93.鏡に映る真実
飛ばされたものは、きっと魔法というより魔力の塊のようなものだろう。
「···派手にやるねぇ。流石はルーク様ってところか?」
そんな事を呟くと同時に、マリアナが突如としてルーカスのいる方向に向かって走り出した。
既にアリシアを捕まえていたため、反応が遅れる。こちらも手を離せば何としても自殺しようとしている為、止める術が無かった。
「ルーカス、どうしちゃったの!?なんで、なんでこんなっ···!」
「待ちなさい!今の殿下はーーー」
シリルの牽制の声も聞かず、マリアナはルーカスへと近付き、反対にルークが扉の方へと走ってくる。
もうあれは諦めるしかない。そう思った俺は即座に撤退を判断した。
「おい、全員一度撤退だ!これ以上アイツを刺激するな!」
「はっ、誰よりも兄上を馬鹿にしていた人が言う台詞じゃないと思うけど?」
「魔力をぶっ放した王子様には言われたくないね!いいから全員、死にたくなければさっさと外へ出ろ!」
ミシリ、と嫌な音がして壁に大きな亀裂が走る。あれだけ大きな魔力がぶつかれば、当然部屋どころか建物が無事である保証はどこにもない。
窓ガラスが吹き飛んだだけ、なんてそんなことで済まされるわけがないだろう。それが例えどれだけ国で1番強固で贅を尽くした建物だったとしても、だ。
「···この人に従うのは癪だけど、ここで揃って皆死ぬわけにはいかないからね。テオ、シリルも。2人も避難して。これは命令だよ」
ーーーこんなイベントなんて、嘘だ。
(こんなの、こんなの知らない···!私が知っている原作にはこんなイベントなんてなかったはずなのに!!)
私は幸せになるんだ。これ以上ないくらい美しいウェディングドレスを着て、皆から祝福されて、華々しい結婚式をするんだ。そして戴冠式で、本当のこのゲームの終わりを迎える。
そして彼と共に、一生を歩むのだ。
だから、だから。
邪魔者は消さないといけない。
この結婚式に、なんの禍根も残してはいけないから。だからこそあの女を探し出して殺そうとしているのに、どうしてそれが通じないのか。
「呪いだってかけたのに」
ぽつりと呟いたその言葉に、真っ赤な瞳がこちらを向いた。
「呪いだと···?」
まだあの女は死んでいない。彼もいきている。だから、呪いは解けていないはずだ。
「私、あの女に呪いをかけたのよ」
なぜ、私が幸せになろうとすると邪魔ばかり入るのか。
なんで、どうして。
何で、なんでナンデナンデ。
狂ったように言葉が溢れ出す。己の内側を全て焦がすようなその真っ黒な感情は、もう留まることはなかった。注ぎ過ぎて容器が壊れて溢れ出した水は、ただ床に溢れるだけ。
「あなたの前で自殺するように。アリスはうまく排除できたのにッッ!!なのに、なのになんであの女は死なないのよ!!」
そして、壊れた容器から溢れてしまったそれは、もう2度と元に戻ることはない。
「···お前は、2度も僕の目の前でアリシアの死を見せようとしたのか」
その言葉の意味が、分からなかった。
「······あの、あの女のせいなのね?あの女が消えてないから。死んでない···ひっ···!?」
何かがおかしいとようやく気がついた時にはもう、何もかもが遅かったのかもしれない。
(そう、よ。どうして気が付かなかったの?)
