに丸投げするから!」
「掃除をやらせて欲しいのです。道具の場所を教えてもらえますか?」
リトスは両目をまん丸にした。
「そんな事をお願いするの?」
「ダメでしょうか?」
メリッサは俯く。
リトスはメリッサの両肩を叩いて、はつらつとした笑顔を浮かべた。
「掃除をやってくれるなんて、願ってもない事だよ! 暖炉の掃除が大変なんだよね。特に煙突の部分が」
「煙突の掃除なんて、雪に慣れてない人間にいきなりやらせるなよ。マジで命に関わるから」
ダークが口を挟んだ。
リトスは唇を尖らせる。
「分かってるよ。せっかくの友達なんだ。いきなり危険な事はやらせないよ」
「友達ですか……」
メリッサの胸の内が温かくなった。
ここに来るまでに寂しくなかったと言えば嘘になる。ダークとリトスの存在は心強い。
メリッサは花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
「頑張ります! 黒い神官様のお手伝いさんが務まるように」
「いい心掛けだね」
リトスが深々と頷いた。
ダークは手紙を読みながら、こっそりと呟く。
「俺のお手伝いさんなんて、どんだけ悲惨な罰ゲームだよ。悪い気はしねぇけどよ」