-1- Level─計測不能
更新頻度はあまり高くないと思いますが、楽しんで読んでいただけると嬉しいです。
「いいです、ロザリンド・ガルシア。貴女は悪役令嬢アズサ・アキカワ様の子孫。それなのに、殿下を惚れさせないなんて、許されなくってよ?」
「は、い」
「もっとしっかりと返事なさい?」
「は、はい」
「…全くこれでは、いけないわ──でも、そんな悪役令嬢も良いわね……ロザリンド、貴女は絶対に善役令嬢になってはダメ」
「善役令嬢…ですか?」
「あたくし達のお祖母様は悪役令嬢から善役令嬢に成り果てたわ。良い子のように、無害な子猫のように、当時の殿下に付け入り──婚約者に毒を盛られたの」
ヒッ、とロザリンドが息を呑むが、姉のクローディアはお構いなしに話し続ける。
「そして…行方不明よ。だから、貴女は誰にも見くびられない令嬢になりなさい」
クローディアは桃色の瞳で臆病な妹を見る。何時だってそうだった。生まれたときから、何歳になってもロザリンドは人の顔を伺って生きてきた。
ロザリンドにクローディアの様な美しい威厳はない。
付け入られそうで、脆く──可愛らしい。
(なんっっっって可愛い妹なのでしょう?まるで、元祖悪役令嬢のアズサ・アキカワ様のよう。それでも、アズサ様は色々な方に愛されるという、悪役令嬢のゴールとも言える完璧な溺愛されっぷり。あぁ、いつかロザリンドがあんなふうに可愛がられる可能性があるなんて考えるだけで、飛び跳ねたくなるわっ! それに、この威圧的な態度のなさ…これがとんでもなく可愛いのっ! はっ、殿下を早速見定めて、ロザリンドに値する人間か──早速接触しなくてはっ!)
クローディアの頭の中では妹への愛と、時期婚約し殿下(予定)への関心で満たされていたが、彼女の顔は憂鬱で儚げでいて、燃えるような──そんな表情だった。
クローディアにはすでに婚約者がいるので、殿下に愛される必要などないのだ。
その様子を『きゃあああぁ───!』と叫びながら見るものがいた。
ガルシア家の淑女の憧れの的 アズサ・アキカワだ。元々は大好きな乙女ゲームに転生し、攻略対象と会話していただけで、死後「あのアズサ・アキカワ様」となっているのだ。
『なっ、なっ、何が起こってるの? え、待って。いつの間にそんなことに? え、あれ、溺愛ルート入ってないよなぁ?』
伝説の悪役令嬢もお困りの様子。それでもアズサの脳内に流れ込んでくるクローディアの妹愛はさながら洪水のよう。
『じょ、情報が多いよ?! いやっ、でもっ、ロザリンドちゃんは可愛いし……っじゃなくて!』
ブンブンと首を振って、アズサの霊はふよふよと、ロザリンドに近寄る。そして、とびきり美しい顔と、鈴のような声で言った。
『困っているのなら、このアズサ・アキカワがお助けしますわ。ロザリンド様?』
そして『やってしまったあああぁ』と声を漏らすのだった。
「ん…え……ぇ? アズサ…様? 気のせいだよ。うん……うん……うん……違いない」
「なにをいってるんてすの?早く行きなさい。御者を待たせているでしょう?早くついて、ルームメイトの方にご挨拶なさい?」
「あぅ………がん、ばり、ますっ」
「よろしい──あぁ、お母様から? ……ロザリンド、殿下を籠絡せよ、とお母様からよ。まったく、ロザリンドはできる子だもの、ねぇ?」
扇子を口元を覆いながら、口端だけ覗かせる。ニヤリとクローディアの口角が持ち上がる。
「…………えっと、一応期待、して、おいてください」
「まぁ、楽しみにしてますわ」
ロザリンドは、クローディアがこれから行く学園の三大美女の一人ということを、まだ知らない。
「あぁ、あとから追いかけますわ。ロザリンド、行ってらっしゃい」
「はっ、はい」
ロザリンドは右足と右手が同時に出ていることにも気づかず、馬車へ乗り込んだ。
「お、お願いします。セレスティア学園まで、です」
「はい、ロザリンドお嬢様」
(わたしがお嬢様!?)
ロザリンドは御者の返答にあたふたと慌てふためいて、首をゆるゆると横へ振った。
(わたしは、悪役令嬢として殿下の婚約者にな………なれるかな?)
『自身をお持ちになって、ロザリンド様?』
「きゃっ、ひゃっ、あわわ……!?」
アズサが独り言を零すと、ロザリンドは変な声を上げてカタカタとうずくまる。『変なスイッチ入っちゃったあああぁ』とアズサが絶叫を上げると、ロザリンドは「きゃあああぁ」と悲鳴を上げた。
「お、お嬢様?! どうなさりましたか!?」
「……いえ、なんでも、ないと信じたい…です」
「…? 分かりました。何かあったら呼んでくださいね」
御者が去ると、ロザリンドはまた一人(変な声付き)になってしまった。
『ごめんねぇ………驚かせるつもりはなかったんだけど………………』
「ど、ど、どなたです……か?」
『はじめまして、アズサ・アキカワです。アズって呼んでね〜』
「へ? ……………アズサ様っ!?」
ロザリンドは馬車で読むために、手に持っていた本を落とした。そして、足にぶつけた。とても痛い。