その3
鼻が動くと、遠くの匂いがした。柑橘系のその香りが、風に運ばれてやってきて、私にも清潔さを与えてくれるようではないか。
そう、ロロンドは感じた時、ようやく一息がつけた。人を殺す、殺されると言う、戦闘から、ようやく脳みそが解放されたからだ。
大きく息を吸い、吐く。首を鳴らして、今立っている、コックピットから降りていく。ワイヤを伝って、地面へ降り立つと、目の前には一人の少女がいた。
中学生ぐらいの外見は、ロロンドの前に立って、見上げていた。
「どうするの」
その少女が、バツが悪そうに、目を逸らす。そんな女の問いにロロンドは、答えない。
「ひとまず、名乗らせてください。私はロロンド・マーノ。この星の、マースの、統治者です」
「サレリド、サレリド・サイヴェンス」
柑橘系の匂いを流す少女は、そう出した。差し出した手を握られたロロンドは、冷たい肌の感触に、確かに命の熱を感じることができた。
(……戦争は、発展と言う人もいる)
科学の発展に戦争は、犠牲はつきものだと言う人がいる。
(レコンキスタのどこが近代化なのかは、よくわからないが)
目の前の命が持つ、心臓の鼓動のようなものは、原始的で、ロロンドはソレを良いと感じたのだから、人は、科学よりも自然に従った方が良いのではないだろうか。
風が吹くと、柑橘系の匂いに混じり、焦げた匂いがする。
ロロンドのそばにあるアニマドール、サイドールの表面が焦げているからだ。
アニマドールの仕組みとして、機械の素体がある。それは人間で言えば骨の役割を持つ。機械のアームや、ソレを繋ぐ配線が、アニマドールを動かすのだ。
そしてその機械の上に、肉をつける。本物の、培養した肉を。つまり筋肉だ。筋肉と皮膚だ。これがアニマドールの素肌となり、色は基本的に、黒、焦茶、ナイトブルーと、黒い。それはアニマドールが、宇宙で活動するためのものに邪魔である。
だから装甲をつける。できる限り混ぜ合わせた合金は、錆もしないし溶けもしない。汚れはするが、シミはしない。それが宇宙線だが有害物質を吸収してくれるから、クリーンな装置でもあったのだ。
焦げた、アニマドールの装甲が治っていく。サイドールの、白い装甲に元通り。
それは、アニマドールの合金が生物を混ぜていたからだ。肉の培養技術を活かし、金属に一キログラムの生肉を溶かし混ぜる。そうしてできた合金は、生命と判定され、培養技術を活かせた。なのだから、目の前のアニマドールは、確かに機械であり、生命。気持ち悪くて、勝手に傷の癒えていく物体。
ミミズみたいに動いた装甲が、多少の凹凸を残して、元通り。
「あなた方の母星から、ここまできたと言うのはわかります。追っ手は来てますよね」
ロロンドがそう話すと、頷きが返ってくるから、ロロンドは息を漏らすことになる。
ロロンドは、偶然降ってきた事情に、首を入れて、その輪の中に入り込んだ、込んでしまった。
なのだから、ロロンドの首にあるメタルキーは、どうこうしなくてはいけないし、目の前にある、ゼーリドルが銃を向けている宇宙戦艦も、どうにかしなくてはいけない。
ガラパゴス携帯をポケットから取り出すと、多量のメタルチャームが音を立てる。メタルの質感は、メタルキーのよりも悪かった。
ちょっと前まで、宇宙全体で旅行や交易をしていて、その名残の、メタルチャーム。そしてペンギンの人形のストラップ。イルカのラバーキーホルダー。どれもが、もう作られはしない、過去の遺産だった。
しかしそんな中、つまり宇宙資源が枯渇し、人類全体が何十億年も我慢をしなくてはならない時代で、メタルキーだけは例外たりえた。
無限に溢れるエネルギーが、究極に達して錬金術まがいのことをできるようになった科学技術と繋がれば、宇宙飢餓の時代とはおさらばできるし、ソレを活かした独裁政治もできるし、調和の生活もできる。
ソレを手にしたロロンドは、女王として、正しく使うべきと言う理屈がある。当の本人がひしひし感じた責任は、ある程度は事実であった。
「あの宇宙船は、もらいますよ」
「え」
ロロンドがそう決めると、サレリド・サイヴェンスという、白衣を纏う女は、音を出す。
サイヴェンス、サイエンスだろうか。高度に発達した人類は、なぜ、ままのネームをつけたがるのかは、ロロンドにはわからなかった。
「アレで地球に行きます。とは言っても、すぐにではないですから、その間に私の寝首をかけば良いでしょう」
そう放ち、ロロンドは別の方へ行く。責任は、果たさなければならないし、自惚れもある。
(ゼーリドルのハイスペックで尚、私は人殺しをしていない!ソレは私がまともと言う証拠たり得ると思い込める!)
