邪魔者が来た
俺は行商人に扮して、町の様子を調べてみることにした。
久しぶりの男装は、動きやすくて楽だ。
まあ、長い髪を帽子に収納するのはちょっと大変だし、サラシを使っている訳ではないので、胸で女だとばれるかもしれないが。
そろそろ俺の胸も、隠しきれない存在感を持ってきたな……。
ん……?
クレアが尾行してきている気配があるけど、更にその背後からアンシーが尾行しているので、問題は無いだろう。
働くお兄ちゃんの姿を見せるのも悪くない。
で、昔のように色々と──それこそ武具以外の物も売ってみたが、売れ行きは悪くない。
売れているのは主に日用品や食料品だが、逆に言えば需要が満たされていないということだ。
王都から遠く離れた僻地だから、物不足だというのは確かなのだろう。
過疎の地域なら、人も少なければ、諸々の生産力も低いはずだからな。
ただ、それを差し引いても、町の活気は少し乏しいように見える。
そもそも港町なのに、王都付近の河で水揚げされた川魚の加工品が売れるのがおかしい。
思えば、他の店でも魚はあまり売っていないような……。
……もしかして不漁なのか?
ちょっと客に聞いてみようかな……お、来た。
「いらっしゃいま──」
「おい、誰の許可を得てここで商売してやがる?」
あ、客じゃなかったかー。
目の前には、ガラの悪い男達がいた。
こういうやくざ稼業って、こんな田舎にもいるんだなぁ……。
いや、いるか。
前世でも、田舎の爺ちゃんの町にもいたって聞いたし。
でも見た目は、荒くれ者の漁師って感じだ。
もしかして不漁が原因で食えなくなって、こんなことをしている?
「誰……って、領主様ですけど?」
「ああん、領主?
ここには代官しかいねぇだろ?」
「それ、ちょっと前までの話なんですよ。
今は公爵様がここの領主ですよ」
さすがに田舎は情報の伝達が遅いな。
まあ、電話もネットも無いから仕方がないけど。
「そんなこと知らねーよ!!
とにかく、ここで商売するのなら、ショバ代を払いやがれっ!!」
男達はがなり立てるが、戦場と比べたら怖くはない。
そんなのは脅しにならんよ。
「え……いいんですか?
公爵様が決めたことを邪魔するとか、捕まって最悪死罪になってもおかしくないですよ?」
「あ……死罪?
嘘言うんじゃねーよ!」
「そ、そんなことある訳ねー!」
ただの強請り集りならな。
「通常ならば死罪になるような罪ではなくても、貴族が絡むと話は違います。
貴族のご機嫌を損ねただけで、処刑された者は実際にいますよ」
「な……!」
ここで男達は怯む。
ただ、所詮は田舎の貴族とは無縁の土地で生きてきた所為か、貴族の恐ろしさが分かっていないらしく半信半疑だ。
俺はそんなに横暴なことはしないけど、やる奴はやるぞ。
いや、俺も犯罪者相手には容赦しないから、この男がこれ以上しつこく金を要求してくるのなら、強硬手段に出るが。
「だからこんなことはやめましょう?
なにかお悩みがあるのでしたら、私から公爵様に解決してもらえるように働きかけますが?」
「お……お前にそんなことできるのかよ?」
「実はちょっと偉い奴なのか?」
「そうですよ。
公爵様とお友達なんですから」
嘘です。
公爵本人です。
「そ、そういうことなら……」
男達は、すがるように話し始めた。
彼らはやはり漁師で、生活に困ってこんなことをしていたらしい。
その原因はというと──、
「海に魔物が出る?」
ということらしい。
「おう……なんかデカいのが出て、そいつの所為で魚は減るし、危なくて船も出せねぇ……」
「実際に船を沈められて、帰らなかった奴もいる……」
ふむ……そういうことか。
俺の領地で起こった問題ならば、俺が解決しようじゃないか。
「それならば、なんとかできると思います」
「本当か!?」
「頼むぞ!?」
「任せてください!」
そんな訳で、俺は海に出ることにした。
「それはそれとして、お嬢様に無礼を働いたこの人達には、教育が必要ですね」
「あ」
いつの間にかアンシーが、男達の背後に立っていた。
そして彼らを強引に引きずっていく。
当然、常人が抵抗しようとしても無駄だ。
「ちょっ、なんだこのメイド!?」
「たっ助け……!!」
そのまま彼らはアンシーに連行されていったが、犯罪行為をしようとしていたんだから仕方がないね。
俺でも助けられないぞ。
まあ、どのみちなんらかの形で、償いはさせるつもりだったし、しっかり更生してくれ。
ともかく、男達がいなくなり、その場に残ったのは俺と──、
「あの……姉様」
アンシーに置いて行かれたクレアだ。
「そ、それ……手伝ってもいい?」
「勿論ですよ、クレア」
どちらかというと人見知りなクレアが、商売に興味を持った……のか、それとも純粋に俺の手伝いがしたいのかは分からないけど、それでも苦手な客商売でも頑張ろうとしているその姿は、妹の成長が感じられて嬉しいものだった。
ブックマーク・本文下の☆での評価・いいね・誤字報告をありがとうございました!