新たな生活へ
戦いは終わった。
ギゼオンは拘束され、魔族の国へと強制送還されることになるようだ。
「ギゼオンは裁判にかけられるが、間違い無く厳罰に処されるだろう。
後日、迷惑をかけた人間達へお詫びの品を送りたいと思うが、人間の国とは国交が無いので、エルネスタ殿が間に入ってほしい」
と、マグエアル。
「そうですね。
私の方からの災害支援物資という形で市に提供したいと思いますが、それでもいいですか」
魔族は今回の件に関わっていない──ということにした方が、後腐れが無いからな。
「うむ、その方が良いだろう。
その際には、こちらから秘密裏に連絡を入れよう」
「え、どのように?」
魔族がロゼーカンナ市内に入るのはまずいだろうし、市外でしか連絡のやり取りはできないと思うが……。
しかしマグエアルからの連絡がいつ来るのかも分からないので、あえて市外に行く理由も無いな……。
するとマグエアルは、
「これを渡しておこう」
「マ、マグエアル様、それは……!!」
俺に何かを手渡してくる。
それは半透明の、黄色い石だった。
クロムスタの「え、それを渡しちゃうの!?」とでも言うかのような、その狼狽えた反応から、かなり希少で高価な品であることが分かる。
「これは通信の魔石だ。
精々山1つ分の距離だが、離れた場所の者同士が会話することができる。
我が近くへと訪れた時に、これで連絡を入れるとしよう」
ほう、通信機のようなものか。
でもこれって、戦場で離れた場所にいる部隊へ、指令を出す為のものなんじゃ……。
ある意味軍事機密だもの。
そりゃ、クロムスタも慌てるわ……。
「いいのですか?
これは外部に流出してはいけないものなのでは……」
そんな風に俺は問い返すが、マグエアルは魔石を持つ俺の手を、両掌で挟み込むように握った。
顔は真剣だ。
「我はそなたと、絶対に敵対しない。
その気持ちを形にしたものだと、思ってもらいたい」
「はあ……」
これはレールガンでの、脅しが効き過ぎたかな?
マグエアル達に対して使ったものではないが、それでもかなりの脅威を感じたのだろう。
「そうですね。
魔族とはお互いに必要な物を、融通しあうような関係になりたいです」
おそらく魔族にとってはありふれた物でも、人間にとっては貴重な物もあるだろう。
あるいはその逆も。
まずはそういう物を物々交換するような形で、貿易が始められれば良いと思っている。
「うむ、それについては歓迎だ。
……そこで相談なのだが、最近我らが領地に手出ししてくる人間の一団がおってな……。
そいつらを追い払えるような、良い道具はないだろうか?」
それを人間の俺に聞く?
でもまあ、非殺傷兵器なら渡してもいいかな。
俺はスタングレネードを「空間収納」から取り出した。
「強い光と音で、相手を一時的に行動不能にするものです。
ただし侵略や犯罪などに使おうとすると、効力を失います」
更に俺自身に向けて使おうとすると、機能停止だけでは済まないような仕掛けもしてある。
最初から完全には信頼することはできないので、万が一裏切られた時の対策は必要だからな。
勿論、これは口に出さないが。
「そんなこともできるのか……」
マグエアルは俺の兵器に使用条件が設定されていることを知って、神妙な面持ちとなった。
俺自身にとっても、底知れないスキルなので無理もない。
なおスタングレネードについては殺傷力こそ無いが、これで相手を行動不能にしてから、他の武器でとどめを刺すなどの抜け道はある。
だが、そこまでは俺が関知するものではないな。
俺が作った武具は、基本的には魔物や害獣、犯罪者などに対してか、防衛行為にしか使えないように設定されているから、それを使わざるを得ない状況を作った相手の方が悪いとも言える。
まあ、攻撃を仕掛けたら、反撃を受けるのは当然と言うか……。
それが想定以上の手痛いものになったとしても、結局は戦いを始めてしまった方が悪い。
