95.首無しの悪夢
青い空、紅葉した木々。
久しぶりに見た雪景色ではないその光景に、思わず目を細める。
(···そうか。もう王都では秋なのか)
気候の関係で1年中冬しか存在しないあの場所では、季節を忘れてしまうのだと改めて思い知らされたような気がした。
手にしていた日記は邪魔なのでポーチに放り込んでおき、辺りを見渡す。人は騎士団や兵士達は残っているものの、他の使用人等は見当たらない。おそらく全員避難したのだろう。残っている者も数が少ないところを見ると、避難誘導にあたっているはずだ。
(正直、どこまで避難させれば安全なのかは分からないが)
最悪の事を考えれば城下町に住んでいる国民の避難も必要になるかもしれないが、それは国を守る王族のルークが考えることであり、こちらが考える事ではないだろう。
今はアリシアにかけられた呪いを解くほうが最優先だと頭を切り替え、お目当ての人物を探していると、テオから声が掛かる。
「イバリア。誰か探しているのか」
意地でもこちらの名前を呼びたくない、そんな雰囲気を感じ取り苦笑交じりに声を返した。
「あぁ、シリルを探してる。アリシアについて相談しないといけないからな」
「···アリシア様は、アリス様のご姉妹···なのか?」
「あぁ。ヴェリア嬢の姉に当たる人だよ」
「姉に···1度もそんな話はアリス様から聞いたことがなかったが、ここまで似ていたら疑いようがないな。シリルはおそらくあちらの方にいるだろう」
テオが指さした方向を見ると、部下達に何か指示を出している男がいた。
焦げ茶色の髪に、深いペリドットのような深緑の目。間違いなくあの男がシリル ・スチュアートだろう。
(···なんつーか、ルークもそうだったけどシリルもゲームの立ち絵そのままだな。テオはなんとなく荒れている感じがしたせいか立ち絵そのもの、っていうイメージじゃなかったのもあるが)
彼女が先生と呼んでいた人物であり、おそらく1番呪いについてもくわしい筈。
こちらの一方的な顔見知りではあるものの、もはや転生者というゲームの設定上知っているのか、本当にシリルと知り合いなのかが曖昧なほどにぼやけた記憶しか残っていない。
俺がシリルに近付くと、向こうもこちらに気がついたのかその瞳をこちらに向けてきた。
「シリル、だよな?」
「···あなたは、」
「この際、俺のことを知ってようが忘れてようがどうでもいい、それよりもアリシアについて話がある」
「ルードルフ・イバリア···?」
名前を呼ばれてやはり知り合いだったのか、と少しだけ困惑したものの、名前の最後が疑問形であることからおそらく向こうもこちらの存在を知っていただけの様子が見て取れた。
「さすが知識人。その様子見る限り、シリルもアリシアを知っているんだろ?なら話は早い。彼女はあの女に呪いをかけられた」
ペリドットのような瞳が、こちらを見る。その目は、自分の腕に抱かれたままのアリシアに向けられていた。足首には未だに生々しい抉られたような傷跡が残っている。
「呪い、ですか。それはどのような?」
「ルーカスの目の前で、自殺する呪いだ」
それを聞いたシリルの目が見開かれた。
「っ···!!だから彼女があんな姿になっていたのか!」
あんな姿。
あまり意識はしていなかったが、確かにマリアナの姿はゲームの立ち絵とは掛け離れた容姿になっており、白髪交じりの艶のない黒髪に白く濁ったようなピンクの瞳をしていて、顔も老婆のような姿になっていた。
あの時取り逃がしたのが酷く悔やまれる。本来ならば、生きたまま罪を償わせるべき相手だったというのに。
(おそらくもう、生きてはいないだろう)
あんな状態のルーカスに向かって走っていったのだ。生きているはずがない。
「···先ほどはすみませんでした。何も動くことができずーーーあの時と同じでした。アリス様が断罪された時と同じ様に、私は『また』動けなかった」
「···それについては、俺も同じだ。あの場では身動き一つ取れなかった。アリス様が断罪されている時も、俺は彼女の側にいなかった。···次から次へと処理しなければいけないことが立て続けに起こって、あの日はアリス様に近づくことすら出来なかったんだ。今思えばそんなものは全部無視してしまえば良かったのに、なぜかそれが出来なくてーーー俺は何時の間にか、アリス様の護衛騎士としてのすべき事を忘れていた」
ぽつりと呟かれた覇気のないシリルとテオの声
。アリスが断罪された時ーーーつまり、ゲームイベントのことを言っているのだろう。
「···ありえない話だと思うだろ?俺はあの日とアリス様の側にいなければならないという事を忘れていたんだ。」
ゲームのスチルに2人が描かれていないのだとすれば、2人が登場してしまえば前提が崩れてしまう。テオやシリルは、少なくともアリスがありもしない罪で断罪されるのを黙って見過ごすような性格ではないだろう。テオに至ってはその身を犠牲にしてでも止めたはずだ。
だが、そうするとゲームイベントが壊れてしまう。だからそれができないようにシリルもテオも、ゲームから何らかの干渉を受けていたのだろう。そのスチルに存在してはいけない人物だったから。
たったそれだけの理由で、2人はあの断罪イベントの場から追い出されたのだ。
きっとその後の処理の事も含めて、そもそも彼女が断罪された後のこともしばらく知らなかったに違いない。だからあの出来事に関しては、2人のせいではないのだ。
(···なんて声をかけたところで、この2人が納得できるわけがないよな)
「理解出来ないかもしれないが、あれは『あぁいうもの』なんだよ。そもそも決められたセリフしか話すことも、動くこともできないんだ。シリルやテオのせいじゃない」
