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奪われた冠  作者: 彩雅
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71.呪いのような日々

「どこ、どこだろう、」

そもそもここが何階なのかもわからないが、下に続く階段が見えるということは一番上の階なのだろうか。

廊下に人気はなく、誰でもいいから人を探して私は階段を駆け下りる。

(ルードルフさんが、死んでしまったらどうしよう)

突然真っ青な顔をして意識をなくしてしまった彼に、なにがあったのかは分からない。だがとにかく医者を、ネッドさんを呼ばなくては。

その一心で暗い階段を駆け下りるとこちらを見て酷く驚いたような顔をした男性が二人ほど廊下に立っていることに気がついた。

「あ、の、」

「えっ、ヴェリア様!?か、帰ってこられたのですか!?」

「え?」

その言葉に、廊下にいた他の男性もこちらを振り返り中には「無事だったのか!」と嬉しそうにしている人もいた。

自分に注目が集まっているのだと知り、逃げ出したいような衝動に駆られたがここで逃げたら何のためにあの部屋を出てきたのか分からない。今はとにかく、助けが必要なのだから。

「あぁ、とにかく無事で良かったです!」

「あ、あの、」

そう言って安心したように笑う彼らのことを、私は知らない。きっと、彼らは私のことをここにいるという妹と勘違いしているのだろう。

だが、『無事で良かった』と言うことはどういうことなのか。まるで、今アリスが危険な目に合っているかのような言い方に、不安が過る。だが先ほど、ルードルフさんからはっきりとここにアリスがいるという言葉は聞かれなかった事を思い出してその不安は確信に変わった。彼が私に心配をかけさせまいとしたのか、それともーーー何かしら、話すことの出来ない別の理由があったのか。

(アリスは今、ここにはいないんだ。なら···どこに、いるの?)

「いきなり隊長と副隊長が飛び出していった時は、どうなる事かと···幸いあの後は大きな襲撃もありませんでしたので、大丈夫だったのですが」

「ってことは、グレン隊長も戻ってきてるのか···?副隊長からそんな話聞いてないけど、混乱を防ぐためか?」

「そうなんじゃないか?」

「···」

今、隊長も戻ってきているのかと彼らは話していた。つまり、二人は一緒にいるということになるのか。

「目の色だけ、まだ変えられているんですね」

「えっ?」

その言葉にドキリとする。私がアリスではないとバレてしまったのかと思ったから。

「あ、し、失礼しました!別にふかい意味があったわけではないんです。でもまだ、顔色が悪いようですしお部屋で休まれていたほうがいいのでは···?」

「い、いえ。違うんです。あの、ルードルフさんが部屋で倒れて···!ネッドさんを呼んでもらえませんか!?」

「副隊長が!?っ、わかりました!俺はネッドを呼んでくるからとりあえずお前はヴェリア様の···いや、部屋は駄目か。隊長の部屋に案内してやってくれ!」

「分かった!とにかくヴェリア様、少し休みましょう?副隊長のことも心配でしょうが、今にも倒れそうなほど酷い顔色ですよ」

「え···?で、でも、ルードルフさんが、」

「今ネッドさんが行ってくれるから、副隊長は大丈夫です。お部屋まで付き添いしますよ」

そう言って心配気な顔をする男性に、それ以上私は何も言えなくなってしまった。

(きっと、妹と勘違いしている···のよね)

ということは、今の彼らの態度はアリスに対する行動そのものなのだろう。

(十年も酷い扱いを受けてきて。でも今は、優しくしてもらえているのね)

酷い扱いを受け続けた妹が、やっと人に優しくしてもらえているという事実に1人、安堵する。

(良かった···)

だが、気になるのは妹の部屋のことだ。何かしらの使えない事情があるのか、それとも妹がいなくなったことに関連しているのだろうか。

「···あの、私の部屋は、」

「いえ、まだ修繕しきれていなくて···隊長や副隊長が居室替えをするよう言われるかもしれませんし」

「そう、ですか。あの、見させてもらうことは···」

「···止めたほうがいいかと。なかなか手が回らず、申し訳ないのですが」

通り過ぎた中の扉にアリスの部屋があったのか、まだ入らないで下さいねとさりげなく手で押さえながら先に歩く彼が呟く。そのまま案内された先の部屋は、ルードルフさんの部屋とは違う場所だった。真っ青な顔をして倒れてしまった彼のことが心配でたまらないが、休めと言われて部屋に案内された以上、本来なら休んだほうが良いのだろう。

(でも···早くここから出ていかなきゃ)

まだお腹にいつもの気持ち悪い感覚はない。だが、この前に吐いた時期はいつだったかはっきりしない限りはどうにもならないのだ。

誰もいない部屋に、ぽつりと取り残された自分。他に人は誰もおらず、今なら何をしても咎める人もいない。


今なら外に行けるのではないか、と頭の中で何かが囁く。


早く行かなくてはいけない、という焦りとは裏腹に、また一人きりであの寒い場所へ戻るのだと思う身が竦みそうになる。だが、いつまでも悩んでいる暇はない。

アリスが、妹は大切にされているのだと知った。それだけでも十分過ぎるほどの幸せなのではないか。  

(···そうよ、もう十分だわ)

