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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最後の夕暮れ

作者: 4乃

 「綺麗だな…」

 車から降りて思わず感嘆のため息を漏らす。水平線の向こう側に沈んでいく夕陽が、空も海も赤く染め上げていく。

 その様子は少し不気味で、だけども言葉に出きない美しさがあった。

 景色に目を奪われていると、視界の端にちらりと黒い影が映る。そこに目を向けると、柵を乗り越えて夕陽を眺めている青年がいた。

 柵に手を回して背中を預け、落ちないように工夫しているつもりなのだろうが、傍から見るとひやひやする。

 声をかけようか迷っていると、気配に気づいたのかこちらを見てきた。

 「こんばんは。お兄さんは夕陽見に来たの?」

 「あー、うん…。そんなところ…」

 とりあえず笑顔で誤魔化したが顔が引きつってしまい、上手く笑えたかどうか分からない。

 そんな俺に何を思ったのか分からないが、ちょいちょいと手招きをする。

 初対面の人間に軽々しく近づくのは憚れたが、青年の妖しげな雰囲気に呼ばれるがまま、傍に寄ってしまう。

 優しいような冷めたような青年の瞳に見つめられ、何もかも見透かされている気分になる。

 「で、本当は?」

 にっこりと笑みを向けられ、一気に鼓動が早くなる。自分の本当の目的が見透かされているようで居心地が悪い。

 もうバレている気がするが。

 「な、何で初対面の人にそこまで教えなきゃいけないんだよ…」

 「ははっ、そりゃそうだな。ごめんごめん」

 無邪気に笑い、肩をぽんぽんと軽く叩かれた。随分とフレンドリーな人だなと思う。

 「いや〜、てっきり俺と同じ目的かと思ったんだけどなぁ」

 「同じ目的って、何…?」

 「ん?自殺」

 ヒュッと喉がなる。何故この青年はこうも淡々と言い切れるのだろうか。

 薄く笑みを浮かべている青年を見ていると、恐怖という感情を知らないように思える。

 「な、何で自殺なんか…」

 この青年の言動を見るに、とても自ら命を絶とうとするような人間には見えない。

 これから死のうとしている人がなぜ、こんなにも明るく振る舞えるのだろう。

 「ちょっと、おにーさん。死ぬことを決めた人に理由を聞くなんて野暮だぜ」

 「それはそうだけど…!」

 「ていうか、どーせお兄さんも同じでしょ?」

 「ちがっ…!」

 最後まで言おうとしたところで言葉を止める。優しいような冷めたような瞳で見つめられれば、掠れた声しか出てこなかった。

 「黙っちゃったってことは、肯定なのかな?」

 俺の顔を覗き込み、にっこりと笑う。その笑みは有無を言わさない圧があった。

 「ああ…俺もここに、死ぬために来た」

 「そ。じゃあ先に行く?俺はどっちでもいいけど」

 何でもないような軽い口調で、促してくる。

 塀を乗り越え、青年の隣に立つ。下を覗き込めば荒々しい波が見え、飛び込んで来るのを今か今かと待っているようだ。

 その景色に呼吸が荒くなり、目の前がくらくらしてくる。大袈裟なほど上下している俺の肩に、ポンと手が置かれた。

 「怖い?」

 優しい声で問いかけられ、こくりと頷いてしまう。

 「大丈夫だよ、そんなに怖がることないって。ぴょんって飛ぶだけ」

 そう言いながら俺の手を取り、青年の方へ引き寄せられる。

 至近距離で視線が絡む。唇が触れそうなほどの距離にある青年の口が、言葉を紡ぐ。

 「怖いんだったらさ、一緒に飛ぼうか」

 何でもないことのように言ってのけるので言葉が出てこない。呆然としている俺を気にも留めず、スッと体が離れていく。

 その行動に我に返り、急いで否定の言葉を口にする。

 「い、いや、いいよ。アンタにもタイミングとかあるだろうし…」

 「その‘’俺のタイミング‘’が今だよ」

 そう言いながら崖のギリギリに立つ。こちらを振り向いて手を差し出してきた。

 「お兄さんはどうする?一緒に行く?」

 俺の目をしっかりと見つめて問いかけてくる。

 あの優しいような冷めたような視線に耐えられなくなり、目を逸らしてしまう。

 2人して何も言わず、沈黙の時間が流れた。数分程そうしていたが、意を決して口を開く。

 「本当はアンタの手を取りたいよ…。でも、その手を取ったら、自分の最後まで他人任せにしてしまうような気がして、怖いんだよ…」

 「そっか…」

 青年は差し出していた手で、気まずそうに頬を掻く。

 「よく分かんないけど…考えすぎじゃない?俺の手を取ったからって、俺が決めたわけじゃないし。その選択をしたのはお兄さんでしょ?なら、自分の最後は自分で決めてるじゃん」

 「…確かに、そうかもな」

 俺の返事に満足したのか、にっこりと笑う。そして、再度手を差し出してきた。

 「一緒に行こうか」

 「…ああ」

 青年の手を取るとグイッと引っ張られ、崖から身を投げた。真っ逆さまに海へと落ちていき、荒々しい波が二人を飲み込む。

 あれだけ二人を照らしていた夕陽は役目を終えたかのように、早々に地平線の彼方へと沈んでいく。

 暗く、静かな夜が辺りに訪れた。

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