83.空に咲く火花
隊長の突撃命令が、敵の咆哮にかき消されぬほどの声で辺りに響き渡る。
「グレン隊長···!!」
「すまない、フィン。遅くなった」
「いえ、必ず来てくれると思ってましたから。これからの指揮をお願いします」
「あぁ。俺は囮役をやる。フィンは久しぶりの戦闘で悪いが、上での指示を頼むぞ」
「···随分と買い被りますね。私が戦場から離れてから、どれくらい立つか覚えてます?」
「お前の全体を見る能力は格別だから、問題ない」
「···もう、グレン隊長は言ってくれますねぇ。そこまで信頼されてたら、頑張らないといけないじゃないですか」
「今はルードルフが少し出張中でな。頼んだぞ、フィン」
「ルードルフ副隊長はこんな時に何してんですか!もう、分かりましたよ!」
目の前には、20 年ぶりに対峙したブラックドラゴンがこちらを睨みつけている。不機嫌そうにその長い尻尾をゆらりと揺らすと同時に、こちらに向かって口を開いた。
「総員、放て!!」
その掛け声に合わせ、己の剣を手にドラゴンへと駆け寄る。
狂ったようにドラゴンの口から吐かれる灼熱のような炎にも怯むことなくこちらから放たれたボウガンの矢は大半が焼き尽くされたものの何本かは柔らかな口の中に突き刺さったようだ。
「ギシャアアアアア!!!」
ボタボタと口から流れる血も気にせず、再びドラゴンの咆哮が響く。怯んだ隙を見逃さず、飛び上がって翼の内の柔らかい部位を切り刻んだ。
すぐさま振り払おうと尻尾が飛んできたため、すかさずその場から離脱し指揮を飛ばす。
「第二陣、放て!」
少しでも間違えば、ドラゴンの口の中に入りそうな位置取り。だがこうすればドラゴンがこちらを追おうとするのは分かっていた。
(ドラゴンの表皮はほとんどが硬い鱗に覆われている。だが、それでも全てが硬い訳じゃない)
例えば今切り裂いた、羽の内側の部位。ドラゴンの炎に巻かれながら、辛うじて直撃を避けて落下し、すぐさま体勢を立て直した。
再びブレスが降ってくる事を考え、空を仰ぐ。だがドラゴンが口を開くよりも先に、空に咲いた巨大な火花に笑みが浮かんだ。
ドォン、と地鳴りのような音と共にドラゴンの背に大砲が直撃する。
敵が怯んだその隙を見逃さず、自分同様に羽を切り裂いた隊員が何名か降ってきた。
「隊長にばっか、かっこいいところ取られてる場合じゃないですからね!」
「隊長、我々も共に囮になります!指示を!」
「あぁ!」
自分に着いてきてくれたその隊員達の判断が決め手になった。自分と共に隊員数名が下で囮となり、上の砲撃部隊が隙を見て気を狙う事になる。
砲撃部隊率いる上空の方では、まだ動けぬ隊員が必死に体の震えを止め前線へと戻ろうとする者を、フィンが繰り返し叫び、押し留めていた。
「くっそ···こんなところで這いつくばってる暇はないのに···っ!」
「はやく、早く前線に···!隊長が戻ってきたってのに!」
「動けない者は1度下がりなさい!無理に出ても死ぬだけよ!こんなところで無駄死にするなッッ!!」
「!!」
「なんで···なんで、俺は動けないんだよ···」
「あなたは達は十分によくやったわ。これは命令よ、戦えない者は1度、砦内に下がりなさい!!」
「くっ···!!」
「おい、早く避難しろ!こっちに来い!!」
ギリギリ、と噛み締められた隊員の奥歯からはなぜこんな時に、と悔しさが滲み出ていた。フィンの言葉を受け、徐々に動けない者が戦えぬが動ける者に庇われながら、砦内へと撤退していく。
「固まっていては良い的だ!散開して斬りかかれ!!」
そう叫ぶと、指示に習い隊員達があちこちへと飛び、散開していく。
2人が向かって左、もう3人は中央へとそれぞれが向かったのを見て、自分は空洞になっていた右奥へと飛んだ。
ドラゴンが羽ばたき、雪が荒れ狂う。一瞬でホワイトアウトする視界のせいで、敵に近づくまでかなりの時間を要した。
1度、2度とホワイトアウトさせられ、ジリジリと体力が削られていく。そんな最中、白い中に赤い物がチロリと見え隠れしたのを確認し、できる限りの声で叫んだ。
「ブレスだ、離れろ!!」
