裏切り
「終わりましたか、お嬢様」
「ええ、アンシー。
この人達は私の下で、働きたいそうです」
外壁の上から、アンシーが降りてきた。
普通にゆっくりと、空中に浮きながら。
なんとなく重力を制御しているっぽいが、どうなっているのかは俺にもよく分からん。
少なくとも俺の強化甲冑とは、違う飛行機能によるものだろう。
そもそも現時点でのアンシーは、まだ全性能を発揮したことがないからな……。
俺でもその全容は掴めていない。
本気になったらあるいは──。
「ご無事で何よりです」
アンシーは着地すると、俺を抱きしめる。
「せ、聖女様、この御方は……?」
俺の信者候補となる者達の1人が、問うてきた。
まあ、空を飛び、聖女と親しげなメイドとか、激しく気になるわな。
「私の世話全般をしてくれている人です。
私と同等以上の力を持っているので、彼女の言葉は私の言葉だと思ってよく聞くように」
俺の言葉を受けて、皆がざわめく。
それはアンシーが、もう1人の天使か聖女だと言っているようなものだからなぁ。
「そういえば……壁の上にいたメイドらしき者が、凄まじい攻撃をしてきたような……」
あ、普通にアンシーと戦った者もいたか。
ならばその強さも、実感できているだろう。
というか、ベッドの上では俺も負けるし、ある意味最強よ?
「ほう……お嬢様が聖女。
よく分かっていますね。
正しい見識を持っています。
ただ、あなた達は敵国の人間であり、どんなに品行方正を心がけたとしても、よくない扱いを受けることもあるでしょう。
それでもあなた達は腐らず、お嬢様に忠義を尽くす覚悟はありますか?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「よろしい、決してお嬢様の名に傷を付けないように」
アンシーのノリが練兵をしている軍曹のようだ。
まあ、彼女の言っていることは、俺に「迷惑をかけるな」だし、今回の戦功で俺も陞爵するから、家臣の規律を引き締めてくれるのはありがたいが。
立場が上になるなら、下の管理もしっかりとしないとな。
とはいえ、まだミーティア王女達に、教国の者達を雇うことについては話していない。
もしかしたら反対されるかも……。
その辺の話が纏まるまで、彼らは砦の外で野宿でもしてもらおうかな。
まあ、最低限の食料や毛布は、俺が自腹で仕入れて提供するが。
で、王女やマルドー辺境伯との話し合いの場を設けた訳だが……。
「捕虜は取らないという、話だったのではないか?」
と、王女に突っ込まれた。
「捕虜ではありません。
彼らは私の配下になりたいそうです」
「待て待て、そいつらは大丈夫なのか?
その……スパイとか……」
辺境伯の危惧も分かる。
信仰に縛られた教徒が、簡単に教徒を裏切り、私に付くとは簡単には思えないだろうからな。
だからこそ彼には、証拠を見せなければ納得はしないだろう。
「大丈夫です、選別は済んでいます」
「選別とは……?」
「そうですね。
この剣で、私へと斬りかかってみてください」
「は!?」
「なにを言うのです!?」
と、辺境伯へ、「空間収納」から取り出した剣を手渡す。
辺境伯や娘のコリンナは戸惑う。
ただ王女は興味深げに見ているだけで、口出しはしなかった。
「大丈夫です。
私に害はありませんので。
寸止めも不要ですよ」
そう、言い聞かせる。
「ほ、本当だろうな?」
「本当です」
辺境伯は意を決して、上段に剣を構える。
そしてそれを振り下ろした。
狙っているのは、左手だな。
万が一の時には、致命傷を避ける為だろう。
でも、不要な配慮だ。
「なっ!?」
斬撃が俺に当たる前に、剣が消失する。
「これは……!?」
「このように、私が作った武器は、私に害意を向けるなど、特定の条件を満たせば、消えるなどの反応が生じるように設定できます。
教国の彼らには、全員この能力で私に害意が無いことを確認しています」
「そんなことが……。
え……可能なのか?」
辺境伯は実体験してもなお、まだ半信半疑の様子だった。
しかし──、
「たった1人で、教国軍を追い返したそちならば、可能なのだろうな」
王女は納得してくれたようだ。
「しかしあれだけの人数を、何処でどう養うつもりなのだ?」
「ああ、それなのですが、私が陞爵したら、領地をいただけませんか?
そこの領民にしようかと。
それが駄目なら商会の従業員にして、各地に支店を作ってそこで働かせます」
「なるほど、分かった。
一応、国王陛下には報告を入れさせてもらうよ?
陛下が駄目だと言ったら駄目だからね」
「はい」
その時は魔族のマグエアルに土地を借りて、そこに住まわせるかな。
ともかく、話は一応まとまった──そう思ったその時、
「閣下、襲撃です!!」
伝令が飛び込んできた。
「なんだと!?
教国軍は撤退したのではないのか!?」
「そ、それが……砦の後方から!!
ランバート伯爵の軍だと思われます!!」
そういえば、辺境伯を裏切った奴がいたな。
しかし今頃か。
もう遅くね?
いつも応援ありがとうございます。