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奪われた冠  作者: 彩雅
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76.かけられた呪い

唐突にバシュリ、と音を立てて移動が終わった。あたり1面は闇と雪に覆われて吹雪いてはいるものの、目の前には光と大きな建物の影のような物が見える。おそらく砦だろう。

「···終わっ、た?」

「···のようだな。ヴェリア嬢、気分が悪くなったりしていないか?」

「は、はい。作られたものではなく刻まれた転移魔法陣は始めてでしたが、大丈夫そうです」

「なら良かった。歩けそうなら、砦に向かおう。足元が暗いから、気を付けて」

そう言って自然とこちらへと差し出された手に、少しだけ心音が跳ねる。

「···はい。ありがとうございます」

グレン様の手にそっと自分の手を重ね、ゆっくりと握りしめる。また前のようになってしまったら。そんな不安もあったが、繋がれた手は温かくそんな心配は杞憂に終わった。ドクドクと鳴る心臓がうるさく、手を繋いでいても気が付かれてしまうのではないかと心配になってしまう。

(···さっきは膝枕までしてもらっていたのに。手に触れたぐらいで、ここまで気恥ずかしいものなのね)

いくら眠かったからとは言え、男性の膝を借りるなどありえないのだが、もう過ぎてしまったことはどうしようもない。思い出すと余計に赤面してしまいそうで、辺りが暗がりなのを良いことに足元を見つめる。

「ヴェリア嬢?」

「は、はい!」

手を繋いだ後に歩かなかった私を心配したのか、グレン様がこちらを振り返る。そして何かに気がついたような顔をして私達の繋がれた手を見た。


「···君は異性から触れられるのは苦手だったな。怖いのならすぐに離すよ、配慮が足りずすまない」


申し訳無さそうにそう謝る彼に誤解されたくなくて、手を離してほしくなくてーーー考えるよりも早く、否定の言葉がすぐに飛び出た。

「離さないで下さい」

「···本当に大丈夫か?」

「大丈夫です。行きましょう、グレン様」

「分かった」

雪のせいで距離感が分かりにくいが、さほど離れているわけでもないらしい。その事実に少しだけほっとしながら一歩を踏み出した。

しばらく黙々と雪道を歩き、もう少しで砦に付くところで。


ーーーギシャアアアアッ!!!!


ハッキリと、まるで大地を揺らすかのような魔物の巨大な咆哮が聞こえた。こんなにも離れているのにも関わらず、思わず耳を塞ぎたくなるような威圧感のある声に普通の魔物の声ではないと感じ、彼を見上げる。

「グレン様、今のは」

「·····ドラゴン」

ぽつりと彼が1言、そう呟いた。

存在が御伽噺のように語られているその魔物は、20年前に1度出てきた以外は目撃例はなかったはずだったのに。

(どうして、)

だが、考えていたってどうにもならない。今砦がドラゴンに襲われて緊急事態に陥っているのだとしたら、グレン様は一刻も早く砦に向かわなくてはならないのだから。頭ではそう分かっているのに、ドクリ、と心臓が大きく脈を打ち、不安が口から飛び出そうになる。


ーーー行かないで。危険な目に合わないで。お願いだから、どうか死なないでと。


繋いだ手を離したくない。

(堪えるの、)

今もあそこで命をかけて戦っている人がいる。グレン様はそこの隊長なのだ。こんな個人的な感情に支配されている場合ではない。


「今すぐに砦に戻ってください、グレン様」


「···っ、」

「ドラゴンは通常の魔物とは違うはず。今も、隊の皆さんは戦っているはずです。今すぐに戻って指揮を取らないといけません」

きっと彼は、こんなことは言われなくてもわかっているはずだ。

だが、戦う力も身を守る術ももたない私がここにいることで、足枷になってしまっているに違いない。


このまま私を放置していいのか、と。


ここだってきっと、安全圏とは言えないだろう。もしかしたら、魔物の奇襲を受けるかもしれない。こちらの方にドラゴンが飛んでくるかもしれない。そうなってしまったらきっと私は死んでしまうだろう。

