悪徳商人、恐れる
ワシの名はサーヴィス。
街一番の武具屋を営んでおる。
ある時、小さな小僧が商売を持ちかけてきた。
しかし子供のお遊びになど付き合う暇など、ワシには無い。
ワシはその小僧を追い返したが、これが間違いだった。
あの小僧が露天で売り始めた物は、恐ろしく高品質だったのだ。
それらは、莫大な富を生むものだった。
あれらの製造・販売を独占できれば、公爵の位にすら登り詰めることができるのではないか?
しかしその小僧には、既に他の商人達も目をつけているようだ。
そこでワシは冒険者崩れを使って小僧を攫わせ、商品の数々を何処から仕入れているのかを聞き出すことにした。
結果、小僧を攫うことには成功した。
……が、実際には小僧ではなく、小娘だったらしい。
その上、あの商品はその小娘自身が、生み出しているとか。
そんなスキルもあるとは聞くが、子供があそこまでのものを作り上げるという話は知らん……。
ともかくその小娘を支配すれば、仕入れのコストもさほどかけずに、大金を稼ぐことができる。
ただ、その小娘がスキルを使う為には、鍛冶場などが必要だという。
取りあえず手配してやるか……。
もしも嘘だったら、酷い目に遭わせてくれるわ。
……しかし、
「なっ!?」
店の外で、大きな音が鳴り、眩しい光が見えた。
その後も何度か変な音が聞こえてきたので、ワシは窓からそっと外を覗き込んだ。
「ま……まさか……!」
雇った男の1人──ジャックが倒れていた。
あいつは素行こそ悪いが、中級上位の実力を持つと言われた、この辺でもトップクラスの実力を持った冒険者だぞ!?
そのジャックが負けたというのか……あんな小娘に!?
小娘も左手を失っているようだが、そんな状態でどうやってジャックに勝ったというのだ!?
しかも更に信じられない光景が、目に飛び込んでくる。
ジャックの死体が光に包まれたその瞬間、跡形も無く消え失せた。
それから暫くして、小娘の失われていたはずの左手が生える。
なんだそれは!?
魔法か!?
他者の死体を使って、回復するなど聞いたこともない……!
「ま、魔女め……!!」
その身体は小さいが、金色の髪をなびかせ、怪しい美貌を持つその姿は、まさにこの世の物とは思えぬ……。
「……ヒッ!?」
魔女が一瞬、こちらを見たような気がした。
しかし魔女は何をするでもなく、フラフラとした足取りで、何処かへと去って行く。
よ……よかった。
あんな訳の分からぬ物に関わるのは、真っ平ごめんだわい。
ワシはもう、あの魔女には関わりたくない。
命の方が大事だからな……。
実際その数日後、またおかしな音が聞こえてきた。
空っぽになった倉庫の方からだ。
あの魔女め……何トンもある中身を全部消して行きおった。
ジャックの死体を消した術と同じか……?
そして倉庫を確認してみると、その壁に穴が空いていたのだ。
「なんだこれは……!?」
一体何をどうやったら、こんなに綺麗な穴が空くのか……。
そしてこの攻撃が人体に向けられたら……。
おお……恐ろしい。
あの魔女は、簡単に人の命を奪える。
これはその脅しだ。
ワシは店を捨てでも、魔女から逃げるぞ。
だが、ジャックの舎弟達は、そうではないらしい。
「あのクソガキ、よくも兄貴をっ!!」
「今度は最初から手加減しねぇぞ!!
いいよな、旦那っ!?」
そう息巻いているが、正直賛成はできない。
こやつらだって、1度はあの魔女に出し抜かれている。
謎の攻撃で目も開けられぬほど涙を流し、激しく咳き込んでいたことを、もう忘れたというのか?
……が、ワシに金で雇われているとはいえ、この荒くれ者共達は、気に入らないことがあれば雇い主にだって牙を剥きかねん。
止めて逆恨みされてもたまらん。
「ふう……好きにしろ」
今まではワシの商売敵を潰す手伝いもしてくれたし、色々と便利な連中だったが、もう見切り時だな……。
こやつらがあの魔女にやりあっている間に、ワシは他所の土地に逃げさせてもらおうか。
あの魔女が何処にいるのかもまだ分からぬし、逃げる準備をする余裕くらいはあるだろう。
「確かあいつ、男爵家とか言っていたな」
「貴族の家に乗り込むのは、ヤバくねーか?」
「ばれないように、小娘だけ連れ出せばいいだろ」
……こりゃ、急いだ方が良さそうだな。
不幸中の幸いか、倉庫は空っぽになっている。
最低限の荷物だけをまとめて、出立するとしよう。
結局、ワシが街を出る頃には、連中の消息も分からなくなってしまった。
あのまま残っていたら、ワシもどうなったことか……。
もう2度とあの魔女に出会わないことを、普段は信じていない神に祈るぞ……。