孤児院へ
シズヨニ──俺の脳内あだ名では静代さん──に案内され、暗殺組織によって少年兵として育成されている子供達がいるという、偽孤児院へと俺達は向かった。
「ここですか……」
貧民街の近くにひっそりと佇む、元教会だったと思われる建物──。
教会といっても、カトリ教国とは関係の無い宗派だと思う。
さすがに敵国の国教が、王国内で活動することは許されないだろう。
まあ、古い建物だから、数十年前はまだ教国と普通に国交があって、その時の建物だったという可能性もあるが。
ともかくここが目的の場所だ。
「管理者として、常駐している組織の人間がいると思うのですが、そいつを排除すれば、後はどうとでもなる……という認識で良いのでしょうか?」
「そう……。
そうすれば子供達を、連れ出すことは可能……」
まあ、連れ出しても、どこで生活させるのか……ということは考えていないが。
何処かの宿屋を貸し切るか。
「では、行きましょうか」
俺達が近づくと、教会の方から誰かが近づいてきた。
さすがは暗殺組織の人間……。
気配には敏感だな。
静代さんも緊張した様子で、俺の背後に身を隠す。
おそらき彼女にとっては、怖い先生や上司のような存在なのだろう。
「このような夜分に、うら若き乙女がどのような御用でしょうか?
この辺は治安も悪い……。
すぐにお帰りください」
出てきたのは、神父っぽい服装の男だった。
豊かな口髭をたくわえている所為で老齢にも見えるが、服の下が筋骨隆々なんだよなぁ……。
明らかに戦いを生業にしている者の、体付きだった。
そんな神父が何処の世界にいる?
……いるかも……。
どちらにしても、凄く怪しいが。
ここがただの孤児院だと装おい、俺達を追い返そうとしているようだが無駄だぞ。
「私はこの度、公爵位を受ける予定のエルネスタ・タカミです。
新しく領地を賜る為、そこで働く人員として、孤児院の子供達を雇用しようと思っています」
俺の名前を聞いて、神父の顔が引き攣る。
まあ、暗殺の標的が直接乗り込んできたら、そんな反応になるわな。
それとも末端は暗殺対象の情報なんて把握しておらず、ただ単に「公爵」というところに反応したのかな?
いずれにしても偽神父は、なんとか動揺を隠して取り繕い、貴族である俺に頭を下げた。
俺がどのような意図でここに来たのか、それを図りかねている感じだな。
十中八九、組織に関係することだと感づいているのだろうが、取りあえずは無関係を装って、対応を考える時間を稼ごうとしているのだろうか。
「そ、それは素晴らしい。
何人ほど必要なのでしょうか?」
「全員」
「は!?」
「全員です。
何か不都合がありますか?
子供達には確かな身分と生活と教育が、与えられるのですよ?」
「し……しかし、それは……」
困っている困っている。
組織の戦闘要員となる者がいなくなると、上層部が危険な暗殺を直接行わなければならないからな。
……こいつら何もしないで、下っ端に危ない仕事をさせるとか、クズ過ぎる。
「そろそろ茶番劇はやめましょうか。
私が偶然ここに訪れたと、本気で思いますか?
組織は今日で潰れてもらいますので、素直に従いなさい」
「なっ!?
な、何を仰いますか。
ここはただの孤児院ですよ」
と、偽神父がシラを切ろうとしているが──、
「気をつけて……。
こちらの隙を窺ってる」
背後から静代さんが、忠告してくれた。
「はい、分かっています」
偽神父から殺気が漏れ出ていたからな。
俺が隙を見せたら、確実に攻撃をしてきただろう。
「ぬう!?
貴様は42号!」
はい、語るに落ちた。
静代さんの存在に気付いた偽神父は、普通の神父が知るはずの無い彼女の組織内での呼び名を口にした。
ここまであからさまだと、もう遠慮はいらないな。
「失礼」
俺は偽神父の腹に目掛けて、パンチを打つ。
当たれば大の大人でも、悶絶するような威力だ。
が、それは回避された。
さすがは暗殺組織の人間、思っていた以上に素早い。
「危ないっ!」
偽神父が攻撃に転じようとしたその時、静代さんが間に入って、彼が懐から抜いたナイフを蹴りあげる。
「何っ!?」
「え……」
ナイフはクルクルと回転しながら飛んでいく。
その結果に、静代さん自身が驚いていた。
今までの彼女では、偽神父の攻撃を止めることはできなかったのだろう。
だが新しい心臓で強化された彼女ならば、偽神父の身体能力を上回ることは可能だ。
「42号!
裏切る気かっ!?」
「違う!
先に裏切ったのは組織の方!
そして私は生まれ変わった。
今の私の名は、シズヨニだっ!」
「道具に自己主張などいらぬ!
大人しく、我らの命令を聞いていろっ!!」
偽神父は上着の袖から再びナイフを抜き、攻撃してくる。
今の静代さんの身体能力ならば、回避し続けることは可能だろう。
だが、偽神父を倒せるだけの、攻撃手段はあるのか?
助けた方がいいのだろうか……。
いや、静代さんは今、組織の支配から抜け出そうとしているのだ。
しかも俺の為に戦っている。
そんな彼女の心意気を尊重して、ギリギリまで見守ろう。
それよりも──。
「はい、残念」
「!?」
俺は頭上からの攻撃を、右腕で受け止める。
「なっ、なんだその腕はっ!?」
右腕だけ鎧に変形させたから、そりゃあ異様に見えることだろう。
そして攻撃してきたのは、どこかに潜んでいた組織の人間だ。
偽神父だけで子供達の管理はできないと思って警戒していたが、やはり他にもいたか。
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