(···でも、それよりも優先されるべきは砦)

何を守るべきなのか。そのために取れる最善策は何なのか。履き違えるな、守るものを見失うな。1つでも多くの命を守るための術を考えろ。そう自分に言い聞かせ、一刻も早く砦に向かうように再びグレン様に告げた。


「私は大丈夫です。行ってください、グレン様」


「···よく聞いてくれ。すぐそこに見える鉄柵を左に辿っていくと、赤いテープが巻かれた鉄柵がある。その下にシェルターがあるから、君は今すぐにそこへ向かうんだ」

「分かりました。···グレン様、どうかお気を付けて···」 


「あぁ。···送れなくてすまない。必ず戻って来るから、シェルターで待っていてほしい。いってくる」


ゆっくりと離された手が、先程までの温もりを全て奪っていく。

「···っ、」

行かないで、なんて縋り付くような言葉を言えるはずもなく彼の背中を見送った。

(···何も出来ないのが歯痒くてたまらない)

雪の中へと白く霞んでいく、グレン様。私に力があれば、彼の力になれたのだろうか。

「···今はそんなことを考えている場合じゃないわ。とにかくシェルターに向かわないと」

守られる方もただ守られているだけではなく、ある程度の心構えがあるだけで守る方の守り方も変わってくる。何も心構えがなければ、守りにくいとテオが話していたのをふと思い出した。だから私はグレン様が後ろを気にせずに戦えるように、安全な場所へと移動し、身を守らなければいけない。私は鉄柵の方へ歩み寄ると、鉄柵を掴み言われた通り雪の中を左の方に向かって歩きだした。


「思い出したのか?」

そうぽつりと呟かれた言葉に、頷く。そうか、と短く返ってきた返答だけではルードルフさんがどんな顔をしているのか分からないけれど。


「···アリシア、その···そろそろ離して貰ってもいいか?とりあえず中に入ろう」


そう控えめに言われた言葉に、彼に抱きついたままだった事に気が付く。その事実が急に気恥ずかしくなって、思わず顔に熱が上がった。

「···ご、ごめんなさい!」

謝りながら慌てて手を放すと、ルードルフさんは少し気まずそうな表情をしながら差し出してくれた手に触れ、雪の中を歩き出した。裏手の方に落ちてしまったのか、今いる土の上にも少しずつ雪が積もり始めており、周りを見渡した限りでは当たり1面は雪に埋もれている。

「歩きづらいから気をつけて」

「う、うん」

ザクリ、ザクリ。

足の裏の感触で、かなり雪が硬いのだと分かった。あのままぶつかっていたら、間違いなく命は無かっただろうと分かるくらいに。しばらく歩き続けて、ようやく中へと入ると中は騒然としていた。


ーーードラゴンが室内に突然現れたと。


見渡す限り一階に人はおらず、騒然とした雰囲気は2階から伝わってくるようだった。そのドラゴンを生み出したのが自分であることを考えると、思わず中へ入ることに怯えてしまう。だって、私に生み出した魔物に何かを命令できるような力はないのだから。そんなことを考えていると、ふと足首のアンクレットが無くなっていることに気が付いた。

「···な、い?」

「え?」

先程の衝撃で引きちぎれたのだろうか?だとしたらあの中に詰まっていた呪いは、どこにいったのか。

(···まさか)


ーーー本人に、戻っている?


分からないが、それが1番考えられるのではないだろうか?


