触れるな、危険
途中で視点が変わります。
現れたのは14歳くらいの、短い赤髪をした少女だった。
ちょっと男装っぽい格好をしていて……アレ?
この学校の制服って、結構自由なのか?
あと、彼女は帯剣もしていた。
……この学校って、武器の所持を許されていたっけ?
それが許されるくらいの、高い地位ってことかな?
確かに彼女の背後には、護衛らしき人物の姿も見える。
まあ、俺も「空間収納」に武器を隠し持っているし、必要ならばその場で「変換」もできる。
俺ほどではないにしても、武器を隠し持つ手段がある者はいくらでもいるだろう。
武器が無くても、強い者も……。
そういう者達からの攻撃に対して、自衛する為に武器が必要な身分……ってことだろう。
ここは俺から名乗るべきかな。
「初めまして。
私はタカミ子爵家当主、エルネスタです。
ほら、アリサも」
「あ!
ブラウン男爵家の長女、アリサです」
俺に促されてアリサも挨拶し、そして俺達が頭を下げると、アンシーとミミもそれに倣う。
「タカミ子爵……」
「お姉様!
コリンナお姉様!!
この無礼者が、私に言いがかりを!!」
セリエルはコリンナと呼ばれた少女に、駆け寄った。
言いがかりじゃ、ねーだろ……。
ただ、コリンナは手でセリエルを制し、
「タカミ子爵閣下、どうやら当家の寄子の者がご無礼を働いたようだ。
代わりに私が謝罪する。
どうかお許しください」
「お姉様!?」
寄子……セリエルの伯爵家がそうだとすると、コリンナの家は寄親の立場だろう。
つまり派閥のトップと、その派閥の構成員みたいな関係かな。
「お姉様は、私が悪いと仰るのですか!?」
「私は直接見ていないのでなんとも……ね。
ただ、お相手は子爵家の当主。
どのような事情があろうとも、あなたが逆らうべきではない」
ふむ、コリンナは道理を弁えているようだ。
やはり国が定めた上下関係は、無視して良いものではない──と、彼女も理解しているのだろう。
いや──。
「申し遅れました。
私はマルドー辺境伯の次女・コリンナです」
辺境伯と言うと、侯爵相当の地位だな。
貴族としては上から2番目だ。
そしてその名前には、聞き覚えがある。
「マルドー辺境伯……。
アンシー、確か……?」
「はい、顧客リストで見た記憶があります」
だよな。
直接の商談はルエザリクさんに任せているから面識は無いけれど、俺が防衛装備を売った貴族の関係者か。
それならば、俺に強く出られないのも当然だ。
俺が売る防衛装備は唯一無二だから、俺の機嫌を損ねて売って貰えなくなったら死活問題になるもの。
「分かりました。
頭をお上げください。
どうやら辺境伯閣下には、我が商会を御贔屓にしていただけているようで……。
これからも、どうぞよしなによろしくお願いいたします」
と、俺も頭を下げておく。
お得意様は大事にしないとね。
まあ、丁寧な対応も、相手が敵対していなければの話だが。
今後も寄子が制御できないようなら、付き合い方も考えるぞ……っと。
「はい、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。
……それでは入学式の時間も近づいているので、お先に失礼します」
「あっ、お姉様!!」
そしてコリンナ達は、逃げるように去っていく。
「ミミ、暴言を吐いた本人からの謝罪は引き出せませんでしたが、あなたの方があの娘よりも圧倒的に強いのですし、いつでも殺せるという強者の余裕をもって我慢してください」
「いえ、そういうのはちょっと……」
ミミは引いているけど、貴族の世界は陰湿なイメージがあるから、こういうことはまたあるかもしれない。
その時の為に、心の準備は必要だと思う。
彼女は俺が貸し与えている拳銃を使うまでもなく、子供が使う練習用の弓矢でさえも人を倒すだけの実力があるから、いざという時には相手をどうとでもできると思えば少しは気も楽だろう。
そしてその時がくれば、俺も容赦はしないつもりだ。
「まあ、こちらでもこっそりと報復しておきましょう。
アンシー、機会を見てこのゴム弾を撃ち込んでおいて」
「かしこまりました。
お嬢様を侮辱した者に、制裁を……!」
「ええぇ……」
ミミさんドン引き。
あとアリサは、さっきから流れについていけていない。
まだ貴族の力関係とかが理解できていないから、こういう時にどう対応したらいいのか分からないのだろうな。
そもそもことの始まりであるセリエルの暴言も、聞こえていなかったようだし、何が起こっているのかすらよく分からなかったのかもしれない。
……さて、俺達も入学式の会場へと行きますか。
「……ん?」
今、2階から視線を感じたような……。
あ、誰か隠れた。
……んん?
セリエル達とは別口で俺達に反感を持っている奴が、他にもいるってこと?
私はセリエル。
誇り高きラントール伯爵家の長女ですわ。
そんな我が誇りは、たった今傷つけられました。
「お姉様!!
何故あのような成り上がりに、頭を下げるような真似を……!」
辺境伯家のご令嬢ともあろうお方が、なんと弱腰な……!
「おだまりなさい。
あのお方は、我が領に重要な品々を納めている商会の代表です。
|無下には扱えません」
「商会なんて、星の数ほどあるではありませんか。
何もあのような者に頼らなくても……」
なんでしたら圧力をかけて潰し、その販売ルートを乗っ取るのも良いのではなくて?
むしろそうすべきです。
「そうもいかないのですよ。
あそこが扱う商品は他では手に入らない物が多くて、代替が利かないのですから……。
おそらく守ろうとする貴族は、我が家以外にも多いでしょう。
それに取り引き相手のことくらいは、ある程度調べています。
あの御方は、両親からその地位を引き継いだのではありません」
「……どういうことですの?」
「あのタカミ子爵自身が、その実力で現在の地位を手に入れたのです」
それではただの平民の子供が、いきなり子爵にまでなったということですか?
そんなことは信じられませんわ。
しかしお姉様の口からは、更に信じられない言葉が出ます。
「しかもそのたぐいまれな商才だけではなく、彼女自身も強いらしい……とも。
それは上位の魔物を、単独で撃破できるほど……だとか。
下手に手を出せば、痛い目を見るのは誰になるのでしょうね……?」
「そんな馬鹿な……」
我々とそんなに歳が変わらぬ少女が、それだけの力を持っているとは思えませんわ。
しかし子供がやっている商会なんて、普通は上手く行かないものでしょう。
ある程度のところまでは上手くできたとしても、途中で狡猾な大人に奪われてしまうのではなくて?
それなのにこれまで上手くやれていることには、それなりの理由があるということなんですの……?
それでもやはり、あのような者が強いなんて信じられませんわ。
お姉様はきっと、何か大きな勘違いをしていますの。
そしてそれは、すぐに分かることになりましたわ。
やっぱりあのような者が強いなんて、嘘だったのです!
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