97.禁書の棚の絵本
「テオ、怪我は!?」
「いや、特には。···というかアンデットを消し飛ばしたが、良かったのか?」
「いや、あんなもの生かしておいて研究する方が危ないからね。そもそも消し飛ばしたのは僕だし、誰も文句は言わないよ」
さらりと答えるルークは、あれだけの高密度な魔力を放ったにも関わらずまったく疲れを感じさせない。
(それにさっきのアンデットの攻撃方法について、それに対する反撃の的確な指示もなんだったんだ?)
アンデットなど、この世界では都市伝説にしか過ぎないはずだ。そんな中、ルークはテオが斬りつけた際に出た黒い血液を見て、こう指示を出した。
『黒い血液が出ている時は紛い物だよ。アンデットはありもしない、その人が1番恐れる紛い物の記憶を見せて攻撃してくる。···アンデットは別名でナイトメアとも呼ばれるぐらい、酷い記憶を見せるらしいから、どんな人間であれ少なからずショックを受けるだろう』
『ルーク様、なぜそのような事をーーー』
『恐怖に飲まれて動けなくなった瞬間を狙って本体が出てくる。本体は、赤い血液をしているんだ。シリルはテオの動きが止まったら、大声でテオの名前を呼んで気を引いて欲しい。ルードルフはその隙に頭を狙える?その後、すぐにテオに横に飛ぶように声をかけて』
『いや、そこまで言うならそもそもルークが声をかけた方が早いんじゃーーー』
そう言いかけると、にっこりとルークが微笑んだ。
『僕は魔力で、本体を消し飛ばすから。少しでもズレてテオごと消えたら困るんだ。だから頼んだよ、2人とも』
(···まるで、アンデットに会った事があるような的確な指示だった)
あの時は時間もなく、その指示から数秒も経たない内にテオの動きが止まり、地に倒れていたはずの体がまるで釣り上げられたマリオネットのように起き上がった。それを見たシリルが大声で叫んで、頭を撃ち抜き横に飛べと叫んで。
アンデットはルークが放った強力な魔力の光により、何の跡形もなく消し飛んだ。先ほども相当な魔力を使ったと思うのだが、一体どうなっているのだろうかと不思議に思いながらボウガンを下ろした。
「それにしても、彼女を抱えたままボウガンを撃つとは思わなかったよ。さすが砦で副隊長をやっているだけの実力はあるね」
にっこりと笑顔をこちらに向けながらそういうルークに、苦笑を返すしか無い。ルークの指示が無ければ、おそらく消し飛んでいたのはアンデットではなくテオの方だと肌で感じたせいだろうか。
ルークは何を知り、この世界のどこまでの事を理解しているのかーーー敵であれば絶対に相手にしたくないタイプでおり、味方であることに心の底から安堵する。
というか、抱えたままと言われてもそもそも自分が気を失わせた以上はアリシアをどこかに置いておくわけにもいかないし、抱えている以外どうしようもないだろうと思うのだが。
「お褒めいただき、どうも。本当のこと言うと、アリシアは遠い場所にいて欲しいんだけどな」
「呪いの性質上、難しいでしょうね。たとえ世界の裏側にいようともこちらへ来るでしょうから」
「ちなみに、そういう場合はどうやってくるんだ?」
「ありとあらゆる手段を使って、ですかね。実際この呪いは禁呪ですし、かけた本人への負担も相当なものです。···死してなおも死ねない、口頭でしか伝わってこなかったアンデットになるぐらいには、ね」
「···あんな生き物がうじゃうじゃいたら、洒落になんねぇよ。アンデットが都市伝説みたいな扱いなのは、あの呪い自体が禁呪だからなのかもしれねぇな」
「···おそらく、そうでしょうね。ですから、殿下がおそらく魔物になったのはあの忘却の魔法を使用し、解かれた時の反動でーーー」
「···ちがう。ルーカスがあぁなったのは、彼が生まれた方法が特殊だったから、よ」
「っ、アリシア!?嘘だろ、もう起きたのか!?」
本気で気絶させたのにまさかこんなに早く起きるとは思わず、無意識に彼女を抱えた腕に力が籠もる。
「···ルードルフさん、痛い」
「っ、悪い!え、でもなんでこんなに速く···本気で叩いたのに···」
