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奪われた冠  作者: 彩雅
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77.愚者の天秤

「まてっ···!!!」

呼ぶ声も虚しく、アリシアが転移魔法陣へと消え失せる。

溶け落ちるように魔法陣へと消えた彼女は、きっともうあちらへと渡ってしまったのだろう。

「てめぇ···!!」

「あはははっ!!これで、これでルーカス様の心は私に戻って来るわ!あんな女如きが、私の邪魔をするからっ···!!?」

これ以上耳障りな声を聞くのが煩わしくて、捕まえていた手を縄で縛り上げる。ギリギリと縛り上げると何やら喚いていたが、その声は耳に届かない。

(転移魔法陣が発動したところで、王都に付くのは1時間以上かかるはずだ。クソッ、だからといってもう時間がない···!)

「痛いっ!離しなさいよ!!!」

指揮を取る者がこれ以上離れている訳にもいかない。だが、だからといって呪いにかけられたアリシアを見殺しにするのか。

コイツは先程、彼女にかけた呪いを『対象の目的の前で自害する呪い』だと話していた。この女が『何を持って呪いをかけたのか』は一目瞭然だが、今はそれどころではない。問題はその呪いを解く方法が本人が直接心の呪縛を解く、つまり直接本人に説得するしかないということだ。だが当本人が向こう側へと消えてしまった今、それを実行するのは不可能で。移転先にも人がいるかも知れないが、人に忘れ去られた彼女を見かけた所で何もしてくれるわけもない。

この女が移転してきたということは、この魔法陣はおそらく王都の城のどこかしらに繋がっているはず。そんなところにふらりと現れた誰かも分からない彼女など、最悪拘束され、殺される可能性だってある。ここに来た時の、アリスと同じ様に。


「副隊長!!」


その声に振り返ると、先程避難誘導を指示した部下がこちらへと走って来るのが見えた。

「彼女達の避難は済んだか!?」

「つい先程全員ここを立ちました!今しばらくすればシェルターに着いたと連絡があると思います!ですが、グロリアーナが···」

「あちらの首尾はどうなってる!?」

「な、なんとか立ち回ってはいますが、いつまで持ち堪えられるか分かりません···!」

「あらあら、大変ねえ。流石ヒーローはゲームイベントでご多忙なこと。私には関係ないけどね、あはははっ!!」 

「んだと···?」

女が発した『ゲームイベント』という言葉に一瞬引っかかりを覚えたが、今はそれどころではなかった。

「副隊長、今すぐに指揮を···!そちらの拘束された者はどうしますか!?」

散々主人公であるアリスを苦しめ、アリシアさえも殺そうとしている女など今すぐにでもドラゴンの餌にでもしてやれと言ってやりたいが、そうもいかない。コイツには責任を取らせる必要があるからだ。

こんなことをしでかしておいて、未だにのうのうと自分が幸せになれるなどと思いこんでいるその頭を、どうにかしなければいけない。こんなところで敵に食われて終わりだなんて生温い死に方をさせるわけにい上の立場になればなるほど、それと同様の責任がついて回るという事実を分からせてやらないといけない。だから、今ここで感情的に殺すわけにはいかないと自分に言い聞かせるも、無意識の内にギリ、と奥歯を噛みしめる。


どうしたらいい。 


分かっている。ここで今すぐにでもアリシアを追いかければ彼女は助けられるかもしれないが、砦や残された隊員達はどうなるのか。

(これ以上、仲間を殺されたくはない。だがまた俺は、アリシアを見殺しにするのか)

冷たい雨が降っていた、あの日。俺が泣いて別れを惜しんだ筈の彼女は、本当は生きていたというのに。

無理矢理呪いを押し付けられ、この世の全ての人に見捨てられ、忘れ去られた彼女は、20年間もずっと一人で苦しんでいて。

手紙を書けば良かったと、もっと会いに行けば良かったと、あれほど後悔した彼女が生きていたのに。

(それすらも忘れていた俺が、今更彼女にどんな顔をして謝ればいいのか分からないけど)

謝ることが沢山ある。

会いに行くといいながら、贈り物ばかりで会いに行かなかった事。

いつまでも変わらずに過ごしていると思いこんでいた事。

彼女がどんな目にあっているのかも知らずに過ごしていた事。


ーーーそして、彼女自身を忘れていた事。


そんな彼女を助けに行けば、ここはおそらく全滅するだろう。だが、ここの指揮を取り自分も戦えば仲間は死なずに済むかもしれない。指揮を取る者がいるかどうかで、戦況は大きく変わる。指揮を取る者がいなければ、乱れ、混乱し、いずれ自滅に追い込まれることすらありえるからだ。

