表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

車内で

作者: 喜多河 済

 その母子は、私が降りようとする駅の、数駅前の駅ホームのやみへと歩み出て行った。まだ泣きやまぬ子をかかえて、電車の向かう方角とは逆の、林のそばの改札へと。

 私はその母子を見送ると、ふたたびまどろみのなかへと浸っていった。


「行きたくないよ、あんな所には…大嫌いだ、あんなところ……」

 私はぼやぼやした気分のなかで突然その声を聞き、いねむりから目を覚ましたようだった。

 視線をあげると、私の視界の中に泣き叫ぶ幼児のすがたが入ってきた。

「おうちに帰りたいよ…早くかえしてよ……」

「ようしよし、ほら、いい子だ。だから、泣かないでおくれよ」母親らしき、幼児を抱いている女が幼児をなだめる。そのまだまだ若々しい顔にはあせりに似た表情が浮かび、また、額には汗が浮かんでいた。

 きっと、まだ育児には慣れていないのだろう…。

 私は次第にはっきりとしてくる頭でそう考え、ほほえましい状況に思わずほほ笑んでしまった。

 急な出張であった。夜もそう遅くない退社時に、社内で同僚からたのまれたのだ。

「悪い、すこしばかり、たのまれてくれないか…。それほど大変じゃあないから、さ……」

 同僚は、病気の母親の容体を見に行かなくてはならないと言う。断る理由もなかった。

「いつも、すまないな。入社のときから、迷惑ばかりかけてしまって……」

 すぐさま会社を出て、駅の改札を通った。そして、多少離れた駅へと向かったのだ。


 夜道。幼子を抱えた若い女が、林へと続く道を歩いてゆく。

 幼子は泣き叫ぼうとするが、声が出ないらしく、かおを真っ赤にしてうめいている。

「…はじめはおどろいたわよ。行きたくないとさけびだしたのだもの……。ええ、分かっているわ。…じゃあね」女は足をとめたそばの電話でどこかへと連絡をした。相変わらず、幼子はうめいている。

 女はある時、子供を作ってしまったのだ。それを夫に隠そうとするも、相手の男にも妻がいるため、世話の面での問題が起こり、隠すのをあきらめたのだ。そう、つまりは…。

「おとなしくしていてね…。そうしていれば、なにもしないから……」

 女は幼子にそうささやきかけると、幼子の首に強く巻きついた縄をさらにきつくし、死体遺棄の場所として世間に一目置かれている林の中へと……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