その2
飛び散った火花が、草木の上に残っていた。ソレを踏みつけると、赤い、熱さを持っていたはずのものは、消えた。
しかし、目の前の焦げ臭さは、消えてくれてはしない。後で消臭スプレーを身体に吹きかける必要はあったが、そのスプレーは目の前の惨事に巻き込まれていた。
「こりゃ、ひどい」
男が、グァイドが言うのも、わけなかった。
「生きてますかー!」
ロロンドがメガホンで呼びかけてみるも、返事はなかった。ので、足で探す。
ビーム粒子の熱で液化した土は、ロロンドのスニーカーに斑点模様の土汚れを作る。
崩壊した、屋敷の跡は、ロロンドには十分過ぎるほど悲惨だったのだ。
焦げ跡がある、自分の家。
ゼーリドルが、グァイドがを手のひらにのせ、帰ったら、焼かれていた家があった。
湿り気のある沼地で、家が燃えていた。
「生きては、いますよ」
あくまで平常に言う。このようなことは、あることなのだ。宇宙に飛び出してみて、星をいじくり回して、酸素を作っても、地球と同じようにはならない、のだ。生まれも育ちもこの星であるロロンドには、よくはわからないが。ともかく、隕石が降る。降った隕石が衛星を落とす。衛星が建物を壊す。宇宙に飛び出した時代だからこその、参事ではあった。
心当たりはあった。ので、崩壊した残骸の中をかき分けて、地下シェルターの扉を見つける。
「グァイド、手伝ってください」
「はいはい、熱死体じゃないと、いいですね」
「そうだったら、しかたないですよ」
熱のある扉を開けようとするが、やはり熱くて。グァイドが自身の衣服を貸してくれる。
彼の裸、上半身が見れたが、ロロンドには興味の関心は向けられない。ロロンドには、薄い性欲しかないのだから、異性のグァイドに興味はないのだ。
なので、彼の衣服を手に巻き付け、地下シェルターの扉を開ける。
「生きてますかー!」
また、地下へ向かいメガホン。返事はないから、梯子を降りていく。
行けば、屋敷の地下室へ来た。そこにはコンピュータ施設があるから、パソコンもあって、複数ある中の一つだけが光っていると、目は向けた。
「脅迫状とかって、言うんですよね」
そこには、色々と、要件が書いてあった。
まとめれば、屋敷の奴らを返して欲しければ、メタルキーを渡せと言うのだ。
ロロンドは自身の首にかけたメタルキーへ触れる。ほんのりと、自身の肌の熱がした。
「生きてはいるわけですから、屋敷を破壊したのはやっぱり見せしめですか」
グァイドがパソコンを操作して、文章に添付された動画を再生する。
そこには、豪華な船があった。この星の衛星をジャックして撮られた動画には、宇宙船が、携えたビームキャノン砲を使い、星へ艦砲射撃を行う様だった。
「これ、宇宙船ですよね。そういうのがメタルキーを追ってくれば、グァイドがためですよね」
「そうですね。ごめんなさい」
「メタルキーは我が物ですから、私が責任ですよ。心当たりは?」
「これは、あー、宇宙海賊ですね」
「野蛮人?」
「この宇宙船、数年前に私の星で作った最新型なんですけど、クーデターで奪われた……」
「それは、いいです。まあつまり、最新型なのなら、アニマドールもありますよね」
「二機ぐらいは」
「貴方のは壊しちゃいましたから、私が戦うわけですね」
「あ、やっぱりメタルキーは」
「渡しませんよ。むしろ、宇宙船は奪ってやりましょう」
「お仲間は……」
「どうにかします。どうせ、海賊とて、この混迷期に乗じただけの間抜けですから」
「ど偏見」
パソコンの電源を切ると、持ち手の携帯端末へ電話番号を打ち込む。ガラパゴスのソレについた大量のストラップが、ジャラジャラと音を立てた。
そして、コール音が、二音なるという頃、突然思いついたことがあるから、携帯をグァイドへ渡した。
「もしもし?はい、グァイドです。そう、メタルキーは、持ってるよ。そう、その人たちは無関係だから……え?ロロンド?それは、知らないけど……これはさっき殺した女の……じゃあそれがロロンドの、うん、そう、じゃあ待ってるから」
グァイドは、慌てたりもせず、通話を切った。