叫ぶが早いか、ホワイトアウトしていた視界が一面が赤に染まる。中央にいた隊員が1人、避けきれずにブレスを喰らい落ちていくのが見えた。
ギリ、と奥歯を噛み締め再びドラゴンに視界を戻す。自分の立ち位置を忘れるな、隊員を撃たれた怒りで我を忘れるなと。自分はこの身一つで敵を撹乱する囮なのだと言い聞かせ、神経を集中させる。
だが、敵の攻撃が1つでも多く、他でもない自分へ向けられれば良いと。その思いを胸に、再びドラゴンへと立ち向かう。一つでも多く敵を斬りつけ、砲撃部隊が攻撃できるように隙を作る事。ただそれだけを考えながら、少しずつ重たくなる剣を振るった。
見張り台から大声が上がる。
「下の囮部隊の動きを確認!全員、砲撃準備!!」
「任せろ、何発でも打ち込んでやる!!」
「ドラゴンめ、俺達の砲撃で粉微塵にしてやるよ!!」
「ででで、でも先輩!!さっきも背中に直撃したはずなのに、アイツ少ししか怯みませんでしたよ!?ほほほほ、本当にあんなでっかい魔物が倒せるんですか!?」
「倒せる!現に隊長は二十年前、アイツをたった一人で倒したんだ!今回は俺等がついていながら、倒せないわけがないだろう!!」
「せ···先輩···!!」
「総員、放て!!」
戦場の空の下、フィンの号令と共に再び火花が咲き乱れた。
囮役の隊員2 名が、今度は振り回された尾で弾き飛ばされる。
(砲撃であの尾は切れない。なら切断あるのみ)
あの長く重量のある尾は、唯振り回されるだけでも人が落とされる非常に厄介な代物だ。尾は固く、落とすことは非常に難しいだろうがあれさえ落としてしまえば、振り回され囮役が撃ち落とされる脅威はなくなる。
「アッシュ、グレゼ、二人共下がれ!狙えるものは尾を落とすことに集中!!」
「了解!!」
その指示を聞いた隊員が、上から新たな囮役として降りてくる。10人大勢となった囮役全てが一丸となり、尾を切り落とすことに専念する形になった。
再び振り回された尾に1つ、また1つと傷を確実に増やしていく。
上からの援護で放たれた矢が付けられた傷につき刺さり、徐々に傷口を広げていく。そこに再び剣が振るわれ、銃弾も矢もそれに続くように次々と放たれた。それに合わせるかのように、次第に尾の動きが鈍っていくのを見逃さずにグレンは宙を舞う。
傷付き血が流れるその尾を目掛けて、剣を力の限り振り下ろした。
「ギィアアアアッッッ!!!」
ぶつり、尾を切り落とした衝撃が自身の腕に鈍く響き渡る。それは真っ二つに両断され、3分の1ほど大きさになった尾の先からは血の霧が舞い上がった。
斬られた尾は地に転がり落ち、たちまち動かなくなってブクブクと泡になり消え失せる。
赤黒い血は止まることなく、霧のように広がり雪の白と混ざり合い、視界を奪うかのように辺りに少しずつ広がっていった。
その後も何度も火花が散り、ドラゴンの翼にもかなりの傷口を植え付けた。だが尾が落ちようとも、いくら翼を傷付けられようとも、ドラゴンは怯む様子はあるものの崩れ落ちる様子はない。
「隊長!」
「っ···!!」
ドラゴンの攻撃を避けるのも、ついに判断が鈍り始めた。
(くそっ、ここまでドラゴンがタフだったとはな。まったく、昔の自分はこんなのを相手にたった1人でどう立ち回っていたのやら)
自身の体の使い方も、体力のもたせ方も。現在は少なくとも昔よりは上手く立ち回れているのだろう。だが人間である以上、どうしても体力には限界がある。
戦いが長引けば長引くほど、不利になるのは囮役だ。
「皆、一度下がれ!囮役を入れ替える!!」
そう叫ぶ声で、息が上がる。
(限界、か)
ヒュッ、となった息に自分も弱くなったものだと歯噛みする。だが鈍った判断のまま、迂闊にここに留まれば死を招く。
今はルードルフもいないのだ、無理をするわけには行かないと己に言い聞かせ他のものに囮を任せ戦線を離脱しようとする。
だが、ドラゴンはそれを見逃さなかったようで。
「···!!!」
大きく反った首が唐突にこちらを向き、お前だけは逃さないとばかりに空いた真っ赤な口がこちらを見た。
「グレン隊長っっ!!!」
誰かがそう叫ぶが早いか。
避ける間もなく、自身の身体は火に包まれた。




