旅立ち
襲撃者達の処分は終わった。
気持ちの良いことではないが、必要な作業として割り切る。
「アンシー、もう大丈夫だ」
屋敷の方へ呼びかけると、玄関からアンシーが顔を出した。
「お疲れ様でした、坊ちゃま。
……私は何も役に立てず、申し訳ありません」
「いや、クレアの保護だけで助かった」
あんな凄惨な現場に、小さな子供をいつまでも置いておけないからな。
ただ……。
「怖い思いをさせて、悪かったな」
アンシーの背後から、妹のクレアが身を隠しつつこちらを窺っていた。
その目は怯えている。
それは今しがたの事件に対するものか、それとも俺自身への──。
少なくとも殺し合いの現場を、幼い妹に見せてしまった。
それだけは済まないと思うし、申し開きのしようもない。
「っ……!」
俺に呼びかけられたクレアは、逃げるように屋敷の中へと走り去って行く。
「アンシー、本邸のメイドに事情を話して、クレアの精神状態に気を配るように頼んでくれ。
怖い思いをしたから、暫くの間は不安定になると思う」
「そう……ですね」
……うん、「お前、人のこと言えるのか?」って顔をされるのは仕方がない。
でも、肉体年齢はともかく、精神年齢は子供とも言えないので、気にしないでほしい……。
って、前世のことはアンシーにも話していないから、無理か……。
「ですが、坊ちゃまは……?」
「俺は家に入れないからな。
両親に今回のことを知られたら、面倒臭いことになる。
すぐに旅立てるように、引っ越しの準備を進めておく」
「……分かりました」
さて、離れに戻る前に、武具屋の様子を見に行くか。
また刺客を送り込まれても困るし。
で、店の前に行ってみると。
「あれ?
休業……?」
店が閉まっていた。
いや、入り口の扉に、張り紙がしてある。
なになに……?
「長い間ご愛顧いただき、まことにありがとうございました。
当店は都合により廃業いたします……?」
う~ん……。
店内には人の気配も無いし、これは逃げられたかな……?
もしかしたらまだ町にいる可能性はあるけど、1回しか会ったことがない武具屋の店主の顔なんて、よく憶えていない。
変装でもされたら、たぶん見分けが付かないわ。
……だから追うのは、無理だろうな。
まあ、逃げてくれるというのなら、わざわざ関わる必要も無い。
また俺に危害を加えようとするのなら容赦しないが、別に好き好んで殺し合いがしたい訳じゃ無いし……。
じゃあ今度こそ帰って、引っ越しの準備かな。
できれば明日の早朝には出発したい。
俺のことを忌避しているあの両親が、今回の件を聞きつけてすぐに乗り込んでくるとは思えないが、放っておいたら何をやるか分からないからなぁ……。
アンシーも連れて行くけど、退職とかの手続きは置き手紙を残しておけば、それで済むかな?
法とかが整備されていない所為で、諸々の面倒な手続きが無いのが異世界の良い所でも、そして悪いところでもある。
無いとは思うが、仮に両親がアンシーの退職を断固として認めないと言い出したら、本人の意思とは関係無く、延々と辞める辞めないの言い争いが続くことになりかねないからな。
まあ、物理的に距離が離れてしまえば、そんな争いを続ける労力も惜しくなるだろうから、わざわざ俺達を追ってきて、言いがかりを付けてくることは考えにくいが……。
それは武具屋の店主に対する、俺のスタンスも同様だ。
再び顔を合わせなければ、トラブルも起きないだろう……というのはフラグか?
で、翌朝。
町外れまで徒歩で行く。
「そろそろ人目も無くなるな……」
田舎の街道では交通量は少ないだろうから、多少目立つようなことをしても大丈夫だろう。
「坊ちゃま、どうなさるのですか?」
「こうする」
あまり気分はよくないが、あの男達を材料にして作った武器を材料に再変換。
人間を使って作ったものだから、材料として使うには効率がいいんだよなぁ……。
それにあの義手を作った時から、やたらと魔力が増えたような気がする。
……というか、元々あった大量の魔力が使えるように、身体が馴染んだ……って感じだろうか?
転生する前に随分と長い時間、謎空間を漂流していたが、その虚無のような時間を耐える為に、心を無にする為の精神統一とか、色々とやっていたからなぁ……。
それで人格的に大きな変化があったという自覚は無いけど、魔力が鍛えられたという可能性はある。
結果として俺は、莫大な魔力を持って生まれてきたのではないだろうか?
ただ以前の俺は、その魔力を自由に扱えるほどには、身体が成熟していなかった……とか。
でも1回死にかけたことで、何かが噛み合ったのか、それとも義手の効果なのか、1度に使える魔力が爆発的に増えた感じだ。
そんな訳で今の俺は、以前とは比べものにならないほど、高度な物を生み出すことができるようになった。
「こ、これは……っ!?」
アンシーが驚くのも当然で、俺達の前には自動車がある。
ほら、自動車は走る凶器とも言われるぐらいだし、実際に人を撥ねれば簡単に命を奪えるので、武器の一種としてスキルの適用範囲だった。
「馬の必要が無い、馬車みたいなものだ」
「そんなものが……?」
これで移動が楽になるし、車中で寝泊まりもできる。
そう思っていたのだが──、
「前が見えにくい……。
アクセルも踏みにくい……」
運転席に座っても、小さな子供の身体でしかない俺には、運転することが難しいんだが……?
いきなり旅立ちに躓いたよ……。
車種はハイエ……(自主規制)。