祖国追放
「メリッサ、すまないがサンライト王国を離れてほしい」
緑色のローブを身に着ける女性が、箒を持つ手を止めた。彼女はメリッサ。茶髪を腰まで伸ばした修道女だ。
礼拝堂の掃き掃除をしている時に、年老いた司祭から祖国を離れるように言われたのだ。司祭の後ろには、申し訳なさそうに俯く神官たちや修道士たちがいる。司祭一人で決めた事柄ではないようだ。
メリッサは困惑した。
「サンライト王国を離れるとは、どういう事でしょうか? 私はどこに行くというのでしょうか?」
「単刀直入に言おう。闇の眷属に逆らわない証として、彼らに付き添ってほしい」
闇の眷属とは、先日にサンライト王国を攻め込んできた部族だ。恐るべき戦闘力を誇る集団で、凶悪な異能ワールド・スピリットを操る人間もいる。
サンライト王国の被害は甚大だ。王城は中身がむき出しになり、城下町は瓦礫の山と化した。指導的立場の人間のほとんどが命を落とし、王家は全滅した。
サンライト王国の国民は、闇の眷属へ絶対服従をする代わりに命を永らえたはずだった。
メリッサの両手に力がこもり、汗がにじむ。
「私は祖国を追放され、人質として闇の眷属と共に暮らすという事ですね」
「本当にすまない……人質を要求してきたのはグレゴリーという不気味な男だが、聖女を連れてこないと、魔王に国民を皆殺しにさせると言ってきたのだ」
「魔王……ダーク・スカイの事ですね」
司祭は深々と頷いた。
「あの男ならサンライト王国を容易く焼け野原にできる。国民は全滅するだろう」
「お話は分かりました。しかし、彼らは聖女を要求してきたのですよね? 修道女の私が行っても大丈夫でしょうか?」
「先の戦いで聖女は命を落としている。新たに聖女を認定するしかない。メリッサよ、そなたが新たな聖女だ」
メリッサは絶句した。
聖女と言えば、宗教における複数の専門家が審査し、誰もが認めるような奇跡を起こした女性に冠せられる称号だ。修道女の中で憧れの存在である。
しかし、メリッサが誰もが認めるような奇跡を起こすなど、夢のまた夢だ。
「私が聖女にふさわしいなんて、誰が審査したのですか?」
メリッサは声を絞り出した。全身の震えが止まらない。
司祭は憐れみの視線を浮かべていた。
「そなたには気の毒な事になるが、国民のためだと割り切ってほしい」
メリッサは愕然としたが、小さく頷いた。
国民が生き延びるためとはいえ、偽りの聖女として生きる事になるのだ。
メリッサは箒をゆっくりと床に置いて、両手を合わせて跪いた。
「神よ、どうかお許しください。私たちを導いてください」