この3年で
私はエカリナ。
エルフ族出身の冒険者だったけど、最近はエルネスタちゃんの事業を手伝うことの方が多いわね。
私は元々新しい物好きで、それが故に変化の少ないエルフの里を飛び出したくらいですから。
そんな私からすれば、エルネスタちゃんが見せてくれた物は、初めて見るような物ばかりで、心が躍ったわ。
そしてそれらの物を、エルネスタちゃん以外の力だけで再現するというのが、今の私が取り組んでいることの1つね。
エルネスタちゃんが出す道具は、私達では理解の及ばない仕組みで動いていることが多いのだけど、それを既知の技術に置き換えて、なんとか使えるようにするのよ。
勿論それは私1人だけの力では不可能だから、ドワーフのドンガト達と協力して、ようやく形になり始めた……と言った感じ。
今日私は、たまたま暇だったので、面接に来た新人メイドの案内役を買って出たの。
面接に来る子にも興味があったしね。
それに急成長した我らがタカミ商会──その秘密を探ろうとする目的で入り込もうとする不届き者もいるから、それを警戒する為……というのもあるわ。
まあ、最近は商会の名前を出さずに求人を出しているので、不届き者も減っているようだけど。
だから今回応募してきたミミちゃんは、雇用主が子爵様だと知って驚いている様子。
いや……私もエルネスちゃんがわずか3年足らずで、しかも12歳で子爵にまで陞爵した事実には、驚いているけどね。
ただ、子爵とは言っても、名誉職というのが実体らしいわ。
だから国王から直接叙爵の儀式は受けていないし、領地も無いのよね。
そういうのがあるのは、偉大な功績を挙げた者か、古くからある名家だけみたい。
今の制度だと、多額の納税をすれば誰でも爵位を得られるから、そういう者達全員を既存の貴族と同じように扱っていたら、ちょっと色々と大変ですものね。
特に領地にできる土地には限りがあるし……。
じゃあ名誉職の爵位にどんなメリットがあるのかというと、行政への発言権が強くなるとか、護衛の範囲で私設騎士団を持つことが許可されるとか、色々とあるらしいわよ。
そして爵位が上がるほど、それらの権限が強くなっていくらしいけれど、義務も増えていくとか。
子爵程度なら戦争の時に従軍や派兵の義務は無いけど、もっと上になればあるそうよ……。
でも、最速で名誉子爵にまでなったエルネスタちゃんだから、すぐに上の方に行ってしまうんじゃないかしら?
今はまだこのロゼーカンナ市でしか有名ではない存在だけど、いずれは国中にその名が広まると思う。
そう思うと、ちょっと楽しみよね。
「ふわぁ、子爵様だか……!?」
雇用主が子爵だと知って、驚くミミちゃん。
こういう顔を見るのも、ちょっとした楽しみよね。
これは演技ではなさそうだから、警戒を緩めても良さそう……。
ただ、我が商会の実態を知って、心変わりをする可能性もあるから、見せても問題の無い部分を見学させて、反応を見てみるわ。
「こちらは従業員が、通勤に使っている物を置く場所よ」
「あ、あの変な道具だべ!」
ミミちゃんが駐輪場に停めてある物に反応したけれど、有名になったものよね。
「ああ、あれは我が商会の新商品である『自転車』よ」
そう、最近はこの量産化に成功した「自転車」なる乗り物が大好評で、大きな利益を上げている。
次は「自動車」……と行きたいところだけど、こちらは「自転車」よりも動力の部分が再現困難で、ちょっと時間がかかりそうだわ。
旧型ですらそうなのだから、エルネスタちゃんが普段乗っている最新型は、再現できるまでには100年くらいかかりそう……。
まあ、エルフの寿命があれば、大した時間ではないけれど。
いずれにしても、エルネスタちゃんが興した商会は莫大な利益を上げ、そこから納めた税金の多さを評価されて、今や彼女は子爵様なのよね。
勿論販売しているのは、「自転車」みたいな、日常的に使うような道具だけではなく、その本命は「武具」──。
それを手に入れたいと画策している勢力も多いようで、それだけに私達も自衛策が必要だわ。
基本的にうちの武具を犯罪に使おうとするような者達は相手にしていないけど、それでも手に入れようと画策する者達はいる。
当然、非合法でだ。
そんな犯罪組織から身を守る為の力が、メイドにすら求められるのよね……。
「正式採用された場合には、戦闘訓練も受けてもらうわよ」
「え……戦闘訓練……!?」
ミミちゃんは尻込みするけれど、こればかりは命に関わることだからねぇ……。
「防犯のためにね。
勿論、危険手当は出るけれど、危険なことが嫌だというのなら、採用は無しということになるわよ?