サイヴェンスだが、グァイドだかに、この宇宙を極める権利はなく、自身にはソレがあると思い込むしかなかった。しなければ、この頭に響く、恐怖の痛みに耐えられないからだった。
宇宙エレベーターは、反重力の装置を使い、上昇する。上昇するエレベーター本体、空気抵抗の関係でやや尖った、四角錐のユニットを、何個かつけて発進させるものだ。
ただ、宇宙飢餓の時代で、電気が高価なものになったのは、発電装置を治す素材がなくなったからだ。なのだから、宇宙エレベーターの電力は回せないので、撃墜用の電磁バリアはつかわれず、隕石に当たって、壊れてしまった。
宇宙にある終点が隕石にあたれば、宇宙エレベーターなど、ただのゴミであるから、放置されて、ユニットは、地上へと放置されていた。となれば、宇宙飢餓ゆえに、リサイクルだがリユースだか、だ。
(西暦三千年だかに流行ったことが……また流行る……)
ソレは人が、変わっていないから。科学が発展とて、人の遺伝子は変わらなくて、変わらないなら、性格はままで、なのなら、社会の範囲も、人が行える範囲も、何も変わりはしない。
一応、生活が楽になれば、セックスはするし、教育の差は埋められたから、人類の格は上がったような気がするが、やっぱり人は人なのだ。
しかし西暦五千年ごろ、発達した社外と科学は人を支配して、洗脳や遺伝子の改造は、当たり前に行われるようになってしまったのだけど……
と、ロロンドは、ゼーリドルで宇宙エレベーターを宇宙船に接続しながら考えた。
宇宙船の反重力装置を宇宙船に移植すれば、性能のアップはできる。エレベーターのユニットを分解して、ソードガンの、エネルギーレーザーで、溶接していく。
(遺伝子を改良して、性能が上がっても、別に対して変わりはしないよな……)
アニマドールというのは、ワーカードールというのを改造したから、工作機械でもある。
(病気に強かろうが、寿命が延びようが……)
反重力装置が宇宙船につけば、起動してもらう。してもらえば、機能通りに浮いた。巨大な質量を軽々と浮かす装置は、機能した。
悲しいことに、これで性能は上がって、星の引力は超えられる。別に、なくても行けなくはないのだが、運ぶ船の性能が上がったということは、運ばれるものの質も上がるということだ。
現に、宇宙船は増築されている。分解されて、余ったエレベーターのユニット、本来だったら人が乗る場所を、宇宙船に繋げていく。
元は人が寝泊まりする場所だったからこそ、宇宙船は、乗り込める人間の数が増えてそれは、ロロンドの部下を乗せることができるほどになるのだ。
(メタルキーの使い先である地球には、ここからだと時間がかかるから、宇宙生活はしなくちゃいけない。それで人では必要だから、私の家族に働いてもらう必要はあるのだ……)
宇宙というのは、隕石はあるし、ブラックホールは吹き荒れる。当然危険だからこそ、乗り気はしない。
しかしロロンドは自分でメタルキーに首を突っ込んだからこそ、ロロンドの家族も巻き込まれるというので、自業自得と言うのなら、それ以上は言えないのだ。
かくして、増設された宇宙船は、より多くの人を乗せるし、より効率よく宇宙を飛び回れるのだった。
(しかし……)
新しい星の住民となったのは四人。グァイドは、そのうち三人を裏切り、ゼーリドルを倒した。そういうのが墜落して、ロロンドはメタルキーをゲットしたのだけど、一つの疑問は出た。
(私は、ゼーリドルで勝ったが、タカナムとかって、ゼーリドルでグァイドに負けたのだ)
今、ロロンドが乗るゼーリドルは、ハイスペックなのはわかる。ソレで負けたのなら、(私がメタルキーを取ったということは、この中に内蔵されていたからで、メタルキーの持ち手でなければ、性能はフルに発揮されないのか?)タカナムという、ロロンドが助けた、ゼーリドルの中から取り出した男は、何かしらの理由が無ければ、情けない男になってしまうのだ。