「···ルーカス、が、」


本来は魔物の王となるべき証は、8歳の時に効果を持つ。だが、20年以上もの時を経てようやく返ったあの呪いはーーー1体、どんな効果をもたらすのかなんて想像もつかない。

その事をルードルフさんに告げようとしたその時、バシュリと聞き慣れないような音がして、続けて聞こえてきたのはカツンと甲高いヒールのような音。自分に似たピンク色の瞳に、長い黒髪を翻して彼女はそこに立っていた。


「···見ぃつけた」


「···え、」

向こうも戸惑っていたのかそれとも状況を飲み込めていなかったのか定かではないが、無表情だった彼女は私を見た途端突然弧を描く。美しく整った顔から作られるその笑みはとても綺麗なもののはずなのに、なぜか私はぞくりと寒気を覚えた。


「なによ、こんなに簡単に見つかるなんてことは今までの奴らは皆役立たずだったって訳ね。ふふっ、それとも私が優秀なだけなのかしら。銀色の髪にピンクの瞳。あぁ本当に、憎たらしいくらいあの主人公にそっくりねぇ。貴方がアリシア・ヴェリアでしょう」


カツン、ともう一度高いヒールの音が響く。その音に蹴落とされるように、私は思わず一歩後ろに下がると、それと同時に私を庇うように隣りにいたルードルフさんが私の前に出た。

「···マリアナ・リーディアス」

「あら?そっちの人は···もしかしてグレン、かしら?」

「はっ、お前に名乗る名前はねぇな。彼女を追放した下衆がこんなところまで追ってきやがって、何の用だ」

「···なんですって?」

ピクリ、とわかりやすく彼女の肩が上がる。

「よくもまぁ、そんな口を聞けたものね。不敬罪で死刑にしてあげましょうか?」

「不敬罪?本当のことを言っただけじゃねぇか。都合の良い頭しやがって、この国の頭になる輩は皆本当に腐ってんだな」


「···っ、今すぐに、その減らず口を叩けなくしてやるわ!!!」


そう叫ぶが早いか、流れるようにその手に提げていた黒い何かをこちらへと向けた。 


ーーーガァン!!!


凄まじい音、そして眼の前にいた彼女の姿が『茶色いなにか』で覆い尽くされ、見えなくなるのはほぼ同時だった。

(この、土壁は···さっきも使ってた、ルードルフさんの?)


「···は?なに、それ。なによなによ、何なのよ!!!」


怒り狂った彼女は、無茶苦茶に黒い何かを振り回し始めたのか、立て続けに2発ほどの銃声が聞こえ、土の壁が一部吹き飛ぶ。

「あぶねぇモン振り回してんじゃねーよ!」

「いいから、その女をさっさとこっちに寄越しなさい!!」

そのままバラバラと土壁が砕け散った先にいた彼女は、『確かに彼女のはず』なのに、一瞬誰なのか理解することができなかった。

「···え?」

だがそんな自分の変化には気がついていないのか、彼女は意味が分からないものでも見るかのような目をしてこちらを睨みつけていて。

黒い何かは、よく見ると拳銃のようなものであることが分かったが今はそれどころではない。

「その女はルーカス様の前で死ぬべきなのよ。選ばれたのは私なのだから」

「選ばれたのがお前なら、一生城に引っ込んでれば良いものを。何か勘違いしてんじゃねーのか?」

「その女だけは、許さないの。許さないのよぉおおお!!」

彼女が、何かを取り出した。ルードルフさんが制するよりも早く、それは使用されて。


ーーー視界が暗く、歪んだ。


「っ···!?」

「アリシア!?」

「は、あははっ、あはははっ!!これでお前はルーカス様の目の前で死ぬことが決まった!ざまぁみろ!!!」

「っ、この女···!!」

ルードルフさんに組み伏せられたまま、女が私を嘲笑う。

「アリシアに何をしやがった!!」

「あはははっ!!呪いよ、呪いをかけたのよ!!私の幸せな結末の為に邪魔者は全て消さないといけないんだから!!」

(な、んで、)

体がおかしい。体が、言うことをきかないのだ。まるで吸い寄せられるかのように、私は転移魔法陣の方へと歩いていってーーー。


「あの女が、ルーカス様の前で自殺する呪いよ!!」


その転移魔法陣は、すぐに発動した。

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