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第4話 エスカの嫁入り

 エストックの見ていた手紙は、彼が幾度か出していた、娘を嫁にどうかという話の……返事だった。

 エストックは良い年の娘、ライラの嫁ぎ先を探しており、エスド子爵メイル・ウィンドにも手紙を送っていた。

 子爵の返答は簡潔。「エスカ」嬢ならば、話を受けよう、と。


 リンカとダイナが、同時にエスカを見る。


「どうして! いえ、そもそもなぜ子爵様が、これのことをご存知なの?」


 義母がいきり立ち、ソファーから腰を上げてエスカを指さす。


 エスカは当然だが、社交の場になど出ていない。

 彼女の存在を知っているのは、縁あって直接手紙のやりとりをしているような者だけだ。


 エスカの記憶には、メイルの名といくつかの特徴、エスド領の位置や情報などがある。

 そもそもメイル宛ての「娘を嫁にどうか」という手紙だって、エスカが代筆したものだ。

 だが直接は縁の無い相手で、間違いない。彼は騎士だ。文の交流を嗜む人物ではなかった。


 エスカはだんだんと事態が飲み込めて来て、背中に嫌な汗をかきつつあった。

 知らない人が、自分を嫁にと請うてきた、と。なんだそれは。意味がわからない。

 確かに手紙には、ライラを嫁にと書いた記憶がない……エストックの指示がそうだったからだ。


 だが。だからってなぜ、エスカを指名した返事が来るのか。


「さぁ、なぜだろうな。噂になっているからじゃないか?」


 当主が息子を見る。ダイナは肩を竦めた。

 エスカも察しがついた。社交の場で、エスカのことを面白おかしく吹聴したのは、彼だ。

 エスカは自分のいないところでも嫌がらせに余念のない義弟に、心底嫌気がさした。


「噂? そういえば、ロイズは化け物を飼っているのか、などと。失礼な物言いの方がいましたが」


 夜会か茶会での出来事を思い出したのか、リンカは憤懣(ふんまん)やるかたないという様子だ。

 エストックは頷き、ダイナに言葉を向ける。


「そういうことだリンカ。ダイナ、王都行きは自分で見繕い、リンカを案内するように。

 子爵殿のご厚意で、この件の始末はつく。それで良しとしよう」


 当然にそのような噂が流れれば、家の評判には傷がついただろう。

 エストックは冷静だが、声音は明らかに息子の軽挙な振る舞いを咎めるものだった。


「…………はい、父さん」


 慇懃に頭を下げるダイナには不満らしきものが滲んでいるが、エストックはさして気にも留めず、エスカの方を向き直る。


「お前はエスド子爵……メイル・ウィンド殿に嫁ぐ。今日、すぐに向かわせる。

 多少は包んでやるから、恩を返せ。ロイズの役に立て。良いな」


 エスカは不思議な話を聞く心地で。しかし念を押されたので、特に感慨もなく礼をとろうとし。


 惑って、動けなくなった。


 殺されるかと思ったのに、嫁に行く?

 ここから出られる?

 あの小屋から、追い出されて、しまう?


 ゆっくりゆっくりと、エスカの頭に殴られたような衝撃が、浸透してくる。

 冷静に考えれば望むところな話のはず。だが気持ちで言えば、異議を唱えたい。


 しかしエスカが否と言えば、死は免れないだろう。

 エストックは彼女を害することに、何の感慨も抱かない。

 逆らえば、容赦なく罰を下し、エスカが死ぬまで痛めつける。


 死にたくはない。

 だが急激な変化の兆しに、心が怯える。

 混乱するエスカの耳に、ダイナの声が追い打ちをかけた。


「父さん、エスド子爵は『鬼』って呼ばれる怖い騎士様らしいね」


 エスカの肩が、ぴくりと震える。

 確かに、彼はそう評される人物だと、エスカの記憶にもあった。

 勇猛果敢で、敵に容赦がない、と。武勇に優れるがゆえ有名だが、印象が良いとは言い難い。


 あの小屋から追い出され、しかも嫁ぎ先で、もっとひどい目に遭うかも、しれない?