心残りは、ルードルフさんの安否だけだ。あんなに苦しそうにしていて、本当に死んでしまうのではないかと不安で不安でたまらなくて。今だって、本当に大丈夫なのか今すぐにでも確認したい。

目を、瞑る。

よく考えろ。

あんなに弱っている人の目の前で魔物をもしも吐いてしまったら。

(ころ、してしまう、)

駄目。それだけは、何があっても絶対に駄目。

(ごめんなさい、ルードルフさん。傷つけることしかできなくて、ごめんなさい)

あんなに心配してくれたのに。


『ごめ、アリ、シア、忘れないって、会いに行くって、いったのに、』


忘れないと、会いに行くと言ったと、彼は言った。

(···私は、ルードルフさんと会ったことがあるのかな)

ここに来る前の記憶は、なぜか酷く朧げで。昔の事を思い出そうとしても、とてもぼんやりとしていた。

覚えているのは、私がここに来ることになった理由と妹のことだけ。


「···金平糖、甘かったな」


ルードルフさんがくれた、1つの瓶のことをふと思い出す。

あの甘い金平糖が入った小瓶。ルードルフさんの部屋に置いてきてしまったあの瓶はもう手に入れることはできないけれど、緩く頭を振ってその事を頭から追い出した。


「···いつまでもこうしていられない。行かなきゃ」


だが、この部屋から出られるとは到底思えない。ならばもう少し、外へ続く場所はないだろうか。

窓の外は暗く、夜であることを示している。先程も廊下に人影はあまり見えなかったのを思い出し、逃げるなら今しかないと自分に言い聞かせる。

(そういえば、アリスの部屋は使えないと言っていた。何かしら理由があるのかな···)

部屋にある時計を見ると、もうすぐ22時45分になることを示していた。今すぐにでも出ていきたいが、そうすればここまで案内してくれた男性がまだ廊下にいるかもしれない。

(···23時になったら、動こう)

あと、15分だけ。もう少しだけ、ここにいさせて欲しいと心の中で誰にともなく言い訳をしながら、先程火をつけてくれた暖炉前の床に座り込んで目を瞑った。きっとこんな温かさを感じるのは、これが最後だろうから。


カチ、カチ、カチ。


時計の針の音だけが響く。

ぼんやりと火を眺めていると、本当にこのままでいいのかという気持ちが湧き上がってくる。

(···でも、ルードルフさんの部屋を覚えてないわ)

慌てて部屋を飛び出して階段を降りてしまった為、肝心の部屋の位置を覚えていなかった。なんとなくこの辺りということは分かるが、同じような扉が立ち並ぶこの廊下では、正しい位置がわからない。

「······、」

点けてもらったときと同様に、暖炉の前で手をパンと叩いてみる。ふっ、と火が消えて温かさは無くなった。同様に電気も消し、辺りに人がいないことを確認してからそっと扉を開ける。夜中であることも関係しているのか、人がいる様子は見当たらない。

彼女はふらりとした足取りで、グレンの部屋を出ていった。


3階の廊下に人はおらず、こっそりと音を立てないように移動する。さきほど彼が手をついていた扉を思い出しながら、暗がりの廊下を進んだ。

(···さっき、アリスの部屋の場所を聞いておいて良かった)

どうしても扉から出れば、嫌でも目立ってしまうだろう。あれだけ心配されているのだから、おそらく外になんか出してもらえるはずがない。どこに行くのかと心配されたら、心苦しいがルードルフさんの名前を出すしか無いだろう。

「···確か、ここ、だよね」

見た目は何の変哲もない扉。

少しでいいから妹のことが知りたい気持ちもあったが、修繕中と言うことは部屋のどこかしらがおかしくなっているのではないかという気持ちと、目立たずに外へ出られるのではないかと思ったのだ。

(···3階だけれど、窓から飛び降りたってきっと私は死なないわ。ここにきてからどれだけ大きな怪我をしたって、動けなくなることだけは無かったから)

そっと扉を開こうとした時、人の声が聞こえた気がして慌てて部屋の中へと入る。


「···たのか?」

「あぁ。今は気を失ってるらしいが、そのうち目を覚ますようだ」

「良かった、ならヴェリア様にも···」

「おい、バカか!もしかしたら寝ていらっしゃるかもしれんし、こんな夜遅くに女性を訪ねるほうが失礼だろ!あんだけ具合が悪そうだったんだから!」

「うぐっ、そ、それもそうだな···」

「フィン辺りに頼んで書き置きでも書いてもらおうぜ。俺の字じゃ読めるかわからんし。きっと副隊長のこと、心配されてるだろうからな、起きたときにでも読んでもらえれば安心できるだろう」