ゼーリドルのホバー装甲が、出力を増せば、ジャンプできる。その勢いの惰性で、ある地点へ戻る。それは、屋敷があった場所。今は黒焦げの木材しかないが、その地下にはまだ施設がある。
「小さい星の表面積をカバーするため、地下と地上の二階構成にしたのは……」このためではないのだけど「運が良かったのか……?」
ロロンドの呟きを受け、ゼーリドルが着地する。揺れた音がしたが、コックピットが動くことはない。
電源を落とし、膝をついたゼーリドルから降りる。
ゼーリドルを起動するためには、メタルキーと、ロロンドの指紋や網膜、そして身分証明書のカードが必要になるから、奪われる心配はない。ないが、昨日の今日で、平穏は無くなったのだから、不安は残るものだった。
地下用の扉を開いて歩く。昨日のコンピュータルームとは違う道を歩けば、コツコツと響く自身の足音は、鳴る回数が違う。
そうしてたどり着いたのは、牢屋であった。光のない、牢屋ではある。
看守に挨拶をして通ると、古典的な鉄格子の先に、三人の人間がいる。どれも宇宙船に乗っていた人で、ロロンドの敵であったから、仕方なく捉えられている。
「大丈夫ですか」
捉えた本人が言うのは、挑発のようなもので、返事は来ない。
牢屋の鍵を開け、三人を連れ出す。それで食堂に行くと、四人分の食事はあった。
湯気を保つ物の前に座り、手を拭く。
促せば、他三人も座る。
温かいスープ。形の不恰好なパン。テーブルの上にある紙束を取り、眺めて読み上げる。
「サイヴェンスさん、タカナムさん、ロームさん」
三人は、スープを一口飲んだあと、こちらを見つめる。そこまで腹はすかしていないらしい。
「サイヴェンスさんが、メインの航海士。タカナムさんがアニマドールのメインパイロット。ロームさんが雑事を」
「はい」
サイヴェンスが応える。
「私は、ロロンドはあなた方の宇宙船を使って地球には行くつもりです。ただ、不安もありますし、この星の状況を考えると、あなた方にも協力をしてほしいのですが、どうですか?」
「利点は?」
「宇宙船に乗る人数を考えると、この星には人がいなくなりますので、そうなるとあなた方は牢屋の中で餓死することになりますね」
「脅迫じゃないか!」
タカナムとかってのが言う。
「船長は私になりますが、変わらず操縦はサイヴェンスさん。点検はタカナムさん。在庫管理はロームさんに行っていただければと」
「寝首をかかれるとは、思わないの?」
ロームという女が、胸のでかい女がこちらを細く見つめている。
「できるものなら、という話にはなりますし、したところで数の上ではこちらが有利なんですから、しないでしょう?」
ロロンドの答えは至極論理的ではあるのだけど、この宇宙飢餓な時代で、そんなことを言うのは怖いのだ。人は追い詰められれば、生き残るためにと言うよりは、守るために行動する。自分を守るため、自分以外を排除しようと……
「しかし、まあ、屋敷は壊されましたけど、こうして地下の食堂は使えますし、恨んで殺す程でもないですよ」
緩くなったスープを飲み干し、皿に残った分をパンで掬う。
「ん……まあ、こんな時代なら、助け合いはしたいですしね」
発信準備をする。宇宙に出るために必要なことを準備する。それは食料、空気、水、トイレットペーパー、冷蔵庫、空気清浄機、加湿器、洗剤、シャンプー、リンス、お薬、医療道具、衣服、宇宙服、アニマドール、アニマドールの部品、宇宙船の部品……
あげたらキリがないそれらを、項目と一緒に集める。七二回は見た電子ペーパーには、赤い線でチェックがつけられてある。それでも、宇宙という場所には、対応できるかと言われたら、できない。
暇があるのなら、日光が入らない部屋で電気の灯りと共に一週間は暮らしてみると、意外と気分は変になる。から、宇宙航海の、宇宙暮らしというのは、必ずアクシデントがおきるのだった。
そもそもの時代が、発達した技術に怠けて、宇宙を無視していたから、まあやはりと、不安がる世代であるのがロロンドなのだろう。