いや、不本意に戦いに参加させられている者もいるのだろうから、そういう者達から犠牲者が出るのは可哀想だが、そんな戦いの理不尽は俺にどうにかできるものではない。
争い事って、誰か1人の思惑だけで動くものではないからなぁ……。
でもだからこそ俺とマグエアルが手を組むことで、その争い自体を起こりにくくできたらいいなぁ……と思う。
さて、それから数日後。
俺は市の庁舎へと呼び出された。
庁舎は大きくて目立つ建物だったが、その所為で飛行型の魔物のによる攻撃を集中的に受けたらしい。
痛々しい破壊の跡も多い。
ただ、建物が全く使用できないと言う訳ではないので、そこの一室で市の幹部であり、この一帯を統治するロゼー子爵の三男であるコルニリカと会談することになった。
「この度は、本当にありがとうございました」
コルニリカは俺と顔を合わせるなり、深々と頭を下げた。
別に俺の方から事件の顛末を報告した訳ではないのだが、俺が何をやったのかは、ある程度は把握しているようだ。
まあ、俺の仕業だとしか説明しようのないことも多かったしな。
しかも彼は、その頭をなかなか上げようとしなかった。
「またこのロゼーカンナ市は、あなたに救われました。
しかしその働きに見合うだけの謝礼を、我々は用意することができません」
「あ~……」
そりゃそうだ。
俺は都市1つを救った。
つまり俺の功績には、都市1つと同等の金銭的価値があるとも言える。
更に住民の命の価値などを勘案すると、国家予算を上回るものとなるだろう。
だが、それを支払うのは不可能だ。
仮に分割払いにしようが、大幅に減額しようが、それでも額が大きすぎる。
無理に支払おうとすれば、今度は経済的破綻の危機に陥るだろう。
「私は今大変な思いをしている被災地から、多くを得ようとは思いません。
他の冒険者の方々と、同じ扱いでいいですよ」
実際、今回のような都市や地域レベルの緊急事態に動員される冒険者への報酬は、決して高くはないという。
参加人数も多いから、報酬を高額に設定すると市の財政が破綻してしまうからだとか。
まあ、実状はボランティアのようなものだ。
そして冒険者達も、自身の生活基盤が無くなってしまうと困るので、報酬とか関係無く半ば義務的に戦いへと参加し、自らの生活の場を守る。
今回もそのような、個人の損得勘定を考えていられるような事態ではなかった。
だから俺も多額の報酬を要求して、市の財政に負担をかけるつもりは無い。
勿論、大きな功績を挙げた者は、報酬とは別に名声を得ることはできるが……。
しかし俺は前回の段階で、目立つのは避けたいという旨をコルニリカに伝えている。
「本来なら、国王から勲章がもらえるように、働きかけるのですけどねぇ……」
「やめてください!」
絶対に面倒なことになる目立ち方だから、それ。
子供が勲章とかもらったら、悪い大人が利用しようとして集まってくるから!
なのでこの国では多数派である「多額の納税によって権力を得る」という形で、俺は地道に成り上がっていくつもりだから……。
「変な目立ち方をすると、色々な勢力からの横槍で自由に動けなくなるので、今後も私のことはできるだけ内密にしていただけると……。
その結果、私が自由に商売できるのならば、それだけで謝礼は充分です」
魔族の問題も片付いたし、これからは商売に集中したい。
そしてそれは、変な邪魔さえ入らなければ、必ず成功すると思っている。
俺が作り出す地球由来の物は、競合するライバルが存在しないからな。
それにこれから市の復興事業や防衛事業に、俺は大きく関わっていくことになるはずなので、その口利きをしてもらえるだけで、俺としては充分な謝礼だと考えている。
あ、それと、
「そうそう、約束の家は急いでくださいね」
商売をする為にも、拠点は必要だしな。
「ええ、それは最優先で……」
もうすぐ引っ越しできそうだ。
新しい家、楽しみだな。
次回から新展開ですかねぇ。
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