ここでやっていくつもりなら、覚悟はしてちょうだいね?」
「そ、それは……」
ミミちゃんは逡巡するけれど──、
「や、やるだ!
いえ、やらせてください!」
決意をしてくれたようね。
彼女にも引けない理由があるみたい。
「それじゃあ、少し訓練を体験してみましょうか?」
「ほへ?」
それから私は、射撃場にミミちゃんを連れて行ったわ。
ちょっと拳銃でも撃たせてみましょう。
「ひゃっ!?」
私が手本で撃った銃の音に、驚いて耳を塞ぐミミちゃん。
私は慣れたけど、獣人は私達エルフ以上に、音には敏感だったわね。
でも、耳栓とかを使ってまったく音が聞こえなくなったら状況の把握が難しくなるから、彼女にも慣れてもらわないとねぇ……。
「鉄の弾を撃ち出して攻撃する道具よ。
扱いは簡単だけど、弓矢よりも威力があるから気をつけてね」
「は……はひ……」
私が手渡した拳銃を、ミミちゃんは怖々と受け取る。
そんな彼女に、一通り拳銃の使い方を教えて、実際に撃たせてみたわ。
「──っっ!!」
「……いきなり的に当たったわね」
その次も、そしてその次も。
ミミちゃんが撃った弾は、的に当たり続けたわ。
この子、才能があるんじゃないかしら……。
それよりも重要なのは、この銃を撃てたということ。
エルネスタちゃんが作った道具は、彼女に敵意を持っていたり、彼女が禁止した使い方をしようとしたりすると、そもそも動作しないことになっているのよね……。
こればかりはどのような理屈でそうなっているのか分からないけど、ミミちゃんが銃を使えた時点で、エルネスタちゃんに対する害意はまったくないという証拠になるわ。
これなら正式採用は、ほぼ確定ね……。
そんな私の予想通り、エルネスタちゃんにミミちゃんを会わせると──、
「ミミです、よろしくお願いします!」
「ロップイヤー系の耳……もふもふ……。
よし、採用!」
ミミちゃんがドアを開けて部屋に入ったその瞬間、採用が決まった。
「……お嬢様?
もっと色々と質問を経て、勘案すべきなのでは?」
アンシーが迫力のある笑顔で、エルネスタちゃんへと圧をかけている。
それに対してエルネスタちゃんは、無言で目を逸らしたわ。
なにか後ろ暗いことがありそうな雰囲気ね。
うん、今の採用には、ちょっと邪なものを私も感じたわよ。
エルネスタちゃんは、なんだか可愛い女の子が好きみたいだし、私情が入りまくっていたわよね……。
でもこの決定は、どのみち覆ることはないでしょう。
子爵様の決定ですし。
ただ──、
「良かったわね、ミミちゃん。
これからよろしくね」
「……ふえっ?
え、採用?
でも子爵様が……え、女の子!?」
ミミちゃんは混乱していて、採用の喜びを噛み締めるのは、もう少し後になりそうだわ。
子爵様が、目の前にいる小さな女の子だと言われても、信じられないわよねぇ……。
ミミはウサギ型の獣人でした。
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