(···指揮官がいなくなった世界を、知っているから)

グレンが、魔物を討伐することを止めたあの日。見る間に仲間は死に絶え、砦は一晩で潰された。王都があの後どうなったなどわかるはずもなく、息を殺してただ『生きて』いた、あの知っているだけの記憶を。

天秤は、どちらかにしか傾かない。助けたい方に比重を傾けるしかないと分かっているのに。

(俺は、)

もう何も失いたくない。アリシアも、仲間達も、誰一人として欠けてほしくなかった。

どちらかに傾けるのではなく、平等に吊り合うようにーーーそんな愚かな決断は何も守れないと、知っているのに。


「ルードルフ!」


聞き間違いか、と思った。自分は今、幻聴でも聞いているのではないかと。

声がした方に、目を向ける。その自分を呼ぶ声に、どれだけ焦がれただろうか。


「···グレ、ン?」


「なんだ、幽霊でも見たような顔をして。お前が帰ってこいと言ったんだろう」

「言った、けど···お前、いつ帰って···ヴェリア嬢は、」

「今帰ってきたところだ。彼女も無事に保護したから心配するな。ジャン、あの声はドラゴンに聞こえたが、本当にそうなのか?だとしたら今はどこにいる?」

「は、はい!現れたのはドラゴンで、今はヴェリア様の部屋の中で暴れています!撃てども切れども響かず未だに成長を続けていて、そ、外に飛び出すのも時間の問題で···!!」

「部屋の中だと?ドラゴンはどこから出てきたんだ?」

「それが···分かりません。副隊長やフィンが最初に見つけたようですが、特に出処の情報は···グロリアーナが『人間が魔物を吐き出した』と妄想のような事を話していましたが、定かではありません」

「···人間が吐き出した、か。ルードルフ、その女は?」

「隊長···?ってことはグレン?」

その言葉に、グレンが縛られたままの女に目をやる。人の名を呼び捨てにしている時点で論外なのだが、本人は気がついていないらしい。

「罪人だ。ヴェリア嬢を追放して苦しめた張本人···」

そう言うが早いか、グレンが酷く殺気立った。いや、殺気なんてものじゃない。それはその場にいるもの全てが殺されてしまいそうなほどの圧。それを直に受けた女は、目を見開いたまま固まっている。

威圧の対象ではないただ横にいるだけの自分ですら、まともに動けない。まるでせき止められていた大量の雪が一斉に落ちてきたような感覚を覚えた。 


「っ、」


声が出せない、と。その事実に、自分が1番驚いたかもしれない。

カツリ、とグレンが一歩女に歩み寄ると、これ以上は無いと思われていた圧が更に上がる。それはまるで、窒息するわけにはいかないともがいたのにも関わらず、上からさらに雪を叩きつけられて無慈悲にも再び雪中へと引き戻されたよう。

剣に手をかけてすらいないのに、女はきっと自分の首に生身の剣をあてがわれているような気分だろう。じわり、と女が座っていた床に出来た染みがそれを物語っていた。


「···今すぐに始末してしまいたいところだが、アリスはそんなことを望まないんだろうな」


その声と同時に、殺意の塊のような威圧は嘘のように消え去った。

女はまるで先程の罵詈雑言が嘘のように静まり返り、人形のようにただそこに座り込んでいる。

「ルードルフ、悪いがその女の始末は任せた。俺が連れていったらあちらに戻るまでにその女が生きている可能性は無い」

「···いや、可能性は無いって言い切らねぇよ、普通···」

一瞬声が裏返りそうになるのを堪えて、なんとかいつも通りの声を絞り出す。

「無理なものは無理だからな。そこの魔法陣は城に繋がっているんだろう、さっさとあちらへ引き渡して罪を償わせてこい。ここに存在するだけで邪魔だ。だがこちらも手が足りなくなりそうだから、なるべく早めに済ませて帰って来いよ」

まるでいつも通りに遠征にでも行って来い、と言わんばかりの態度に思わず泣きそうになる。アリシアの事も、俺の今の状況も何もかも何も分からない筈なのに、まるですべてを分かっているかのようなその姿勢に。

「た、隊長··ですが、ドラゴンが···」

「俺が今すぐに指揮を取り対処する。一度は俺1人でなんとかなった事もあるし、何よりも今は昔と違って皆がいるのだからそんなに心配するな。ルードルフ、そちらは頼んだ」


「あぁ、了解!」


その言葉に自力では立つことすら不可能になっていた女の首根っこを無理矢理にひっ掴むと、俺は何の迷いもなく魔法陣の中へと飛び込んだ。


ーーー今度こそ、アリシアを救うために。

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