81.決められた終わり方
ぐにゃり、ぐにゃりと時空がネジ曲がるような奇妙な感覚。
ようやく城へと辿り着いた。そこは、着いたそこは見慣れない石造りで出来た部屋。窓がないところをみると、地下室あたりだろうか。
震えたまま何も抵抗がない女を肩に担ぎ上げ、とにかく部屋を出る。
(···妙だな。人が1人もいない?)
部屋を出て、上へと続く階段を上がろうとして上が騒がしいことに気がついた。
「···い、それは本当なのか!?」
「ほ、本当も何も···!早く逃げないと···!」
「おい、ありったけの兵力を集めろとルーク様からのお達しがあった!早く集合するんだ!」
「···ルーク?」
その名前を聞いて、頭に浮かぶのはたった1人だ。名前しか知らないが、確かこの国の第2王子だったはず。
兵力を集めろ、ということは何かしらが出たということなのだろう。慌てた様子から、王都では見慣れぬ魔物でも現れたのかーーーそんなことを思いながら、階段を駆け上がろうとしたとき。
「早く、殿下のところへ!王妃様が亡くなられたんだぞ!!」
「···はぁ?王妃が···死んだ、ですって?···なに、よ、なんなのよ···こんな、こんなイベント、私は知らない···」
そう独り言のようにブツブツと呟く女の声を、耳が拾った。
「あぁ?イベントだと?」
「私はこれから結婚式も、戴冠式もするの。彼から冠を貰うのよ」
「何言ってんだ。犯罪者が戴冠式も結婚式もできるわけねーだろうが。何を勘違いシてるのか知らないが、ここはゲームじゃない。現実だ」
この女は今更何を言い出すのか。こんなことを仕出かした時点で死刑、良くて一生監禁されるかのどちらかだろう。まぁこの国の頭がどうしようもないならどうなるか分からないが。
「ここはゲームの中よ」
「···ついに頭までイカれたのか?ここはゲームの中なんかじゃない」
人は死ぬ。魔物も死ぬ。死んだものは生き返らない。誰かが死ねば誰かがそれを悲しむというのは、現実と何も変わらない。
そう思ったのに、次に女が口にした言葉は。
「この国は、歪んだ冠のアリスっていうゲームそのものよ」
「···!」
ーーー歪んだ冠のアリス?
その言葉に、階段を登り終えて扉を開こうとした手が止まる。
「だから私の行動が何も響くはずが無いのよ。『決められて』いるんだから」
どこか虚ろな目をしたアリスが、王座に膝を抱えたまま座り込んで。椅子の後ろから伸びた真っ白な手に、歪んだ冠を被せられている。見た目だけでいうならホラーゲームとも勘違いしてしまいそうなその表紙のイラストは、彼女の他には誰一人として描かれていない。
裏面を見て初めて乙女ゲームなのだとわかるそれは、少し異質な物とも言えるだろうパッケージが頭を過った。
「だってこれは、奪われた冠エンドなんだもの···」
奪われた冠END。
その終わりは、グレンのルートへと向かうための唯一の終わり方。
ルーカスルートを進み、愛情度ではなく歪み度を上げ、後半の恋愛イベントを起こさずにマリアナの歪み度を上限値まで上げると辿り着く隠しルートの事だ。このルートを辿ると、ルーカスがマリアナに惹かれてアリスが突然、婚約破棄をされる。
そこで、グレンに出逢うといったストーリーが展開されていくのだ。
(···この女、どこまで知っていやがる?)
だが、そのエンドで彼女は海に落ちたりしない。そもそもアリスが毒殺を企てる事もなく、何かしらマリアナがでっち上げた事がキッカケだった。詳しくは覚えていないが、変な薬を使ってルーカスを操るなりして行ったただの婚約破棄だったはずで、国から死んだことにされたなんてこともないのだ。
だが、このゲームを知っている者ーーーつまり、俺のような偽物の転生者ではなく本物の転生者のような存在だとしたら『決まったシナリオを改変』することも可能なのではないのか?
「···お前はどこまでその事を知っている?」
「はっ、アンタ馬鹿?ゲームの中のキャラに、何を話したってわかるわけ無いじゃない」
どこか小馬鹿にしたように笑う女を今直ぐにでも床に叩きつけてやりたいが、そんなことをして無駄によく回る口を閉じられては困る。
(間違いない。コイツは転生者だ)
おそらくこの世界が『ゲーム』として存在している世界から来たのだろう。
「私はルーカスに愛されているのよ。今に見てなさい、貴方なんて不敬罪で首を跳ねてやるわ」
「首を、ねぇ」
そんな口を叩けるということは、きっとこの女は知らないのだろう。
ーーーこのENDを迎えることにより、この女がどんな運命を辿るのか。そして、歪んだ冠ENDには条件次第でもう一つの終わり方があることも。
「首を跳ねられるのは俺じゃなくてお前だ、マリアナ・リーディアス。ルークかテオ当たりにでも差し出せば喜んで首を跳ねてくれるだろうよ」
「は?ルークやテオ如きが私の首をはねられるわけ無いじゃない。私はこの国の王妃になる人物なのよ?ルークは私を慕っているし、テオも私に忠誠を誓っているの」
「どこまでも目出度い頭だな。お前は奪われた冠エンドの『お前自身の終わり方』を知っているのか?」
「···なん、ですって?」
扉を開け放つ。城内は騒然としておりどこへ向かえばいいのかなんて正直分からなかったが、自分の足は迷うことなくどこかへと向かった。だがこれは、自分の意思とは関係ない歩みであることは確かで。
「···な、なんでゲームキャラクターに過ぎないあなたが奪われた冠エンドの事を知っているのよ···?」
そう告げられた言葉は、かすかに震えていた。この女にはきっと今、一介のゲームキャラクターに過ぎなかった俺が得体の知れない何かにでも見えているのだろう。
(まぁ、ゲームのキャラクター自身が自分の出ているゲームの設定やら何やらを知っていて、メタ発言をかますなんて普通はあり得ないだろうからな)
「なぜ俺がそれに答えなければいけない?」
もう一つの終わり方。
それは、コイツがとある理由でグレンの元に送られてくるストーリー。理由については正直なところまったくと言っていいほど興味がなく覚えてもいないのだが、奪われた冠エンドのIFストーリーのような扱いだったのは覚えている。
IFの話だから、コイツがでっちあげた罪がバレたか何かしたのだろう。
(元から俺というキャラクターがそういう風に作られているのかなんなのかは知らないが)
2の話はまったく分からないが、無印の話なら別だ。最初は歩いていたはずの自分の足は段々と速くなり、あっという間に駆け足に変わる。
(···これが例の『ゲームイベント』とかってやつなのか?気味が悪いな)
だが、今だけは好都合だ。
ーーーこういう時、イベントは全ての役者が揃わないと進行ができないと相場が決まっているのだから。
(アリシア、今行くから)
ずっと駆け足だった自分の足が、ふと止まる。廊下には、まるで壁にでも叩きつけられたかのような体勢で項垂れている騎士が1人いた。
その場に散らばる赤は、なにがあったのかを悠々と示していて。
開かれたドアの中では、もしかしたら『ゲームイベント』とやらが待ち受けているのかもしれない。
だが、それがなんだ。
さっさと行って解決してこいとグレンから言われたんだから、早く解決してあちらのドラゴンに加勢しなければ副隊長としての面目が全て丸潰れになってしまう。
俺は勢いよく廊下を突き進むと、開け放たれたドアの向こうへと飛び込んだのだった。




