1000年死んでる(前編)
「じゃあ、お前が話し掛けて来てるのは」
廃墟の一室
僕はぐらぐらする意識と思考を落ち着かせるため、片手で頭を押さえながら彼に言った
「僕がクスリをやってるからじゃ無いんだな?」
クスリの種類にもよるので簡単に断言は出来ないが、一般的な「やってない」人が考える程、薬剤の酩酊は正気を奪うものではない
他の人間がどの程度クスリで正気を失うのかまでは知らないが、僕は意識がぐるぐるしたりするのを楽しむ事はあっても、それ以上になる程は摂取しないタイプだった
僕は会社員をやりながら毎週末だけ、世間から隠れてクスリを続けている
長く続ける秘訣の内の一つがそれだった
「論理的であればある程、理解し難いかも知れないですが…そういう事になりますね」
少年は、絵の中で困った様な顔を浮かべてそう答えた
相当年代の旧い服装をしていて、髪も指も綺麗な子供だ
仮に幻覚だとして、僕の想像からこんなやつが出て来ているとは考えづらかった
あるいは現実に眼の前にこういう絵が有って、それが動くという幻覚に僕が囚われている可能性もあったが、もしそうならば、これから会話をしていく上で非論理的なやり取りが発生して明らかになる筈だ
いずれにしても、こいつと話をする以外は選択の余地が無い様に思えた
「なんで僕に話し掛けた?」
僕にとって疑問はこれだけだった
明日は予定も無いし、こいつが本当に存在するのなら話くらい聞いても良いかも知れない
もしかしたら翌朝には内容も忘れてるかも知れないが、人生とはそういう暇潰しの連続だ
少なくとも僕の人生はそうだ
「聞きたいですか?」
「ちょっと、こっちに近付いて下さい」
少年が僕を誘う
その口車で絵に近寄ってしまった結果、僕は意識を失い、気が付けば絵の中に閉じ込められてしまっていた
───
「それで」
「僕を解放する気になったのか」
絵の中の世界
貴族の館と思しき豪奢な一室だったが、そこには少年しか居らず、扉や窓の外にも出る事は出来なかった
恐らく初めから外の世界など存在しないのだろう
僕は怒りをぶつけるため、少年に馬乗りになって顔を殴り続けていた
「もう殴らないで…」
少年は泣くばかりだ
絵だからだろうか、いくら殴っても怪我も負わず血も流れなかった
いつしか僕は、暴力を振るうのが気の毒に思え始めてきて彼を解放すると立ち上がった
でも、やっぱり腹は立っていたので、立ち上がった後で一回だけ少年を蹴り飛ばした
「何でこんな事したんだ?」
僕が尋ねると、少年は暫く泣き続けたあとで震えながら窓の外を指差す
窓の外の森では、山では、街では、この世界を包む程の業火が燃え盛っていた
「お前」
「今度は何した?」
カッとなって少年の前髪を掴んで立ち上がらせる
庇う様に両手を前に出しながら、少年が言った
「これは僕のせいじゃないんです」
「言いづらいんですが、その…」
少年の話によれば、僕が薬剤を吸うために使っていた機材から発火があり、それでこの絵は燃えているという
言われてみれば、彼の話し掛けてくる何分か前に前後不覚になり、加熱のための器具を倒してしまった気もする
基本的に、僕は廃墟がいくら壊れようが気にしない人間だったし、それを放置して酩酊を楽しんでいた様な気もした
「確かに自分ならそうする」という内容の筋の通った話だった
「でも」
それを差し引いても解らなかった
「どうして僕を監禁したんだ?」
僕が尋ねると、少年はバツが悪そうに目を逸らした
「それは…僕、死ぬ前に恋とかしたかったですし…」