腕の中で苦笑するアリシアが、降ろして欲しいと言ったため1度地面へと彼女を降ろした。先ほどまでの虚ろな瞳ではなく、しっかりと話すその様子と透き通った桜色の瞳を見ていると呪いが解けたのではないかと錯覚しそうになる。
(あんな短時間で呪いが解けるわけがないのに)
「あれだけ強い魔力を感じたら誰でも起きるよ。···シリル?」
「···アリシア、様。生きて、いらしたのですね」
「···うん。覚えていてくれたんだね」
「再会を喜びたいところですがーーーアリシア様の呪いは未だに解けていません。きっと今はっきりとした意識があるのも、呪いをかけた張本人が死んだ為に、少しだけ呪いが弱まったからでしょう。···時間がありません。アリシア様、殿下が生まれた方法が特殊だった、とは一体どういをうことです?」
「ルーカスは、普通に生まれてきた訳では無いの。彼は、何百という人間の生贄を捧げて生まれたーーー魔物の王となる為に」
「殿下が···魔物の王?聞いたことのない言葉だな」
「でも、王妃はたぶん子供が欲しかっただけだから···自分達が本当は『何』に手を出したのかなんて、分かっていない···本来なら彼は、8歳になったら仮死状態になって、その間に北にある魔物の森に置いてこなければいけなかったの。結局、そうやって生まれた人が『魔物の王』と呼ばれるというだけで、その存在が何をするのか、どんなことをするのかも私も分かっていないけれど···」
そう言ったアリシアの横で、ずっと俯きながら黙っていたルークが顔を上げた。
「魔物の王は、厄災を呼ぶ」
「···え?」
「···そんなのただのお伽噺だと思っていたけれど、それこそ同じアンデットが出てきた以上は信じるしかないだろうね」
「ルーク。さっきのアンデットの対処法と言い、魔物の王の事と言い、その事をどこから知ったんだ?」
敵ではない。だがいくら王族であると言えど、転生者でもない人物がこんな情報を知っているだろうか?
「ルーク様は、あのアンデットの倒し方を知っていたのですか?どうやって···」
テオが驚いたようにルークを見ながらその金の目を見張る。シリルもそのペリドットの瞳をそちらに向け、同様にルークの言葉を待っているようだった。その視線を受けたルークが、息をつき空を仰ぐ。
「そうだね、どこから話せばいいのかな。王家の禁書にね、そこにあるには似つかわしくないーーーまるで絵本のような本が1冊あるんだ。まだ当時子どもだった僕でも、絵本だと勘違いして手にとって読んでしまうような本だった。本のタイトルは名前は、『歪んだ冠のアリス』」
ーーー歪んだ冠のアリス。
その名前に、自身の心臓がドクリと音を立てたのが分かった。
(···まさか、ここに存在しているわけがないのに)
なのにそのタイトルが、どうして王家の禁書である本に書かれているのだろうか。
「最初はアリス姉さまと同じ名前の本だな、ぐらいに思って手に取ったんだ。その本だけ、不自然なほどに周りの本に比べて浮いていたのもあるし」
「···その本の、中身は?」
「随分と昔に読んだきりだからそこまで詳しくは覚えていないけれど···アンデットの事と、魔物の王についての話が絵本のような物語調で書かれていた。アンデットがどうやって攻撃するのかも、元になった魔物の王がどうして生み出されて、何をするかも書かれていたんだ」
「何が書かれていたのですか?」
「最初に言っておくけれど、あくまでもその本は絵本でしか無くてね。本当にあった事なのか、どのくらい昔の話なのか、そんな情報はなくその書かれていた内容もあやふやで信憑性はゼロに等しかった。でもそんな物語はそこ以外で読んだことはないし、聞いたこともない。それに、もしも本当にただの絵本であれば、なぜそんな本が王家の禁書の棚に置かれているのか説明がつかないだろう?」
「それは···そう、ですね」
「まぁ、そんな冗談みたいな内容が現実になってしまったわけだから、もっとその本の内容を詳しく思い出すべきなんだろうけど。今さら城の中に突入するわけにもいかないから、あの本を持ってくるのは難しいな」
「······」
このゲームのタイトルにもなっている本が存在している?