「知り合いさんなんですね」
「……はい」
「生まれの星が同じというのは、薄々にはわかりますけど、ダイレクトな関係はあるんですか」
「いや、そう、ですね。技術開発で一緒な時期が……追ってきてるとは思いませんでしたが」
ロロンドは、壁にかけてあったスイッチを切る。すると、部屋全体は薄暗くなる。非常用の電源の供給を止めたからだ。
節約のため、灯りが消えた地下から、梯子を登って地上へ戻る。
「つまり、グァイドの星で、メタルキーが見つかると、鬼ごっこが始まったと」
その道中で話された、グァイドが言葉を要約すれば、そういうことになる。
「技術開発の恩恵で、近くにアニマドールがあったから、貴方と三人衆はいち早く逃げれたというわけですか」
そして流れを要約すれば、以下のように。まずグァイドの星で、メタルキーはみつかる。ソレが無限エネルギの、永遠の繁栄の、この時代の答えであるから、奪い合い。グァイドは、アニマドールをバラして、この混迷期の機械への修復パーツにする仕事をしていたから、アニマドールでメタルキーを奪った。その際の協力者は三人いて、うち一人が、ゼーリドルの操り手──前回、ロロンドがメタルキーを拾う際、ゼーリドルの中から取り出し怪我人のことだ──である。残り二人が、宇宙船にいるのだ。
「裏切りをするなら、もっと人のいない星でやってくださいよ」
グァイドが、その三人を裏切って、アニマドールで戦ったら、私の星へ落ちてきたのだ。前回の内容は、そういうことになる。
「それについては謝ります。ごめんなさい」
瓦礫を移動して、ゼーリドルに乗り込む。それで、電源をスリーブにして、片手に、プログラムを打ち込む。
グァイドが携帯を、私のを持っているから、コックピットは閉じた。真っ暗な部屋の中で、静かな部屋の中で、私は座席に座り、手すりを撫でる。
(アニマドールを動かす際、体はどうしても無視してしまう)
脳で動かす都合、体の感覚が、アニマドールへ移る。すると本物の身体は、やや力が抜ける。電車の中で、リラックスして立つようなもので、体は倒れてしまう。
でも、シートベルトをつけると、その体を縛る感覚が、操縦の邪魔になるから、安全な道具はつけられない。
だから、いっそのこと、倒れてもいいように作られている。座っている座席も、コックピット内の壁も、あるもの全てがクッションになっている。
力を抜けば抜くほど、座るコックピットの座席は、クッションみたいにロロンドを埋めて行った。
(宇宙船が、グァイドからメタルキーを受け取るためには、個人の力が必要になる)
ロロンドの首にかかった、金色のメタルキーは、そういう大きさなのだ。
(だからグァイドが、あちらから受け取りに来させれば、私が不意打ちで人質に取る)
野蛮な考えだが、今は、そういう時代なのだ。リソースの限りがある、それが宇宙全土でわかられて。しかも、星々の間では、今や、友好なんてないから、他人と同じで、簡単に蹴落とせる。
(大丈夫。殺しはしない、だから、まだ善と言える)
言い訳をすると、外から音がする。それは、宇宙船の炎の音だった。見たさの好奇心は抑え、ただ時を待つ。擦れる指先。鳴る首元。伸ばされる筋肉。
「来た!」
グァイドのもつガラパゴスからの信号は、生命に命を灯す。
ゼーリドルの電源が付くと、ロロンドはすぐさま、ゼーリドルでジャンプした。
「動いたら、撃てる体制にいるというの、わかりますよね!?」
脳に繋がった、ゼーリドルが見ている景色。ベージュ色の宇宙戦艦が、見下していた。
右手のソードガンが地上を向けば、ロックオンされるのは、グァイドと、小さい女だった。小学生ぐらいだとは、見えたが、つい先日までは科学は有頂天だったから、見た目など飾りであった。
(私のような、天然の遺伝子と化粧水で作られた女こそが、宇宙一の美人であるはずだ)
自身の美貌に酔いしれていると、宇宙戦艦から、回線が繋がれる。
「あ、私が助けた男」
グァイドに撃墜された男。それが、私に訴える。
「貴様はなんだ!」