あの彼のトレードマークでもある、サファイアのような美しい青い瞳はどこへ消えてしまったのか。
どうして、彼の背中から気味の悪いコウモリのような翼が生えているのか。
「あ···ぁ···っ」
なんで、どうして。今頃になって、私はこんな大切な事を思い出すんだろう。
このゲームは攻略対象だってあっさりと殺してしまうことがあった。
「私は、幸せに、なるの、」
幸せになりたかった。
いや、違う。
マリアナというキャラクターを通して、幸せにならなければいけなかったのに。
(···だって、誰のルートを選んでもいつもマリアナは悪女だった···)
ルーカスルートの時は、本来なら自分が婚約者になるはずだったのにという恨みから自らアリスに危害を加えた。
ルークルートの時は、弟に婚約者を奪われたことを根に持ったルーカスの「アリスを殺せば君を次期婚約者にする」そんな甘い言葉に乗せられて、アリスを殺そうとした。
シリルルートの時は、初恋の人であり、未来の姉になるはずだったアリスを奪われるぐらいなら、殺してしまおうと考えたルークに「兄様の空いた婚約者の座に君を座らせる」と唆されて。
テオルートの時は、病気で婚約者を外されたのにも関わらず、アリスの側にいることを許されたテオに対し嫉妬に狂ったシリルに「テオを殺せばルーカスの婚約者として召し上げる」といえ言葉に唆されてテオを殺そうとした。
結果的にその悪事がバレた結果、ルーカスも、ルークも、シリルもーーーそれぞれのルートでは悪役になり、死刑となった。
だが、唆されただけのマリアナは、どのルートでもアリスの慈悲を受けて攻略対象とは違い死ぬことは無く生き残っていた。唆されることなく自らアリスを殺そうとしたルーカスルートですら、それでも彼女は友人だといい切ったアリスを見たルーカスから、王都には2度と戻ってくることができないほどの僻地にある修道院に送られただけ。
逆に言えば、アリスさえいればどんな悪事を働こうとも決して死ぬことは無かった。
それなのに私は自分が嫌いだからというお粗末な理由だけで主人公を消してしまった。つまり、私は自ら生き残る術を消してしまったんだ。
あぁ、どうして。
私はルーカス様が好きだっただけなのに。
ただ好きな人と、幸せになりたいだけだったのに。
あの主人公のせいで。
「いつだって私は、幸せになれないっ···!!!」
「そのうるさい口を閉じろ。醜い老婆が」
叫んだ口に、突き刺さったのは固い爪。
「あぁぁあああっ!!?」
痛い。
痛い痛いイタイイタイ。
燃えるような痛みを感じながら、私は必死に痛みから逃れようと蹲った。蹲った先に、ポタポタと垂れた真っ赤な血液と共に、バケモノのような醜い顔が映る。
「ひっ···!?」
垂れ下がった頬に、まるで死にかけの老人のようにしわくちゃになったシワだらけの顔。頬は痩せこけ、骸骨の形がはっきりとわかるほど落ち窪んだ目元に、肉が消え失せたガリガリの輪郭。珊瑚のように透き通ったピンク色をしていたはずの瞳は、真っ白に淀んでいる。
真っ白で陶器のように滑らかな肌は見るも無残なほどにシミだらけ、艷やかな長く美しかった黒髪は白髪まみれで艶1つない薄汚い髪になっていた。
ーーーこの鏡に映った人物は誰?
自らの手が震えると、またその鏡に映った手も同じ様に震えだした。瞬きをすれば、同じ様に瞬きを返すのは、鏡に映った醜い老婆。
どう見ても見知った自分の顔ではないのに、そこにあるのは鏡に違いない。
(私の顔、どうなって、)
まさか。
(あの銃を何度も撃ったから···!?)
1日に一度、人の心臓を狙って使用するあの呪物を私は何度も撃ち、しかも心臓を外した。その副作用が、この鏡に映る自分だとでもいうのか。
「い、や、」
ヒュッ、と喉が鳴る。
どうして幸せになるはずの私が、王冠を被るはずの未来を約束された私が、こんな醜い姿にならなくてはいけないのか。
「嫌ぁぁあああぁああっっっっ!!!」
そんなもの信じない。だってここは、現実じゃない。ゲームの中の世界だ。
間違えたならやり直すの。いくらバッドエンドに行こうとも、いつもそうしてハッピーエンドまで辿り着いていたじゃない。
そうだ。
こんなところで、終わってたまるか。
今すぐにインベントリを開いてセーブデータをロードーーー
「お前はもういらない。俺の前から消え失せろ」
首に死が横切った瞬間。
気がつけば私は、床から彼を見あげていた。