(その本、絶対に何か他にも大切な事が書かれているんじゃないか?例えばーーー)
「···歪んだ冠」
このゲームのタイトルにもなっている、冠についての記述はなかったのだろうか。
「歪んだ冠?」
「その本に、冠についての記述は無かったのか?」
「···歪んだ冠···?あ、そういえばもう一つそんな物語があったような気がする。絵本のタイトルにもなっている、歪んだ冠のアリスという話。その物語は結婚したいと思う白い女性に冠を載せるという話だったけど、その冠は真っ黒で歪んでいる形をしていたんだ。···なんだかそのシーンで違和感のある言葉があった気がするけど、思い出せないな···」
真っ黒で歪んでいる形の冠を、白い女性に載せる。
(完全にゲームの内容の通りの話だな。そのシーンでの違和感···何かあったような気がするが、思い出せない)
「まぁ、その本があったから僕は何をすべきか分かったって事だよ。そろそろ話を戻そうか。アリシア嬢の話の通りなら、実際ならば8歳からやらなければいけなかったものを、兄は放棄してきた訳でしょう?···そんな話をするということは、今までは君がその役割をしていた、という解釈であっているのかな?」
どこか青い顔色のまま、その問いに頷くアリシア。
「本来ならば魔物の王は男性しかなれない。それはあくまでも、『王』という立場からだろう。···それなのにも関わらず、あの人達は兄の役目を女性である貴女に押し付けたのか」
(···え?)
「···私は、体が弱かったから。だからきっと、これを移してもすぐに死ぬとーーーこの移された魔物の王である印ごと死ねば、ルーカスは無事だと考えた···」
淡々とした声に、彼女は口を開くこともなくーーーただ、苦しげに俯いた。あのアンクレットがそれだとしたら、それが外された今、彼女の体はどうなっているのだろう?
「さっき、仮死状態になったら魔物の森に置いてくるって話をしていたけれど。それはどうしてなのか知ってる?」
「そうすることで、『人間の皮を捨てる』必要があるのだと王妃が話していたわ」
「人間の皮を捨てる?」
その言葉に、随分と奇妙な言い方だと思った。皮を捨てる、ということは先程のアンデットのように人間ではなくなるーーーそんな意味合いなのだろうか?
「···人間なのは、見た目だけ。中身が人じゃなくなるの」
ぽつりと呟かれた言葉に、一瞬場が静まり帰る。
「アリシア、それはどういうーーー」
「死ねなくなるの」
「···死ねなく、なる?」
「どれだけ寒くても、凍死もしない。どれだけお腹が空いても、高いところから落ちても、痛くても、飢えて死ぬことすらないーーー死にたいのに、死ねない体になる」
ポツリと呟かれた言葉に、背中が冷えた。何をしても死なない体なんて、もしもその話が本当なら魔物の王はどうやっても倒せないということになる。
(そんな冗談みたいな話があってたまるか)
普通の魔物ならば刺して殴れば、いつかは死ぬ。だがその魔物の統率者である王とやらは、何をしても死なないなんて。そんなのどう考えてもチートでしかないだろう。
「···本格的に、あの本を取り戻す必要があるみたいだね」
その本に、何が書かれているかは分からない。そもそも、倒し方が書いてあるのかすらも怪しいところだ。だがそんな不死の化け物を倒す方法なんて思いつかないし、何よりアンデットの倒し方が書いてあるのだとすれば、何かしらの魔物の王に対する対抗手段も書かれているかもしれない。
ルークの言う通り本に何かしらのヒントがあると信じて、城の中に戻りその禁書にあるという本を探し出すしか無いだろう。
「いつ城が崩壊するかも分からないし、いまは大人しいけれど、あの兄がいつ暴れだすかも分からない。分の悪い賭けだとは思うけどーーー協力、してくれるかな?」
その問いかけに反対するものは、誰一人としていなかった。




