救出へ
俺は公爵家の馬車に乗って、アンシーが拉致されたという公爵家の別邸へと向かっている。
……のだが、本当に向かっているのかどうかは、場所を知らない俺には判断できない。
ただ、馬車の中では、老齢の執事が俺の正面の席に座っているのだが、その憔悴した顔を見る限り、俺を罠にかけようというつもりは無いようだ。
かなり脅したからな……。
いや……憔悴しているのは、俺もか……。
アンシーは親に捨てられ、家族を失った俺に寄り添ってくれた唯一の人だ。
小さい時から俺の面倒を見てくれて、姉か母のような存在でもある。
もう家族以上の存在なのに……。
そんな彼女が拉致された。
なんでこんなことになった?
たかが下着泥を捕まえただけなのに……。
あのまま何もしなければ良かったのか?
だけど犯罪を止めようとしたら、こんな目に遭うなんておかしいだろ!
世の中が間違っている。
歯がみする俺を見て、執事は口を開く。
「……若様は別邸で、謹慎を命じられていました。
本来ならば、何も起こらなかったはずです。
全ては若様の独断……。
神に誓って公爵家は、今回の件に関わっていません」
「正直言って、そんな愚か者を釈放させたこと自体、許しがたく感じていますがね。
だからこそ今度庇おうとしたら、公爵家も一蓮托生だと思ってください」
「分かっております……」
あと、官憲の詰め所へと面会に来たアンシーが、タイミング良く襲われるものだろうか?
彼女は気配を感知することが得意だから、寮から尾行されたとは考えにくい。
だとしたら官憲がアンシーの面会情報を、あの変態に売ったのではないか?
その辺も後で調べて報復することも考慮するが、まずはその前にアンシーの救出と、変態の粛正だな……。
「……到着しました」
到着したか。
別邸とはいえ、さすがは公爵家の家……。
結構大きいな……。
「この屋敷、場合によっては消滅しますけど、構わないですよね?
お望みなら、後ほど被害額の弁済について話し合いをしても良いですけど……」
「……っ!
それは結構です。
当家からの迷惑料として、相殺という形でお願いします」
ああ、俺とは今後もあまり関わりたくないのね。
いい判断だ。
さあ、アンシーを救い出すぞ。
私はアンシー。
今はお嬢様となってしまった、アーネスト坊ちゃまのメイドです。
最近、更に美しくなった坊ちゃまは、下着泥棒を捕まえました。
寮の令嬢方の不安を払拭する、立派な行いです。
それなのに何故か、坊ちゃまは逮捕されてしまいました。
どうやら上級貴族が、裏で糸を引いているようです。
これは私だけの力では、どうにもできません。
しかしなんとしてでも、坊ちゃまを救い出さなければ……!
「え……エル、捕まっちゃったの!?」
「姉様が……!?」
「なんですの!?
なんでお姉様が!?」
ここは人に頼ることにしましょう。
正確には伯爵令嬢のセリエル様に……ですが。
男爵家の力が及ぶとは、さすがに思えませんし。
「それで……マルドー辺境伯家のコリンナ様やその他の令嬢方にも、話を通していただきたく……。
相手は上級貴族のようですし、複数の貴族家が揃って動ける状況にしたいのです」
「よろしくてよ!
お姉様の為に、全力を尽くしますわ!!」
これで坊ちゃまの救出に、多くの貴族が動いて……くれるのでしょうか?
でも私は、やれることをやるだけです。
「それではミミ、引き続きクレア様達の護衛をお願いします」
「ハイです」
私はミミに寮のことを任せて、タカミ商会王国支店にへと向かいます。
経営者である坊ちゃまが捕まった今、どのような影響があるのか分からないので、念の為に従業員達へ身を隠すように……と、指示しておきましょう。
そしてその帰りに、坊ちゃまが捕まっている官憲の詰め所に行って、面会を……。
え?
駄目なのですか?
証拠隠滅の話し合いをするつもりだろうって……言いがかりです。
それではせめて食べ物の差し入れを……。
は? 口封じの毒物が入っているかもしれないから、これも駄目?
坊ちゃまに封じなければならないような秘密なんて……元男とか魔族と繋がりがあるとか、色々ありますが、それでもこの私が坊ちゃまを害するなんてことは有り得ませんのに……!
結局、私の声は聞き入れられることはなく、すごすごと帰路に就くことになりました。
ところが──、
人通りの多い大通りを歩いていると、私を追っているらしき人の気配があることに気付きました。
しかも複数です。
人が多い所為で、気付くのが遅れました。
……どうしましょう。
坊ちゃまから貸し与えられた銃を使えば倒せますが、こんな人混みの中で銃を使えば、関係の無い人に当たって死人が出るでしょう。
そんな風に逡巡している内に、私は男達に取り囲まれていました。
でも、これは好都合。
これだけ近づかれたら、銃の誤射は有り得ません。
彼らの足でも撃ってから、逃げるとしましょう。
「いっ……!?」
しかし私が銃を撃つ前に、ナイフが私の太股に突き刺さっていました。
こんな天下の往来で、いきなり刺しますか!?
だけどこれでは……逃げられませんね……。
私は、もう駄目かもしれません……。
こんなことなら、坊ちゃまの唇でも奪っておけば良かった……。
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