三男の野望
コルニリカ視点です。
僕の名はコルニリカ。
ロゼー子爵家の三男ですね。
……うん、三男だから、家は継げない。
だからこのままでは、父に決められたロゼーカンナ市の職員として一生を終える。
良くても市長を任せてもらえるかどうか……と言ったところでしょうか。
そんな先の見えた人生は、つまらないと思っていました。
ただ、野心が無い訳ではありませんが、あえて波風を立てて兄達と争うつもりもありません。
チャンスがあれば、それを見逃す手はありませんが……。
そのチャンスは、学生時代からの知人からもたらされました。
商人のルエザリクとは、そんなに親しい間柄ではありません。
学生の時も顔見知りと行った程度で、友人関係ではありませんでした。
しかし彼が商人を仕事に選んだ為、市の職員である僕が何かと手伝ったことが縁で、未だに関係が途切れていなかった……という感じですね。
商売をするだけならば特別な届け出は必要ありませんが、その規模が大きくなると適正な額の納税が求められる為、業務の実態について行政への届け出が必要になってきます。
まあ、この国では税金を多く納めた方が高い地位を得やすいので、税金を誤魔化す者はあまりいませんが。
誤魔化そうとするのは、その日の生活にも困る貧乏人くらいでしょうが、そんな者達の税金が多少誤魔化されても大きな影響は無いので放置されます。
取り立てようとしたところで、人件費の方がかかってしまって無駄ですからね。
ともかく僕は、ルエザリクに商売をする上で必要な行政手続きなどのアドバイスをしていました。
そのおかげという訳でもないのでしょうが、彼は早くも店を構えることができたのです。
才能のある商人との縁は、維持しておいて損はありません。
いざという時は、こちらが助けてもらえますしね。
事実、このロゼーカンナ市がゴブリンの群れに襲撃された際には、多くの物資を安価で用意してもらえました。
そもそもルエザリクが連れてきた少女がいなければ、この市は甚大な損害を被っていたでしょう。
あのエルネスタとかいう少女の能力は異常です。
まだ10歳にも満たないほど幼く見えるのに、その美貌は将来絶世の美女になることが既に約束されているほど素晴らしい。
そんな容姿には似合わないほど強い力──正体不明の魔道具を生み出ことによって、巨大なイノシシの魔物ですらも一撃で屠りました。
しかも遠距離から犠牲を出さずに。
空中からの攻撃とか、本来人間には不可能です。
逆に中級の冒険者が普通に戦えば、死人が何人出ていたのか分かりませんよ。
その上、魔道具を他人にも貸し与えることもできるようですし、彼女の存在はこれまでの戦いの概念を覆す物だと言えるでしょう。
僕はルエザリクに、エルネスタ嬢との交渉の場を設けて欲しいと頼みました。
彼女の魔道具はどれほどの価値があるのか、計り知れないほど高いのです。
彼女との繋がりを持っておいて損は無いどころか、その力を利用すれば僕が子爵家の後継ぎになる──いや、それ以上の地位を狙うこともできるでしょう。
そんな僕の思惑を見抜いたのか、ルエザリクは──、
「いいか、コルニリカ。
絶対にエルネスタ嬢を裏切るんじゃないぞ?」
そう忠告してきました。
ルエザリクによると、エルネスタ嬢は既にその能力を狙う者から拉致されたことがあるそうです。
そういう悪意から逃げるように、彼女は故郷を捨ててこの市に来たのだと──。
ボク達が裏切れば、彼女はこの市を捨てて、別の場所へと旅立つことになるという訳ですか。
ならばそうならないように、色々と策を講じれば──……。
しかしルエザリクの表情は、僕がまだ甘い考えをしているのを咎めるかのように、厳しいものでした。
「私は嫌だね、彼女の攻撃対象になるのは」
確かにエルネスタ嬢の魔道具は、恐るべき力を持っています。
その力の使い方によっては、彼女1人でゴブリンの群れ以上の脅威となるでしょう。
しかしまだ子供ですよ?
なんとか僕の都合の良いように、言いくるめることも可能なのではないですか?
