黒 幕
まず、これまで倒したゴブリンやオーガなどの死体を「空間収納」から取り出します。
勿論魔石とか素材として使える物は回収して、使うのはその残りだ。
そう、「変換」の材料にする訳だ。
で、安全に配慮して、遠く離れた場所から「遠隔変換」して毒ガスを作り、それをエカリナさんの風魔法でガスを通路の奥へと送る。
念の為にガスには黄色く色を付けた。
無色透明だと、万が一こちらに流れてきても分からないからな。
で、目視でガスがこちらの方にも溢れてきたら、階段で上の階層へ避難し、階段に大きな盾で蓋をする。
後は遠隔で下の階層にガスを作り続け、完全に充満させれば仕込みは完了である。
なお、毒ガスは30分程度で消滅するように、設定しておいた。
つまりこのまま30分待てば、すべてが終わっているはずだ。
しかしこれ、まったく証拠を残さないので、完全犯罪に使えるなぁ……。
おそらく毒ガスを吸収した生物の体内からさえも、成分はすべて消えるのだろうし。
そんな訳で30分……いや、大事を取って40分後──。
俺が「消えろと」と念じれば、毒ガスが残留していても消えるのだが、中にはガスにまだ抵抗している魔物もいるかもしれないし、焦る必要は無い。
たっぷり時間いっぱい待ってから、俺達は第3階層の探索を再開した。
すると──、
「おいおいおい……」
目に入る惨状に、唖然とする声。
そこには毒ガスにやられた魔物の死体が、無数に転がっていた。
まさに死屍累々である。
中にはあの巨大コアラも複数匹。
1匹でもヤバかったコアラが複数だとか、絶望しか無い。
「最初に嬢ちゃんの話を聞いた時はどうかと思ったが、これで正解だったな……」
と、ドンガトさん。
俺が毒ガスを使うことを提案した時、ドンガトさんは少し難色を示していた。
地下で生活することが多いドワーフとしては、有毒ガスの怖さを嫌と言うほど知っていて、安易に使う物ではないという意識があるのかもしれない。
だが、毒ガスで倒した魔物達は、まともに戦えば勝てないような戦力だった。
地下であるが故に、あまり強力な兵器が使えないことを考えると、俺達は引き返して援軍を呼び、人海戦術で対処するしかなかったかもしれない。
そうなれば、数十人単位の犠牲者が出たはずだ。
「この戦力が最初に都市を攻撃していたら、陥落も有り得たわね……」
エカリナさんの言う通り、あの巨大コアラならば、市を囲う壁を簡単に乗り越えることができただろうし、火を放たれたら大惨事になっていただろう。
だけど敵はそれをしなかった。
「敵の黒幕は、部下に全部任せて、自分は強力な魔物に守られた安全なところで、結果が出るのを待っていたってことですかね……。
あるいは最初の作戦が失敗したから、ここも安全ではなくなると判断し、後から魔物を召喚して守りを固めた可能性もありますが……」
「やっていることは小物ね……」
俺の言葉を受けて、リーリアが率直な感想を漏らした。
そう、小物だ。
自分自身は最前線に出てこないのだから、その戦闘力自体は低い可能性もあるな。
まさに他力本願である。
しかし──、
「だが、これだけの魔物を操ることができるとなると……」
アルクが緊張した様子で呟く。
それなんだよなぁ……。
こんなことがただの人間にできるとは、とても思えない。
もしかして魔族とか、そんなのがいるのだろうか?
だとすると種族間の対立などの、そういう面倒臭いことになるんじゃ……。
ただ、その黒幕も、毒ガスでやられているかもしれない。
異世界だから、毒耐性のスキルを持っている可能性もあるけれど、化学物資というこの世界の存在にとっては未知の毒ならば、効いているんじゃないかなぁ……と、期待している。
事実、死んだ魔物の死体を「空間収納」に回収しつつ進むと──。
「おっ!」
なんか人間っぽいのが倒れている。
ちゃんと服を着ているし、身長も普通の人間と同じ程度だ。
ただし、肌の色は水色だ。
なんかのアニメの宇宙人っぽい……。
勿論、死んでいる。
毒ガスはちゃんと効いたようだ。
「これは……魔族よね?
初めて見たわ」
ほう、長寿のエルフでも初めて見るのか。
いや、エカリナさんの年齢は聞いていないからまだ若い可能性もあるけど、女性に聞くのはタブーだしな。
それにしても、今回の件の背後に魔族がいた……ってことは、黒幕は魔王ってことになるのだろうか?
でも、この世界に来る前に神様は、「その世界は少々停滞している」って言っていたような……。
ならば魔王の脅威によって、世界が滅亡に瀕しているとかいう状況には無いはずだが……。
「取りあえずこいつを、首謀者として市に突き出しますか」
これで事件は、ひとまず決着するはずだ。
そう思っていたんだが……。
「そいつはそこに置いておいてくれぬか?
こちらで引き取りたい」
「!?」
どこからともなく、声が聞こえてくる。
女の声だった。
声がしたと思われる方を見ると、そこには──。
「魔族……!?」
水色の肌をした女がそこにいた。
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