第40話 エスカの庭師たち【メイル目線】
魔法の剣が降り注いだのは、メイルたちにも見えていた。
メイルとしては少し迷ったものの、マジックとライラの主張により、潜入から電撃戦に切り替えることとなった。
戻って合流するよりも、迅速に制圧したほうが安全との判断だ。
センブラ伯の王都別邸まで鉄板で辿り着き、庭に降りる。
古くから王家に忠誠を誓い、譜代と名高い家だけあって……ここはいくつかの隠し通路の出口となっている。
そのうちの一つが、学園裏手に繋がっているのだ。
作戦はいたって単純。
まずはここから学園に向かう。
そして敷地に入ってすぐ大規模な眠りの魔法を使用し、人質ごと制圧する。
魔力の高いものは抵抗するだろうが、これについては追い立てて逃がす腹積もりだ。
メイルたちの目標は、あくまで学生たちの解放。あとは王家や騎士団の仕事である。
邸宅の庭木に隠された出口から、石造りの地下道に入る。
意外に広く、メイルでも屈まずに進むことができそうだ。
先頭は……案内人を務める、ライラ。彼女はこの道を使って逃がされたらしい。
マジック、ガーデンが続き、最後はメイルだ。
消えてしまったメリーは……おそらく、エスカに合流しているはずである。
エスカは携帯食料を持たされている。それでメリーがまた出られるはずなのだ。
マジックが魔法をばらまく。いくつかの明かりが浮かび上がり、一同を追随して照らす。
メイルの従士たちも小器用な方だが、ここまで豊富に魔法を使いこなすことはできない。
メイルも少しずつ学ばせてもらっているが、まだまだ途上だ。
進むのかと思ったが……明かりを頼りに、ガーデンが何かを見ている。
「どうだ、ガーデン」
「……ライラちゃんが通ったっていう日から、ここには誰も入ってない。間違いないよ」
地面に少し触れ、彼女はそう断言した。
「伊達に土いじりが得意な奴じゃないんだよ」
マジックが自慢げにメイルとライラに向けて言うが、そういう問題だろうか。
メイルは思わずライラに目を向けて。彼女もこちらを向いていて、目が合って。
……逸らされた。
思いっきり、嫌われているようだ。
初対面のこともあるし、先の……問われた覚悟のこともある。
『ハッピー』たち、七種の外世界存在。
エスカやメリーたちはその一種であり、さらに敵たるものが……本来メイルの妻になるはずだった人。
情報量が多かったこともあり、メイルは未だに消化しきれていなかった。
エスカ以外に心惹かれるなどあり得ないと、そこまでは断言できる。
問題はその先。説明してくれたマジックは、こう告げた。
先の竜退治の折、エスカは『幸運な嫉妬』を取り込んでしまっている。
その影響で……メイルを愛せない、と。
気持ちが傾くと、強い嫉妬に蝕まれて自我を失う、とまで言われた。
メイルは揺れた。
そうまで想われていることに喜び。
彼女の苦しみに、心が痛み。
何もできない自分が、歯がゆかった。
『嫉妬』を何とかするまで、メイルがエスカに直接できることは、何もないのだそうだ。
彼らを信じてはいるが……気が逸る。
「ここから出て、下手するとすぐ人がいる。準備はいい?
――――特に、メイル様」
声をかけられ、メイルは奥を見た。
小さな階段を登りつつ、蓋をしている天井に手をかけたライラが、こちらを見ている。
彼女の赤い瞳が、幾つものことをメイルに問いかけている、ようで。
「造作もない」
メイルはそのように答えた。
そしてそのまま、言葉を続ける。
「僕を悩ませるのは、エスカだけだ。些事を片付けよう」
「……奇遇ね。私もお姉ちゃんのことで頭がいっぱいなの」
彼女はぐっと力を込め。
分厚い石の天井を、持ち上げ、放り投げた。
地上への出口が開き、風が吹き込む。
「行くわよ! 寄ってくるのは私に任せなさい!」
ライラが勇ましく駆けあがる。
マジックとガーデンが続き。
メイルも、一足飛びに地上に躍り出た。
まだ夜闇が深い。だが、いくつか松明の灯りが見て取れた。
意外にも敵はちゃんと統率がとれており、かつ夜の番も組まれているようだ。
事前に収集された情報通りとはいえ……彼らも魔物相手に長年戦ってきた者たちのはず。油断ならない相手だ。
ライラが素早く駆け寄り、幾人かを殴り飛ばしている。
マジックが空に向かって、本を放り投げる。頁が分解され、紙が舞う。
メイルが天に両手を掲げると、紙がさらにわかたれ、無数の花びらとなった。
「よし、こっちもいいわよ。頼むわね? 花の魔法使いくん」
何度か地面を踏み鳴らしたガーデンが、メイルに向かって器用に片目をつぶって見せた。
メイルは呼吸を整え、一言呟く。
「『迷いの花園』」
大地が轟音を立てて大きく揺れ、無数の植物が地面から噴き出した。
芽吹いた木々はあっという間に成長し、高い生垣になっていく。
そして10mの高さにそびえ立ち、迷路状に広がった後……その先端に花をつけ始めた。
広く芳香が、学園中ばらまかれる。屋内屋外問わず、すべてを浸食していく。
ガーデンとマジックの魔法にメイルのものを繋げ、展開した大魔法。
とんでもない鎧の魔法を使っていただけあって、メイルは規模の大きいものほど得意だった。
そう遠くない場所から、人の倒れる音が聞こえ始める。
火の手が上がる様子も見えるが……この生垣は魔法だ。燃えることはない。
「……思ったよりかかりがいい。このまま行くとしよう」
マジックとガーデンが頷く。
ふとライラの方を見ると……また目が合った。
しかし、今度は目を逸らされず。
「いい仕事ね、子爵様」
そう挑戦的な口調で、煽るように言われた。
メイルは、自然と笑顔になった。
似ている、と。そう思ったからだ。
嫌われているようではあるが。
メイルはこの少女が、エスカの妹が、好ましく思えていた。
何よりも。メイルは初めて会った時から、認めているのだ。
エスカを見据え、毅然とメイルに立ちはだかった……この令嬢を。
「この程度できなくては、エスカに……そして君にも、顔向けできない」
ライラは目を瞬かせて。少し不思議そうな顔をした後。
「それを言われては、私も励まなくてはならないわね。
さっさと合流しましょう!」
楽しげに述べて、口角を上げる彼女の顔は。
血縁よりもよほど強く、エスカとのつながりを感じさせた。