「なあ、俺達は彼女と友好的な形で知り合えた。
これは幸運なことだ。
彼女はお人好しな性格をしているようだから、こちらが好意的に接すれば、同じように返してくれる。
それだけで有益なんだから、欲をかかずに満足した方が、結果は後からついてくる……と、思うがね?
大きな力は火だ。
近づきすぎると火傷をするぞ?
利用しようとは考えずに、お互いに支え合う程度の付き合いが丁度いい」
「……」
子供相手に、随分と慎重じゃないですか……。
優秀な商人だとは思っていたけど、随分とまだるっこしいですね。
勝負勘も鈍りましたか?
所詮は子供が相手──僕はもっと上手くやりますよ。
ところが実際に本人に会ってみると、そう簡単な相手ではないことが分かりました。
「犯罪や侵略行為に、私が売った物を使わない……ということです」
僕の狙いを見抜いている?
それとも自身の価値を理解している?
ともかくエルネスタ嬢は、僕に一番嫌な条件を突き付けてきました。
まさかルエザリクが入れ知恵をした……?
いえ、彼の方をチラリと見ると、軽く首を横に振っています。
どうやらエルネスタ嬢本人の意向による、条件のようですね。
はぁ……ここで下手な交渉をしたら、全てが御破算になってしまいそうです。
現状ではこの条件を呑んだとしても損は無いのですから、否定しにくいですし……。
「……それは勿論です」
今はこう答えるのが最善でしょうね。
今後状況が変われば、交渉を仕掛けてみましょうか。
……しかし庁舎からエルネスタ嬢が帰る際、彼女の姿を見て異常な反応を示す男の姿がありました。
顔を蒼白に染め全身を震わせており、明らかに怯えています。
「お知り合いですか?」
「なんか見覚えがありますけど……。
さて……?」
エルネスタ嬢本人は、その男が誰なのか分からないようです。
だからすぐに興味を無くして、そのまま去って行きました。
僕はその男に接触して、話を聞いて見ることにしました。
「い、いや、勘弁してくれ!
ワシはこの市から出て行く!!」
「あなた、この市に住む為の手続きをしにきたのではないのですか?」
そのサーヴィスと名乗る男は不可解なことに、今すぐにこの市から逃げ出そうとしていました。
「あ、あんな魔女がいるところになんか住めるか!
ワシは別の土地へ行く!!」
そう言い張るサーヴィスをなだめすかし、そして多少の硬貨を握らせて、なんとか彼から話を聞くことができました。
魔女……とは、興味深いことを口走っていましたし、これは無視できませんね。
サーヴィスの話によると、どうやら彼はエルネスタ嬢を拉致した事件の黒幕のようです。
さすがに詳細は濁しており、自身の決定的な罪については喋ろうとはしませんでしたが、それでもいくつか分かったことがあります。
どうやらエルネスタ嬢は、正面から熟練の冒険者と戦っても勝てるだけの実力があること。
そしてその倒した冒険者の死体を、跡形も無く消し去るという、奇妙な術を使ったということ。
その冒険者の部下達が報復に動いたが、彼女が無事にこの市にいるということは、返り討ちにしたであろうということ。
……エルネスタ嬢は扱いやすい子供でも、お人好しな小娘でもないということですか……。
少なくとも彼女は、いざという時は人を殺すことも厭わない。
僕も下手な真似をしたら、このサーヴィスや冒険者達のような目に遭うのかもしれません。
「分かりました。
もう行ってもいいですよ。
ただ、もう2度と彼女の前には姿を現さないことです」
「い……言われなくても……!!」
立ち去るサーヴィスの後ろ姿を見つめながら、僕は思いました。
「どうやらルエザリクの方が正しいようですね……」
欲を掻きすぎると、身を滅ぼす……そのことを実感したのは、ダンジョンをすぐに発見してきたエルネスタ嬢を見た時ですね……。
精密な地図まで用意していて……。
各国の都市に対して同じことをされたら、普通に軍事機密になりますよ、これ……。
どこに何があるのか、一目瞭然なんですから……。
これは僕の手に余る存在だな……。
いずれ国にも目を付けられるでしょうから、変なことに巻き込まれないように、付き合いは浅い方がいいかもしれませんね……。
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