廃嫡すべき理由
俺と夫人との間にあったテーブルが、忽然と消失した。
まあ俺の「変換」を駆使すれば、これくらいの手品は簡単だ。
俺は「変換」して作った物を、任意で消滅させることができるからな。
つまりテーブルを別の物に変えた瞬間に、消したのだ。
そして消すのはテーブルだけではない。
この応接室にある調度品を、次々に消していく。
それでいて俺を拘束している手枷を消さないのは、身動きができない状態でも、これだけの真似ができるという力の誇示だ。
「き、貴様っ、何をしている!?」
理解不能の現象を前にして、混乱したように吠える執事。
それに対する俺の答えはこうだ。
「私とことを構えるつもりなら、全てが消えることになりますよ?
物も、家も……命も!」
その気になればこの屋敷全体を消すこともできるし、まだ試したことはないけど、生きた人間を「変換」の材料にすることも可能だろう。
「この──」
護衛の1人が剣を抜くが、それも消す。
ついでに他の護衛の武器も、消しておくか。
昔なら戦闘中に敵の武器を消すほどの「変換」速度は無かったが、今は鍛えたから余裕だ。
「な、なんで!?」
「無駄な抵抗をするのなら、こうですよ?」
俺は遠隔で庭に爆弾を作って、それを爆発させる。
「きゃああぁぁーっ!?」
爆発の衝撃で窓が割れ、公爵夫人が悲鳴を上げた。
「どうです、夫人?
私が本気になる前に、和解しようじゃありませんか。
これ以上は、話し合いにならなくなりますよ?」
俺が本気を出したら、この王都を焦土に変えることだってできる。
だけどそんな事態に──公爵家やその他の貴族を巻き込んだ全面戦争なったら、俺にもリスクがあるからそこまでのことはしたくないんだ。
だからこの脅しで、折れてくれないかなぁ……。
「ひっ……!」
夫人は怯えた顔で俺を見た後、床に蹲ってガタガタと震え始めた。
……脅し過ぎたかな?
俺もちょっとやり過ぎかと思ったが、中途半端にやった結果、敵対してもどうにかなる相手だと思われても困るんだよ。
まあ、少々公爵家の屋敷に被害を出してしまったけど、俺を無実の罪で逮捕監禁するように手を回したことへの報復だと思えば、この程度は手ぬるいよ……な?
「わっ、分かりました!
我が公爵家は、あなたに逆らいません……っ!
むっ……息子も廃嫡し、当家とはもう縁がありませんっ。
だから……だから彼が勝手にしたことは、当家の責任では……。
どうかお許しを……っ!!」
……なんだこの……夫人の言い方と怯え方は?
まるで更に俺の怒りを買うことを、恐れているような……。
こいつらがこれ以上何もしなければ、俺は怒らない。
だが、もう既に何かをしてしまっていたのだとしたら……!?
そういえばあの変態の仲間と思われる連中が、学校の周囲で目撃されていたよな……。
それが報復の為の下調べだとしたら?
俺が牢屋に入っている間に、何かあったのか……!?
「おい……お前の息子が、何かをしたのか!?
この私の……俺の関係者に……っ!?」
「ひっ……!」
俺は「変換」で、手枷を電流に変えた。
それが室内を眩く照らすが、誰にも当ててはいない。
だが、返答次第では、この部屋にいる全員を感電させて焼き殺すぞ?
しかし夫人は、震えて小さく悲鳴を上げているだけだ。
俺の質問に答えない。
「おい……!」
「お、お待ちください!
奥様はこの件に関与していません!!
若様が独断で行ったことです!!」
俺が更に圧をかけると、執事が慌てたように間に入った。
「……若様が?
一体誰に、何をした……!?」
執事は長く沈黙した後、酷く言いにくそうに口を開いた。
あまり待たせて、俺を怒らせたくないから仕方がなく……といった感じだ。
「……あなた様のメイドを、拉致した……との情報が入っております
あなた様に面会を求めた後の、帰り道を狙ったようで……」
メイド……?
アンシーを……!?
おい、待て。
俺が牢屋に入っている間に、彼女が面会しに来たなんて話は聞いてないぞ……?
門前払いしたということなのか……?
いや、それはいい。
アンシーが拉致されたって、無事なのか……!?
「何処に連れ去られたのか、分かっているのか!?」
俺は怒鳴る。
こいつら……俺にとって、1番触れちゃいけないところに触れやがった……っ!!
こいつらの態度次第では、皆殺しも辞さないぞ……!!
それが感じ取れたのか、執事も素直に答える。
「お、おそらく郊外の別邸ではないかと……」
「案内しろ!
それでこの場は見逃してやる!!」
「は、はいっ!!」
執事が動く。
俺はその後を追う。
いや、その前に1つだけ確認しなければならない。
「夫人、息子さんを廃嫡したということは、彼が殺されたとしても、公爵家は関与しないということでよろしいのですよね?」
今ならその息子と、そいつに与する連中の命だけで許してやる。
公爵家がこれ以上、俺達に関わってこないならば──な。
俺はそう言っている。
「……」
ところが夫人は答えない。
だが、息子を尻尾切りにする──そのつもりで廃嫡すると、先程は発言したはずだ。
とはいえ、母親が簡単に息子を見捨てることができるとも思えなかった。
しかし表に出せないような醜聞を起こした時点で、彼女は息子の廃嫡を決定しておかなければならなかったはずだ。
それが貴族としての、義務ではないのか?
それを息子可愛さに怠ったことで生じた問題──そのツケは、本人に払わせる。
「もしも関与するのだったら、この公爵家は消えることになる!
そのことをよく胸に刻んでおけ……!!」
「……っ!!」
俺はそれだけを言い残して、屋敷を後にした。
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