「星を統治する女王です。そんなことより、貴方を助けたのはこの私なんですよ!情けなくないんですか!」
「な、なにを」
「人の星に来て、宇宙戦艦で焼くなんて。野蛮ですよ。私たちはせっかく、降ってきた貴方を看病してあげたというのに」
「アンタだって十分野蛮だろうに」
「ともかく、その船にいる私の家族を返してこの星から去るか、ソレともここで死ぬか、選びなさい。もう一人の方と相談してもいいですし、人質となら話ぐらいはさせてあげます」
威嚇で、ビームガンの射出。ビームの出力は、地平線の空を消し去った。
「わかった、わかったよ。返すから、そっちも返せよ」
ソレほどまでに大事なのだろうか。宇宙船が、この場所、瓦礫の山の遠くに、ややなだらかな場所に着陸すると、ハッチが開いて中から人が出てくる。
「グァイド、返してあげてください」
グァイドに背中を押された少女が、うちかの方へ歩く。入れ替わって、屋敷の人たちが走ってくる。
「ロロンドなのか」
父親の小さい声が、ロボットの聴覚から聞こえる。
「屋敷は壊れましたが、私たちのやることは変わりません。生活の基盤は、作り直しましょう」
姫として、王として、人に話すのは、私の役割であった。が、ソレをわからない人はいる。
「ロロンドとかって」
宇宙船からの回線。その声は女であり、若そうな、高い声だから、人質さんだった人である。
ソレと同時に、宇宙船のハッチが開く。くと、人の形をして、獣を模した鉄人形がいた。
ソレは、太い、尖った三角形のシルエットの足。一つだけの瞳、モノアイ。両腕に持たれた、両刃の斧。
「交渉の、過去のやり方は辞めさせてもらう!」
サイの、アニマドールなら、サイドールだ。ゼーリドルのモニタには、そう示された。
(このゼーリドル、どれぐらいのデータがあるの)
サイドールがホバー走行で、空気を足元に噴射して、滑るようにこちらへ。
「現代の、海賊として!」
「うっさい!」
宇宙船の通信を切り、振り下ろされた斧を白刃取る。
「野蛮なのは、迷惑なんだよ!」
人質を取ったことは互いに、棚へあげる。今はもう、どちらかが、力の勝利を手に入れるのだ。
膝蹴り、回し蹴り。サイドールは、大きく吹き飛んで、モノアイを四方八方へ動かす。
細い線から覗く、紫色のモノアイは、私を捉えて、また来る。のだから、こちらも構える。
(突撃型なら、カウンターで)腰を意識する。ゼーリドルも腰を落とす。(やる!)
銃剣、ソードガンの二刀流。左斜め前、そこからくる斧。振られる、速度が乗り切る前に、左手のソードガンで相手の腕をこづく。と、腕は弾かれて、斧も、振り下ろす手前の姿勢に。
「だから!」振り下ろす、手前。「なんだっての!?」なら、真上から振れた。
それを、身体全身を捻り、躱す。左へ、相手からは右へ逸れたロロンドが、左手のソードガンを構える。
「まだ!」
サイドールのパイロットが、サイの角で、ロロンドの左手を殴る。毛が詰まっているわけでもなくて、熱と衝撃を無効化する金属の装甲でしかないから、ゼーリドルの左手の、ソードガンを弾き飛ばした。
しかし「あ」それは、急ぎすぎであった。急ぎすぎて、相手の二刀流を忘れていたのだ。
アニマドールのコックピットは当然股間にあるので、その場所へ、大きな銃口が向けられる。右手のソードガンが、引き金を、指に委ねていた。
ゼーリドルの、ソードガンは、エネルギーを銃口から見せた。エネルギーの色、光色を。されは、焼かれることだから、パイロットの女は自身の頭と、耳と視界を抱えてつぶやく。漏らす。「ひっ……」ただの、恐怖を。
「は、は」
ビームの光が収まって、発射されなかったとき、サイドールはその場に倒れる。
ロロンドは、全身を震わせていた。自身のポーズが、ゼーリドルと同じポーズをしていることに気がつけた時、汗が全身から吹き出してきた。
「殺そうとした……」
溢す言葉は、真実だった。サイドールの運転手は、恐怖で操作を止める。アンバランスの人形は、地面に倒れて、サイドールのコックピットは、ロロンドから見下せていた。
