天から降る罰
我が名はマルドー辺境伯のカルダン・マルドーだ。
またカトリ教国が攻め込んできた。
ただ、この侵攻自体はよくあることで、その度に我が難攻不落の砦は、敵軍を跳ね除けてきたのだが……。
しかし今回は、突然砦の外壁が爆破され、教国兵が突入してきた。
しかも奴らが使っていた武器は、あの銃だったのだ。
かつてタカミ公爵達が使っているのを見たことはあるが、恐るべき威力だった。
俺は我が領軍の装備品として、銃を融通してほしい……と、頼み込んだこともあるが、「危険な物だから」と、タカミ公爵には断られた。
その危険な物が、我らの方へと向けられている。
俺は即座に砦を放棄し、退却の命令を下した。
銃相手に無策で戦っても、勝ち目は無いからな……。
相手が少人数の場合なら、俺1人でもなんとかなったのだが、他の者達はそうもいかないのだ。
撤退は迅速だった……はずだ。
それでも全軍の3分の1はやられた。
戦うことを選択していたら、全滅も有り得ただろう。
しかも一方的な敗北になっていた可能性が高い。
絶望的な状況だった。
いや、それはまだ終わっていない。
次に教国軍が追い付いたら、おそらく致命的な打撃を受けることになるだろう。
だから休むこと無く、我々は進む。
兵達の顔には、疲労の色が濃い。
そして絶望の色も……。
それというのも──、
「本当にタカミ公爵が、裏切ったのでしょうか……?」
「おい、滅多なことを言うな!」
教国軍がタカミ公爵と同じ武器を、使っていたという事実。
そしてだからこそ兵達の間では、タカミ公爵が裏切ったのかもしれない……という疑惑が持ち上がる。
だが、俺は違うと思っている。
何故ならば、教国軍が使っていた銃の性能が、タカミ公爵のそれよりも格段に落ちるからだ。
そうでなければ、我々はもっと手痛い被害を被っていたはず……。
実際、教国軍の銃での攻撃は、矢をつがえる動作を入れているかのように、酷く散発的なものだった。
おそらく性能的に、連射することができないのだ。
それなら熟練の戦士の技量をもってすれば、回避することも可能だろう。
一方、タカミ公爵の銃は、豪雨のような勢いで無数の攻撃が飛んでくる。
あれは俺でも回避することは不可能だ。
そもそもタカミ公爵が裏切ったのなら、彼女1人でこの辺境領どころか王都すらも陥落させることができるだろう。
わざわざ教国の力に頼る必要性が無かった。
だから彼女は裏切ってはいない。
だが、タカミ公爵が味方であることは心強いが、今この場にいないのでは意味が無い。
我々には逃げるしか術が無く、それもこのままではいずれ力尽き、追い付いてきた教国軍に蹂躙される。
食料などを持たずに砦を脱出してきたから、そろそろ疲労と空腹で動けなくなる者も出てくるだろう。
……それならばいっそ、余力が残っている内に特攻を仕掛け、一矢報いるべきか……?
それで教国の戦力を減らすことができれば、我々の進む先にある領都や他領への被害を減らすことができる。
しかしそれは、部下達に「死ね」と命じるということだ。
騎士として、国を……民を守る為に命を懸けるのは当然のことだが、無駄死になるであろう命令を下すのは、やはり覚悟のいる決断だった。
とはいえ……このまま敵軍に追いつかれ、無様に蹂躙されて終わるのでは、騎士としての恥た……。
何の救いも無い。
「お前達の命を、国の為に捨ててくれ……!!」
せめて一太刀、教国の者達に思い知らせてやろう……!!」
「……っ!!」
兵達の顔に、「仕方が無いか……」という諦めの色が浮かぶ。
この状況に至っては、生き残ろうという意思は勿論、勝利しようという意気込みを持つ者は少ない。
このような低い士気では、勝てるものも勝てない……が、そもそも勝てる可能性は皆無に近いからな……。
全てを諦めて自害しないだけ、立派だと言えるかもしれない。
本音ではどうにかして彼らを逃がしてあげたいところだが、現状ではそれも難しいし、覚悟を決めるしかない。
「では皆の者、突げ──」
俺が突撃の号令をかけようとしたその時、轟音が鳴り響いた。
しかも連続してそれは発生した。
「何だ!?」
「何事か!?」
部下達が混乱するが、それ以上に混乱している者達がいた。
それは……教国軍の者達だ。
上空から次々と何かが飛来し、それは地上に突き刺さった瞬間に、教国軍の者達を巻き込んで大爆発を起こしていた。
それが数回だけではなく、数十回と繰り返されている。
これは間違いなく、教国軍は壊滅的な打撃を受けるだろう。
そしておそらく、こんな真似ができるのはただ1人……。
「タカミ公爵による攻撃だな……!
援軍に駆けつけてくれたのか……」
そんな俺の言葉を聞き、部下たちの中には「これで助かる」と喜色を顔に浮かべる者もいたが、顔を青くする者も少なくなかった。
しかしそれは、今目の前で繰り広げられている攻撃の苛烈さを見れば、当然のことなのかもしれない。
教国軍の「猿真似」とは違う、本物の兵器の威力──。
敵にすれば恐ろしいが、味方にしても頼もしいとは単純に喜ぶこともできないほどの凄まじい力だ。
だが、俺の知っているタカミ公爵は、もっと穏便な手段を選ぶ人だ。
今回は出来の悪い模倣をされて、怒り心頭……ってところかな……。
間接的に彼女の力が、俺達を窮地に追い込んだとも言えるし、責任を感じているのかもしれない。
だから教国に対する甘い対応をやめた……と。
恐るべき能力を持っていたとしても、やはり彼女は信頼できる人柄なのだと、俺は改めて思う。
そんな彼女は、教国軍が沈黙し──いや、わずかなうめき声しか聞こえなくなった頃、それをかき消すような爆音を発しながら、空から以前見たヘリとかいう乗り物に乗って舞い降りてきた。
天罰の化身のような能力を持っているのに、見た目だけは可憐なのだから可笑しなものだ……。
また夜勤やらの所為で遅れてしまいました。次回も夜勤があるので遅れるかも……。