「おう、そうだな!フィンに頼んでくるよ!」


声が、ゆっくりと離れて行く。

わずかに開けた扉から漏れ聞こえてきた声は、ルードルフさんの安否を知らせるものだった。

「···良かっ、たぁ···」

体から力が抜け、ぺたり、と思わず床に座り込んでしまう。

(···ルードルフさんは、もう大丈夫。早く行かないと)

そう思い、ゆっくりと立ち上がって周りを見渡す。女性らしい小物や、メイク道具。そんなに物は多くないが、妹の好みが出ているのだろう。

全体的に、淡い色合いの物が多い。

だが、ふと窓の方を見て驚いた。窓だったであろう部分が、グシャグシャに壊れていたのだ。

床などにガラス片などは一切残っておらず窓にも応急処置らしきものはしてあるが、壊されたのであろうことは一目瞭然で。

(···まさか、アリスは魔物に···?)

人がこんな風に何かを破壊するなんて考えられなかった。考えられるとすれば魔物しかいない。

「アリス···ごめんなさい」

きっととても、恐ろしい経験だっただろう。

「私の、せいで、」

妹を危険な目に合わせてしまった。自分が生きているだけでどれほどの被害が出ているのか、どれだけの人を殺してしまっているのかを、一体今日だけで何度思い知らされただろう。


ーーーここから飛び降りたら、死ねるだろうか。


そんな思いのまま窓へと近づくと、薄いレースで出来たカーテンが壊れた箇所を覆い隠すように床まで垂れ下がっていた。 

「ここからなら···飛び降りれそう」

応急処置がしてあるとはいえ、窓は壊れたままだ。おそらく周囲の壁も破壊されているため、窓ガラスを交換するだけでは直せなかったのかもしれない。

そっとそのレースカーテンに触れると、驚くほどに重たいことに気が付く。だが、これを開ければ外に出られるはずだ。

「おも、い」

ぐっ、と全身の力を込めてもなかなかそのカーテンは開かない。ゆっくりと、少しずつそのカーテンは動きはするものの、ほぼ位置は変わっていなかった。

「なんでこんなに重たいの···?」

早く、早くしないと。

焦る気持ちとは裏腹に、まったくカーテンは動かない。自分の体が出せるスペースだけでいいから、そんなに大きく開く必要は無いのに、と。

長い時間をかけてカーテンをなんとか開ききると、少しだけできた隙間から窓へと身を乗り出そうとした時。部屋の扉が、突如として開いた。


「あぁ、なんで···なんで、帰ってきちゃったのかしらぁ?死んだと思っていたのに」


「···え、」

紫の短い髪に、吊り目の金色の瞳をした見たことのない女性。

「しかも銀髪?やっぱり貴族だったわけ?染めるか被るか何かしてたワケねぇ。もうどうでもいいけど」 

高い踵を鳴らしながら、その女性はこちらへと歩いてきた。


「っ···!」


刹那、視界が歪む。

感じたのはお腹の痛みだった。

(な、んで、)

今まで感じていなかったために、油断していたのかもしれない。あまりに酷いその嘔気に、一瞬眼の前が霞んだ。

此方へと歩いてくる彼女が、何を言ってるのか分からなくなる。

痛い。苦しい。


「···うっ、ぇ、」


今までに1度も感じたことのないような、それはとても酷い嘔気だった。

(いや、ちがう、これ、は、)

1度だけ経験があった。

そう、忘れもしない20年前のあの日。

真っ黒なナニカを吐き、ソレを生み出した日を。

(だ、め、ここで、吐いたら、)

「っ、」

気持ち、悪い。

今すぐにでもこのナニカを、吐きだしてしまいたい。


「アンタなんか、あのまま死ねばよかったのに」


そうはっきりと耳に聞こえた言葉に、私は縋りつきたくなってしまった。この苦痛から逃れられるのなら、もう何でも良かったんだ。痛くて、辛くて、ただ生きているだけで魔物を生み出し、人を殺してしまうこの呪いのような日々から救われるのなら。

「···し、て、」

「はぁ?」

「殺、してよ、」

その言葉を聞いた女性は、一瞬だけ虚をつかれたような顔をした。だがそれは本当に一瞬で、すぐに金色の瞳が歪んだ笑みを作る。


「ふっ、はは、あははははっ!!!いいわ、お望みならアタシが直々に殺してあげる!!」


そう、彼女が叫ぶが早いか。

しまった、と思ったときには既に遅く。私は『ソレ』を吐き出していた。


「っ!?」


べチャリ、と床に叩きつけられるようにして黒いドロドロした何かが蠢き出す。


「ひっ···!?ちょ、ちょっと何よそれ···!?」


その吐き出したナニカが、ブクブクと泡立ちながら形を作っていることに気がついたのだろうか。先程までしていた靴の音がしなくなった。


「に、げて、」


焼けるように痛む喉から絞り出したその声は、目の前のドロドロした塊が形を作っている音に掻き消される。

この場にいる誰もが気がつくことはなかったがーーーそれはいままでかつて1度も発見されたことがなかった、『魔物の幼体』そのものだった。

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