才質、才能があろうが、という話でもあるから、ロロンドは目を向けているものに真摯であるのだ。
別のペーパーに、サイヴェンスらの名前と身体のデータがある。たり前だが、宇宙船で病気なんてパンデミックなのでご遠慮願えて、健康には気を使う。となると、健康診断はやる……やったものを受けたから、サイヴェンスたちのデータはある……ということは、宇宙船に乗るということだった。
宇宙船に宇宙エレベーターのユニットをつけた。が、実際にはエレベーターに宇宙船を突き刺したというのが正しいのかもしれない。
宇宙船は、車のような物だから、動くためのものである。
宇宙エレベーターは?飛行機のようなものだ、客船のようなものなのだから、娯楽は必要なのだ……
ジムもギャンブルも、娯楽は揃えなければいけない。宇宙船の外はないから、内側だけで完結させなければ、宇宙は泳げない。
船というよりは建物になってしまった宇宙船。
「名前は、なんでしたっけ」
「瑪亜です」
「はい。瑪亜、ロロンドメア、出発!」
「はあ?」
サイヴェンスが、船の舵輪を回すと、羽が光的なエネルギーで加速していく。つまり、ロロンドの合図で、羽をつけた宇宙船は、飛んでいく。しかし外見は列車のようなもので、ユニットが、繋がっているから、宇宙列車かもしれない。
反重力で浮き、推力が宇宙に行けば、母なる星が見えるものだ。そこには誰もいないから、手を振っても意味はない。
(また帰ってきた時は、頑張りますからね)
ひどく汚れた星の色を見送り、ガラスが奥にある宇宙を見ると、真っ暗だった。
宇宙を船が走る。オールの役割である羽が進む力を作る。外見はファンタジーだけど、立派な科学であり、説明できる。が、今この状況は、よくわからない。
船を操縦するサイヴェンスは、なんでロロンドへ付いてくるのか、協力をしてくれるのか、ソレなんてわからない。
瑪亜という、宇宙飢餓らしい、異なる言語が混じってくれれば、今いるのはその宇宙飢餓の場だ。
食い尽くされた宇宙には、何もロマンはありはしない。ソレでも、地球へ行くのは、その、ロマンが故だ。
無限にあるエネルギーというのが、摩訶不思議なソレが、地球にあるのだ。
(都市伝説的なものだと思っていたんだけどな)
宇宙は無重力だから、体は浮く。さらに慣性は無駄に働くから、慣れの待ちである。ロロンドは館内を、手の反動で移動していく。
「グァイド」
女ではなく、人としてその名を呼ぶと、廊下の手すりを引っ張っていたグァイドは、その手を止めて振り返る。ロロンドはグァイドの肩を掴んで空中で止まると、こう告げる。
「流れでサイヴェンスたちと同行させてしまいましたが、大丈夫ですか」
「お互い貴方に降った身ですから、大したことは」
グァイドがロロンドを投げると、ロロンドの行き先は操縦室になる。
「後悔するにせよ、これからですから」
自動ドアが開いて、ロロンドはサイヴェンスにぶつかりそうになると、押し返された。
「船長は、グァイドのことが好きなんですか」
「ロロンドで良いですよ。どうなんでしょう、異性は、意識したことがないですね」
「そちらさんは」
「裏切ったのは許しませんが、とやかくは言いませんよ。もともと、技術仲間ですし、ね」
また投げられると、グァイドが手を取る。
「だそうですけど」
「ありがとうございます」
「はあ」
「良くも悪くも、貴方のおかげで、フラットに付き合えますから」
「貴方が最初からに、裏切らなければ、こうはならなかったのでは」
「ははは、ですよね」
また投げられる。
「何したんです」
「グァイドが勝手に裏切ったんだよ」
宇宙船のガラスからは、外が見える。分厚いガラスに穴が開けば、外へ出てしまうのだから、恐怖はあるけれど、橋にガラスを使うようなものだから、我慢はできて、スリルになる。それこそ、少し前までは宇宙の旅行は当たり前なのだから、久しぶりなだけだった。