新公爵の誕生を阻止せよ
俺は公爵へと陞爵する準備を進めている。
忙しいので学園は休学して……というか、もう学ぶことも特に無いので卒業しようと思っているが、卒業すると寮から出ていかなければならないので、とりあえずは休学することにした。
卒業後は新たな領地で住む場所を見つける必要があるけど、それについては考えていることがあるので問題は無い……が、まずは領地の下見をしないとなぁ……。
しかしそんな暇は無いのだ。
残念なことに……。
「また周囲を嗅ぎ回っている者がいますね」
最初に気付いたのはアンシーだった。
学園や寮の周辺で、俺の動きを見張っている者達がいるらしい。
「私が公爵になることが面白くない……という勢力でしょうかね……」
そろそろ俺が陞爵するという情報が、貴族の間でも広がっている頃だろう。
陞爵の儀式をやる以上は、関係各所で準備も必要だし、情報を完全に秘匿することは難しいだろうからな。
そして俺が公爵に成り上がることを、面白く思わない者達も当然存在する。
なにせ親が亡くなったことで家督を継いだ……という形以外では、史上最年少の公爵だからな。
嫉妬とかそういう感情を持つ者や、俺が追い落とす形になったザントーリ公爵家の関係者は、許しがたいと感じているはずだ。
たぶん俺が公爵になったら手出ししにくくなるから、今の内にどうにか邪魔しようと機会を窺っているのだろう。
でも公になっていないけど、俺は既にミーティア王女と書類上は結婚している。
つまり王族の縁戚だ。
そこに手を出したら重罪に問われるから、良からぬことを考えている連中は既に機会を逸しているんだけどな。
いずれにしても、対応が遅れてまた誰かが攫われるようなことになっても困るな……。
早めに処分するか……。
私の名は……生まれてこの方、ついたことが無かった。
組織の中では42号と呼ばれているが、それも組織に拾われた順番に過ぎない。
そう、孤児だった私は、組織に拾われた。
勿論組織は、慈善事業でそんなことをしている訳ではない。
拾った子供を暗殺者に仕立て上げ、裏世界の仕事に使う為だ。
しかも育成のコストはかかっているとはいえ、拾った子供だからいくらでも使い潰せる。
まともな扱いではない。
人間としては扱われず、ただの道具だ。
だから組織は私達を育てたが、育ての親とはとても言えなかった。
それでも私達は組織という狭い世界しか知らず、不満があっても組織に従わなければ生きていけない。
今回も組織から指令を受けて、その任務に従事している。
……とは言っても、私には暗殺者としての才能は無い。
ただ、隠形の才能はあったので、標的に気付かれないように監視し、情報を集めるのが私の役割だ。
標的は今度公爵になるとかいう、少女だった。
まだ幼い少女なのに公爵というのは、ちょっと意味が分からなかったが、外見だけなら確かに気品を感じる。
あんなに美しい人間を、私は見たことが無い。
こんな薄汚れた私とは、まったく別の人種であるかのようだった。
いいなぁ……私には無い物を、沢山持っていて。
でも、暗殺が成功すれば、あの子は全てを失う。
……そして失敗すれば、私達が全てを失う。
いや、成功しても……。
公爵になるような人を暗殺しようとして、無事で済むはずがない。
国は威信にかけて、犯人を捕らえようとするだろう。
その時、私達が逃げ切れるのか、それは分からない。
駄目な時は組織から、トカゲの尻尾のように切り捨てられるだけだ。
良くても、逃亡生活は何年も続くのだろうな……。
それでも、やらなければならない。
少しでも成功の確率を上げる為に、全力で……!!
ある日、標的がメイドと二人きりで、街に出掛けた。
日用品や食料の買い出しのようだ。
今は夕方。
人通りは多いし、暗殺には向かない状況だ。
だけどもう少し時間が経って暗くなれば、住宅街から離れた場所にある学園の周囲は、人通りが少なくなるのでチャンスが生じる。
幸いにも標的は、夕食をレストランでとり、帰りが遅くなりそうだ。
今晩が暗殺決行の日だ!
私は実行役を集め、その時を待つ。
彼らは手練れの暗殺者──。
夜の闇に紛れて音も無く近寄り、標的の命を刈り取る。
暗い夜道を帰ってきた標的は、今まさにそうなるところだった。
ところが──、
「!?」
何度か光が見えたと思った次の瞬間、実行役が全員倒れた。
何が起こったのか、それはすぐに分からなかったが、返り討ちに遭ったという事実だけは、徐々に飲み込めてくる。
でも、馬鹿な!
実行役は、暗殺者として一流──しかも闇夜からの不意打ち。
一般人が対応できるはずなんかないのに……!!
あ……あれは駄目だ。
我々の手に負える相手ではない。
私は身を隠していた物陰から静かに、それでいて可能な限り速くその場を離れる。
組織に報告を……いや、ただ私がその場から逃げ出したいだけだった。
今度は腰を痛めました……。