「あの、黒く輝きもしない、壁の向こうにある、煌めいた命を、私は、私の右手にある、銃で、撃ってしまうところだった……。ゼーリドルが、高性能過ぎて、私の恐怖が作る防衛反応を、反撃としてダイレクトに表現してしまって、その才能が、殺そうと……」
溢れて出る言い訳が、自身の体を守る。
「高性能故に、殺さないでいけたり、殺すところまで行けたり……」
コックピットに、前へ倒れる。壁の素材は柔らかいから、ロロンドを受け止めた。
「それこそ、この機械の補助があって、私は恐怖心を無くしてしまった」
注射されて、自身の気持ちが治った、過去の記憶を思い出す。心地よいと思ってしまったジャンキーに、感覚が似ていたのだから。
「エーアイの補助が、白刃取りにも、自身の殺される感覚にも、慣れさせて、戦争をさせる」
ソレがアニマドール。ワーカードールという、工場の人形機械を、戦争用の兵器へ変えたもの。
西暦の終わり頃、作られ続けていたらしいアニマドール各種類。ソレの数は、宇宙全土に戦争を起こせるほど。
資源の枯渇がアニマドールを産まなくなったから、今の時代、残ったアニマドールの数は限られる。けれど、ある。あるのだから、手に入れたものが、力を手に入れる。
「これが、今の時代か……!資源の枯渇で、奪い合いを肯定してしまう、人の時代か……!」
ロロンドは、自身の背後にいる人たちを振り向く。彼らからは、彼女の汗まみれで、メイクの落ちかけた顔など見えはしない。けれど、こちらからは見えて、勝ったのに、一向になにもしないロロンドへの、不安が見えた。
(いや、関係ない)
今がたとえ、宇宙戦国時代であったとしても、ロロンドは、女王として振る舞うしかない。それで男と一緒に子供を作り、世代を託して死んでいく。
(正しく死ねばいいだけなんだ、私は……!)
でも、ロロンドは、この日ほど自身を呪うようなことはしなかった。自身の、浅ましい、無思慮な行動を、後悔することなどできなかった。
ロロンドは、好奇心故に、メタルキーの奪い合いに参戦してしまった。それが、アニマドールの殺し合いへ挑んでいくことに、繋がっていると、今気がついた。
生きるためでなく、幸せになるための殺し合いは、酷く生命の振る舞いを離れて、正しい死から遠ざける。
食物連鎖の上が、下を虐めるという話ではなくて、対等な人間が、全身全霊で殺し合うのなら、それは子を産み死んでいく人にとっては、過ぎた行為だ。
(私は、父親と部下を守るために、メタルキーを捨てる義務がある)
それも、ただ捨てるだけではダメなのだ。誰にもわかる形で、捨てなければならなかった。
(もしくは、覇者となるか)
手をついて立ち上がると、頭の中が揺れる。さっきまで、人の域を超えた機械とリンクしていたから、疲労感のような、違和感はある。
ロロンドは、少なくとも、一つの星で起きたクーデターに、巻き込まれたのだ。それがグァイドとか、目の前の宇宙船を、呼び寄せた。
「投降は、」「するよ」
宇宙船の声が、そう告げると、ようやくここで、ロロンドはコックピットを開いた。目の先にある、宇宙船の砲身が、いつこちらを向くかわからないのに、ロロンドはコックピットを開いた。ソレを超えるほど、中は暑苦しかったのだ。換気扇は、音を立てずに回っているのに、中の空気は重かった。
空いたハッチから、風が流れ込む。ソレがうるさく音を立てて、ロロンドの汗を冷やし、体温を下げていく。気持ちいいと、ようやく思えた。
ともかくとして、ロロンドは、ゼーリドルというアニマドールを使い、今日を凌いだ。しかし、明日は?明後日は、もっと先は。
ロロンドは、動かなくてはならない。特別なメタルキーと、ソレを内蔵していたゼーリドルに対し、無遠慮に、無思慮に、関わった後始末を、取らなくてはならない。
それで、どうすれば良いかなど、当人には一つもわからなかった。ただ、その不安に対して、嘘をつけるほど、余裕はあった。ロロンドは、自身を見上げる、屋敷の住人に対し、笑ってしまう。汗一つかいた様子なく、ただ、不安を与えぬために、笑って見せた。