その言葉に、2人が俯いたまま黙り込む。その重さを吹き飛ばすように、俺は言葉を重ねた。
「···シリル。アリシアにかけられたものが呪いである以上、かける方法があるなら、当然解く方法もあるだろう。解き方は分かるか?」
「···その呪いは、かけられた本人が死ぬかーーーもしくは、『目の前で死ぬように命令されている相手』が死なないと解けない呪いです」
「つまるところ、アリシアかクソ殿下のどちらかが死なない限りは解けないのか。殺すのなら向こう一択だが」
「それしかありえないな。あんな奴は生きている価値もない」
「意見が合うな、テオ」
「イバリアと合っても嬉しくないが」
そう言って、金の瞳が細められる。
「お前な···」
先ほど信頼は得られたはずなのに、まるで生意気な新人でも見ている気分だ。テオとはそもそもの相性が悪いのか、はたまた彼女絡みの件でやっかまれているだけなのだろうか。
「アリス様をあんな目に合わせる可能性があったなどと···生きている価値もない」
(···これは、さっきのマリアナの日記に書いてあったクソ殿下の歪みエンドが相当酷かったんだろうな)
知りたくもないし、この日記はさっさと燃やしてしまったほうが良いのではないだろうか。こんなもの、彼女どころか誰に見せるわけにもいかないのだし。
「アリシア様に、そんな呪いまでかけて···いや、それは殿下も同じ事か。あんなに大規模な忘却の魔法までかけたのだから。きっと殿下も、呪いの反動が来ていることだろうし···王妃が死に、王も直に死刑だろう。本当にこの国はもう、終わりかもしれないね」
「こらこら、シリル。勝手に国を終わらせないでくれない?」
ワントーン軽い、鮮やかな声。
金の髪に、赤い瞳をしたその人物を見て、ようやく役者が揃ったようだと息をついた。
「ルーク」
「イバリア。貴様、不敬罪で死にたいのか」
「んな訳あるか!おっかねぇこと言うんじゃねえよ、テオ!何せ20年も向こうに籠もってるもんでね、悪気はないから諦めてくれ」
「せめて敬称をつけろ。その首掻っ切るぞ」
「いや、いくらなんでも血の気多すぎだろ!こんなやつが護衛騎士でいいのか!?」
「ふふ、少し見ない内に彼と随分仲良くなったんだね、彼とランカステル家の次男くんは」
「あれは仲良しと言うのでしょうか」
「仲良しなんじゃない?」
「···ルーク様。前王は?」
「あぁ、あの男ならちゃんと捕まえてるから安心して。流石に避難はさせたけど。ただ、あっちの女を逃したのは予想外だったけど···あの様子じゃ、もう生きてはいないだろうね」
「···どうでしょう」
シリルがぽつりと漏らした、その言葉は。
「あの女が、そんなに簡単に死ぬでしょうか?」
「···冗談は止めてくれよ、シリル。いくらあの執念深い女だからって、アンデットになんかなるわけ···」
アンデット。
それはこの世界では、口頭でしか伝わっておらず、公式な記録が無いーーー前世で言う都市伝説のようなもの。
(前世ならゾンビでもアンデットでもゲームにも映画にもよく登場してたけど···こっちではそんな存在は確認されてないはず)
「彼女は呪いをかけたまま死にました。その場合、死から拒絶される可能性も十分にーーー」
その言葉の最中に、地面が大きく揺れる。地震のようなそのうねりに、思わず立っていられなくなり地面へしゃがみ込んだ。
揺れは続く。揺れに耐えられなかったのだろう、ミシリ、と城に大きな亀裂が走って一部が呆気なく崩れ去っていった。
「嘘だろっ···!?」
「ルーク様!!」
その崩れた建物は、こちらに向かって倒れてくる。自分達にかかる影に、悲鳴があがった。
咄嗟に土壁を形成しようとしてーーーその瓦礫の全ては、透明な何かによって全て弾かれることになる。
パァンッ、と何かが弾ける音と共に瓦礫は全て地へ落ちた。その規格外の魔法に思わず目を見張る。
(···とんでもない魔力だな。さすがメインヒーローの弟、魔力は底無しなのか?)
そして、瓦礫が退けられ、崩れた建物が立っていたその先には。
首のない女が1人、立っていた。
「ひっ···!?」
まるでゴーストのようなそのありえない存在に、騎士団から悲鳴があがる。
(···首、無し?)
本来ならば頭がついているはずの部分に頭は存在していなかった。ならば、その頭はどこにあるのかーーーと目線を動かせば、その両手で頭を抱えていることに気がつく。手に収まっている頭は白髪まじりの長い黒髪だった。バサバサと風に揺れる長い髪のせいで、目や表情までは分からなかったが、明らかに肌の色が生きている人間のそれではない。
ーーーアンデット。
それこそこの世界では、ドラゴンよりも珍しい存在だ。その存在は口頭で言い伝えられているたけで、存在していたという記録がどこにもないから。
だが、目の前にいるこの女は。
ボロボロの服に、不気味なほどの既視感を覚えてーーーこの服を着ていた人物を思い出し、思わず背筋が凍り付いた。
「マリアナ···!?」
死に拒絶される可能性がある。
先ほどのシリルの言葉が頭によぎり、思わず口をついて出そうになるその悲鳴を飲み込んだ。
首は切られている以上、人間としては確実に死んでいるはず。
なのに、死んでいないなんて。
死んでいるのに、生きている。
そんな冗談みたいな存在を、一体どうやって殺せというのか。
「皆、ミンナ、許さない。ミンナ、歪んじゃえばーーーぁ、?」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ、このくたばり損ないの悪魔が」
考えるよりも早く、テオの剣がマリアナの腹を貫通してーーー情け容赦なく、思い切り引き抜かれた。