 嫌な想像が頭をよぎり、動悸が激しい。めまいまでしてきそうだ。


 ダイナはそんなエスカの様子を見逃さず……満足げな、いやらしい笑みを浮かべた。


「まぁ! そんなところにライラを嫁にやろうとしていたの!?」

「嫁の来てがなく、黒い噂もなく、与しやすい。

 おまけに子爵殿のお父上は、譜代たるセンブラ領の伯爵様だ。

 本人の評判を除けば、良い嫁ぎ先だと考えた」


 エストックの答えは「家のために」良い、という部分を省いたものだろう。

 エスカは、父がライラのことも道具としか考えてないことを、知っていた。

 だがそれよりも今は、自分のことだ。


「まぁ、()()が役に立ってくれそうなのだ。良い結果におさまったと思ってくれ」


 父はエスカの名を呼ぶことは、ない。

 自身と響きの近いその名を、彼は大層嫌っていた。


 一方エスカの胸の内には、強い不安が去来していた。

 鬼の騎士。人をとって食うのだろうか。

 殺されたことはあるが、食われたことはない。


 口を引き結び、震えそうになる体をおさえる。

 エスカは文を書き続けたせいか、想像力は豊かな方だった。

 自身の悪い妄想に、とり殺されそうになっている。


 行かねば、殺される。

 行ったら、とって食われる。


「用向きはそれだけだ。行け」


 当主はそれだけ言うと、エスカからは関心を失ったようで、別の手紙を見始めた。

 にやつく義弟と義母の視線を受け、エスカの背に怖気が走る。


 思わず、エスカは口走っていた。


「ぃや、です」


 リンカとダイナは目を細めた。面白い見世物を見たかのように。

 エストックは、瞳をぎらつかせ、静かにエスカを見据えた。


 睨まれても、エスカは力なく首を振るばかり。


 エストックは盛大にため息をつく。

 エスカは直感した。

 殺される、と。


 だがエスカは動けなくなっていた。

 あの小さな世界から追い出されることに、強い未練を感じていたからだ。

 別れは済ませてきたはずなのに、彼女はあの場所に強く執着していた。


 いっそ、もうここで終わろう。そう覚悟したとき。


「そうだ父上! あのボロ小屋、燃やしませんか?」


 ダイナが指を慣らし、得意げに言った。

 瞳を大きくして彼を見るエスカの思考に、さらなる空白ができる。


 もやす? こや? どこ?

 私の、世界を、燃やす?

 なぜ? 理解、できない。


 一方のエストックは、エスカとダイナを一瞥し。


「資料がある。物を外にだし、燃やせ」

「よし! おい、すぐに準備しろ」


 控えていた使用人に、ダイナが命じる。

 幾人かのメイドが、部屋を出ていった。


「ま、て」


 エスカの口が、力なく動く。


「なんで。まって」


 重ねて言うも、誰も聞いた様子がない。


 否。

 一人だけ。

 ダイナがそっと、エスカの横から近づく。


「踏ん切りつかないみたいだからさ。背中を押してやるよ」


 エスカは首を回し、義弟を見る。

 信じられないものを見る、エスカの目。

 そこに、嬉しくてたまらないという様子の、ダイナの瞳が映る。


「俺たちの世界から、出て行け」


 それが引鉄となり、エスカはダイナを突き飛ばし、走り出した。

 開いたままの扉を潜り、廊下に出る。


 部屋の中から、義弟の哄笑が響いてきて、それが頭から離れなくて。

 エスカは一刻も早く、屋敷から出たかった。

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[一言] 割とこの当主謎だな行動が(わざわざ連れ子を連れてくるなのに殺す程度に重視しない
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